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私の婚約契約書は嘘だったのね? 元引きこもり皇女は幸せになるため、お茶会を開き、お店を始めます。悪役たちにはざまぁを差し上げますわ  作者: 西野 歌夏
後日談 苺のトルテと嘘の羽ペン

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65. 【アリス視点】アリス・スペンサーの憂鬱

◆**二十一歳を取り戻してから五日後・アリス視点**◆



 五日前まで、私はスペンサー伯爵夫人だった。

 今は、未婚のブレンジャー子爵令嬢に戻っている。


 新聞の三面に、私の失踪記事が出ていた。

 スペンサー伯爵夫人、行方知れず。五日前より。



 私は、その記事を三度読んだ。


「わからない」


 一言呟き、私は伸びをした。

 徹夜で『教授』事件の報告書をまとめていたのだ。

 

 既に空はしらんできており、ランプの灯りが目に染みた。二時間仮眠を取ろう。そう思ってベッドに向かってひっくり返った。


 だが、目が冴えてしまって、眠れない。頭の中が、なぜこうなったのか?という思いでいっぱいだ。スペンサーに会えないのは、仕方がないと諦めはついている。彼はもう亡くなっている。でも、彼の家族に会わずにいられるのか、それは疑問だ。


 私はスペンサー伯爵家の未亡人として、病に臥せっていた。体調が良くなかったのは、気鬱のせいかもしれないと思っている。頭の中で、常にモヤモヤした、別人格がささやいていた。寝ても覚めても、誰かが私の頭の中にいる感覚だった。


 それは、アリス・ブレンジャーに戻ってからは、無くなった。スペンサー伯爵夫人とブレンジャー子爵令嬢が統合されたからだ。


 父と母は妙に落ち着いた私を奇妙な目で見つめていた。父と母には事情を話した。


 自分がブレンジャー子爵家の人間だと知らなかったが、社交界の片隅で若い父と母には出会っていた。スペンサー伯爵家は非常に裕福で、夫はさらなる事業拡大に成功していた。夫の母、つまり義母はまだ生きている。私が病に伏せっている間、熱心に私の面倒を見てくれたのは義母だった。私を養女としてくれたブランドン公爵家には、兄となった人もいる。つまりディアーナの父親だが、私のことをよく気にかけてくれた。


 彼らを無かったことにはできない。

 私が戻ってから五日経過し、新聞にはスペンサー伯爵夫人の失踪の記事が載っていた。私は全ての事情を打ち明けに、スペンサー伯爵家を訪れるべきだろうか。



 私が、アリス・スペンサーである。

 そう証明できる書類は、この世に一枚もない。


 王立魔術博物館館長代理として、私は毎日、他人の書類の真偽を判定している。それなのに、私の真実を証明できるものが何一つないのに、私がアリス・スペンサーであることは真実なのに。

 

 私の頭は煮詰まったように同じ思考がぐるぐると回り始めた。


 こういう時は気分を変えることが必要だ、そう知っていた。


 夫との死別や、記憶のない自分と付き合う長い歳月を経て、私が身につけた対処法の一つだ。


 そうだ。


 ロミィの店が早速開店した。アッシュクロフト侯爵家が全面協力して、アッシュクロフト侯爵の貸店舗に少し手を加えて早々に開店していた。アッシュクロフト領のアンバーミード村で試験的に運営されていたノウハウがそのまま活かされて、婚約発表からの劇的な婚約破棄と再婚約が発表になった三日後には、運営が開始された。


 アンバーミード村でもその準備が進められていたので、止まらずに開店に漕ぎ着けたようだ。カイの姉のエスルを始め、カイの母親のアッシュクロフト夫人も、カイの祖母も全面協力したと聞く。



「蜂蜜菓子と銀のインク・ベルンシュタイン」


 ロミィとカイとイヴォンヌが基本的なスタッフで、霊獣二匹が特別顧問として参加するその店は、開店以来、午後の時間から店を開けるにも関わらず、賑わっていた。


 アッシュクロフト侯爵家が新聞に大々的に宣伝を掲載したのだ。


 基本的には月曜日と火曜日と日曜日がお休みになると聞いていたが、開店して間もないので、今は連日店を開いていると聞いている。


 温かい記憶を呼び覚ます魔法のような出来事と、契約に潜む虚実をあっという間に見抜くという評判が、ザックリードハルト中に広まっていた。スタッフは謎だとされており、店主が皇女だとはまだ気づかれていない。


 というわけで、スペンサー伯爵夫人として失踪してから5日目を迎えた私は、その晴れた夏の午後、気分を変えに、彼らの新店舗にやってきたのだ。


 徹夜明けだが、気分は不思議と高揚していた。魔力郵便車はいつものように往来を忙しく行き来し、魔力の配達は滞りなく行われている。そのことに私は安堵の思いを抱きながら、店の扉を押した。




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