68. 【アリス視点】嘘の羽ペンを悪用したの?
◆**アリス視点**◆
その日の午後、私はアメリアと共にギャベンディッシュ公爵家に行った。
庭園では、ゼラニウム、ロベリア、コリウスなど夏の花壇を彩る苗を、温室から運び出して植え込んでいる作業の真っ最中だった。
模様を描くように植えられた何千株もの苗を一斉に植え込んでいるようだ。
庭園には赤、深紅、クリーム色、白、紫のスイートピーが咲き誇り、白、桃、紅、紫のフロックスの花や艶やかに咲く薔薇などの夏の花が辺りを美しく彩っていた。木陰や林間に咲く、小さな桃色または白いアスチルベの姿も見える。
アメリアは夫と造園業者の娘の密会を目撃したというメイドを連れてきていた。メイドは私たちをそっと手招きし、温室の方に静かに誘った。
両側に紫のデルフィニウムと白いカンパニュラが揺れている砂利道を進み、私たちは物陰から造園業者の若い娘を見た。
褐色の肌をした気の強そうな美しい娘だ。娘は逞しいとも言えるほどの力仕事に精を出していた。苗が何株も入った箱を運んできては、植え替えをしているようだった。
娘は、両腕の袖を肘まで捲り上げ、色褪せた褐色の胴着と、踝まである厚手のスカートを身につけていた。
前掛けは泥に汚れ、スカートの裾は仕事の邪魔にならぬよう、片側だけ腰紐にたくし込まれている。きつく仕立てられた胴着の下には、労働で鍛えられた肩と腰の線がくっきりと現れていた。
髪は頭を包んだ布からほつれ、日に焼けた額には汗が滲んでいる。彼女はデルフィニウムやカンパニュラの苗の植え替えをしているようだ。
「セリーナ、こっちを手伝ってくれ!」
途中で父親らしき親方に呼ばれ、彼女がこちらの顔を向けた。
私は一瞬怯んだ。
自分の人生を自分の手で歩いている女性の輝きに溢れているように見えたから。彼女は楽しげに笑い声を上げ、熱心に仕事に励んでいた。
私たちは慌ててその場を離れた。娘の名はセリーナだと分かった。
夏の日暮れは長いが、午後四時頃には仕事を終えた彼女は、公爵家の裏門から荷馬車で帰って行った。
私たちの乗った馬車も荷馬車の後を追った。フリッツが私のスカートの影に隠れてついてきていた。
荷馬車は造園業者の作業小屋に戻り、造園業者は家業の苗圃や倉庫などに道具や荷馬車を戻した。
その様子を見守りながら、私たちはじっと馬車の中に潜んで待っていた。
作業小屋から出てきたセリーナは、別の薄いブルーの胴着とスカートに着替え、帽子をかぶり、手袋をはめて出てきた。
泥のついた編み上げ靴も、町履きに替えられ、短い上着を着ており、これからカフェに行ったとしてもおかしくない格好だった。
セリーナは一人で通りに出て、そのまま辻馬車を拾い、駅前のカフェの前で辻馬車を降りた。辺りを素早く見渡すと、カフェに入って行った。
私はアメリアに馬車の中で待っているように伝え、そのままそっとカフェに入った。
はたして、アメリアの夫のポールはそこにいた。若々しいエネルギーに溢れ、快活に笑う彼は、いつものようにダークブロンドの髪をかき上げ、ブルーの瞳を輝かせて、セリーナに微笑みかけていた。
二人は鉢植えの影で、親密そうに顔を突き合わせて話し合っていた。
時折、二人の頬がくっつきそうになっており、私は思わず息を飲んだ。
——疑われてもおかしくないわ……。
私は、ギャベンディッシュ家のメイドが感じたのは大袈裟なものではなく、ポールの浮気疑惑は完全に黒なのではないかと思った。
——でも、新婚でそんな裏切りを大胆に行うかしら……?
——ちゃんと確かめなければ、まだ分からない……。
だが、その後、カフェを出た二人の姿を完全に見失ってしまった。駅前のカフェのすぐ近くには、超高級ホテルがあった。グランド・オテル・ベルオンブルだ。
——まさか、こんな高級ホテルでポールが妻以外の女性と訪れれば、身バレしないはずがないわ……。
私は迷った。
当のアメリアはそのホテルを馬車の窓から見上げて、涙ぐんでいた。アメリアの気持ちを思うと、私はなんと声をかければいいのか、迷った。
「ここは、私たちの思い出のホテルなの。ここのスイートに新婚の私たちは泊まったのよ」
彼女の瞳から涙が溢れた。
——記念日のホテルなのね、もしここを密会に使ったとしたら相当な裏切りだわ……。
結局、私は王立魔術博物館の銀の紋章をちらつかせ(よくないわ、そのことは知っているわ!)、グランド・オテル・ベルオンブルの宿泊名簿をスタッフに見せてもらった。
だが、ポール・オーギュストの名前も造園業者の若い娘であるセリーナ・プライスの名前も無かった。
「ギャベンディッシュ様は本日こちらへお見えになっておりません」
スタッフの言葉に嘘はないようだった。
だが、ロビーの赤い絨毯の上に落ちたカンパニュラの白い花びらを見つけた。
昇降機の前にはデルフィニウムの薄紫の花びらが落ちていた。
「フリッツ!ここにセリーナが来たのは間違いないわ」
私は小声でフリッツに呼びかけた。
「帳簿に仕掛けがあるぜ。魔法の痕跡がぷんぷん臭う」
フリッツが小声で私に囁いた。
その時、アメリアがはたと何かに気づき、胸を抑えた。
「まさかっ!そんな……」
「どうしたの?」
私は彼女が倒れそうなほど顔面蒼白になったのを心配して、ロビーの近くの椅子まで彼女を連れて行き、座らせた。
「家宝の『琥珀枝の羽根ペン』のことを……ポールに話したわ。もしかしたら、それを使われたかもしれないわ」
フリッツが険しい顔を一瞬した。
「蜜色の羽軸に、細い琥珀の枝を接いだ羽根ペンで、光にかざすと、琥珀の内部に黒い筋が血管のように走っている。そのペンのことか?」
「えぇ、そうよ。戦時中や戦いの時、先祖が危機に瀕した時にだけ使うようにと言い伝えられたペンなの。書き記した偽名を、その場にいる者の認識に押しつけるから、行方をくらますことができるの。もし、ポールがそれを使ったなら……?」
アメリアは唇を噛み締めた。彼女の言葉に私は呆然とした。
——ポールは、浮気相手との密会のために、アメリアの家の秘宝を盗み、二人の思い出のホテルで使ったの?




