7. 霊獣と従姉妹の取引
「で?その霊獣はどうしたのよ?」
私は放課後の温室で、イヴォンヌに詰め寄られていた。
「見えちゃったら仕方ないか……」
「そうよ、見えちゃったんだから、全て白状しなさい」
イヴォンヌは腕組みをして私をじっと見た。昔、私たちは毎日話す仲だった。互いに張り合いながら。
学校の既定通りに長い髪を三つ編みにしたイヴォンヌの姿を覚えている。彼女は破れたタイツを履いても平気な女の子だった。
私たちはずっとライバルだった。二人とも同じ王立魔術小学校に通っていた頃からだ。単なる従姉妹という関係ではなかった。
私が飛ぶ長椅子を乗りこなすのも、イヴォンヌはよく知っていた。
そのことで私が注目を集めるのを、彼女は苦々しく思っていたが。
「フリッツ、こちら従姉妹のイヴォンヌよ。イヴォンヌ、こちら霊獣の香リスのフリッツよ」
私はため息をついて、秘密にし続けるのを諦めた。
フリッツはパッと姿を現して、私の肩に乗って腕組みをしてイヴォンヌを見た。
「フリッツ、よろしくね。私はイヴォンヌ・ド・モンフォールよ」
「何が望み?」
フリッツは生意気にも腕組みをしたまま、あいさつも省略して単刀直入にイヴォンヌに聞いた。
「あぁ、あなた話が早くて助かるわ。霊獣のフリッツに、私の恨みを晴らすのを手伝って欲しいのよ」
「あんたの願いはきっと面倒だ。聞かなくても分かる。やらない」
フリッツはふんぞり返って鼻を鳴らした。
フリッツの「やらない」という言葉の響きには、断固としたものがあった。
「待って!そう言わずに。報酬は払うわ!」
イヴォンヌは真剣な表情でフリッツに食い下がった。フリッツの丸い瞳はじっとイヴォンヌを見つめて、びくともしなかった。
「どんぐり樽いっぱいの報酬とか?そんなもんじゃ無理だぜ」
「違う、違う」
「じゃ何をくれるわけ?」
「婚約打診書、婚約協議書、婚約条約、婚約契約書、フリッツが望む相手とのものを取り揃えるわ」
「ふーん、モンフォール伯爵家の力は強いのか……じゃぁ、乗った」
フリッツがあっさり折れたことに私はびっくりした。
「ちょっと待ってよ。もう交渉成立したの?」
「そうだ」
「そうよ」
フリッツとイヴォンヌの話はすぐにまとまって、先ほどまでの険悪な雰囲気とは打って変わってにこやかに互いを見ている。
二人に置いて行かれたのは私だ。
「待って。霊獣の香リスも、貴族みたいに婚約するのに手続きが必要なの?」
「違うわよ。あんたの婚約手続きに決まってるじゃない、ロミィ」
イヴォンヌは「ふん」と鼻を鳴らして、綺麗に梳かした赤銅色の髪を軽く撫でつけた。
「え!?私の婚約なの?」
「そりゃそうでしょ、ロミィがフリッツの主なんだから」
「そりゃそうだろ、お前さんが俺の主なんだから」
フリッツとイヴォンヌが2人揃って私に言った瞬間、私は叫んだ。
「15歳で婚約なんて考えたくないわ」
「もう、15歳なの。皇女さんは色々と難しい立場だから、心していい人を見つけなければだめってことなのよ」
イヴォンヌは15歳の伯爵令嬢だ。
私と同じ歳のはずだ。
それなのに、従姉妹である、太目の私の婚約者を見つけて、婚約にまつわる正式手続きを霊獣フリッツに持ちかけている。
——将来は、凄腕の仲人にでもなるつもり?
私がぼんやりと考えている間に、フリッツとイヴォンヌの話は進んだ。
「交渉成立だ。で、一体君の望みは何なんだ?」
「あのね、前世の最低な上司を転移させて、砂漠に下着一枚で放り出して欲しいのよ」
——なんですか?
——前世の最低な上司を転移……?
意味が分からない。
「承知した。そんなことくらい容易い……」
フリッツが、ニヤリとして両手をあげようとした。
「待って!待って?」
イヴォンヌがフリッツを慌てて止めた。
「その様子を私もこの目でしかと見たいの」
「容易い御用だ。承知した」
「ありがとう!」
——霊獣って本当はすごいのね。食べ物は出せないのに、もっと凄そうな事ができるのね……?
「私も……私も見たいわ」
私もおずおずと言った。意味は分からないが、普通はできないことをフリッツがやってくれようとしているのは分かった。
「いいわよ。ロミィが出した霊獣フリッツでしょ。当たり前じゃない」
イヴォンヌは私に言って、フリッツに頷いた。
「さあ、お願い!やってください!」
フリッツは気を取り直して、両手を頭上に上げた。
リスだから、あんまり上がらないけれど、普段より上がっているのだろう。
私たちの目の前に淡い桃色の煙のようなものが立ち込め、目をこらすと、ゴビンタン砂漠が見えた。
そこにラクダに乗った男性が現れて、衣服を脱ぎ出した。暑いのだろう。
彼は下着一枚になって、あたりを彷徨い始めた。
「いいわ。元の世界に戻していいわ」
「よし、丁度、彼が君に人事権を濫用して意味不明な仕打ちを繰り返していた頃に戻すよ」
「あら、なんて素敵。もう一度、砂漠に飛ばしてくださる?」
「お安い御用だ」
再び、男性が砂漠に戻されて彷徨う姿が見えた。
「あぁ、私が死ぬほど辛い目に遭わされた奴が、物理的に砂漠に転移させられて苦しむ姿は最高だわ」
「これで気が済んだな?」
フリッツはイヴォンヌに確認した。
「えぇ、私が居なくなった後、天罰が彼にくだらないのはずっと嫌だったのよ。フリッツ、ありがとう」
「じゃ、彼は元の世界に戻すよ。これで取引成立だから、今度はイヴォンヌ伯爵令嬢の番だ」
——イヴォンヌの番?




