51.【ジュリアン視点】ぞっとした
「マックス・クロルブリ・ヴェイン」
ようやく名前が出た。
なんでこの名前が出なかったのか、本当にどうかしている。
「マックス・クロルブリ・ヴェインが叔父の名だ。叔父がトロイメライを教えてくれたんだ」
「マックス・クロルブリ・ヴェイン」
黒髪の女性が叔父の名を復唱し、彼女の指が胸の銀章の上で止まった。
俺は、それが何を意味するのか分かっていなかった。
ロミィがゴクっとお茶を飲んで、俺に言った。
「さっきもシューマンのトロイメライを弾いていたものね」
ロミィが俺の話を拾ってくれたのが嬉しくて、俺はもっと話したくなった。
「そうそう。マックス・クロルブリ・ヴェインっていう名の叔父がいて、当時は確か王立高等魔術工芸院契約術式科に通っていたんだ」
俺は嬉しくて話し続けた。
「術式署名、照合完了」
また、黒髪の女性が言った。
俺の隣でロミィが黒髪の女性に何か合図をした。
今のはなんだろう?
「叔父は学校に通うために、俺が住むヴェイン家の本邸に下宿していて、俺のピアノをものすごく褒めてくれた。夏休みに別邸に来ると、アンバーミード村のエドマンドというピアノの先生が叔父の代わりにピアノを教えてくれた」
気づけば、あたりは静まり返っていた。
なぜ、皆が黙って俺の話を聞いているのか、俺は分かっていなかった。これだけのメンツがなぜ全員、俺の話が後生大事だと言わんばかりに集中して聞いているのか、俺はまるで分かっていなかった。
温かい記憶だ。
懐かしい。
俺が誰も傷つけていない頃の話だ。
隣のロミィが小声で何かぶつぶつ言うのが分かった。
——なんだ?
黒髪の女性がキッパリと言った。
「マックス・クロルブリ・ヴェインを、失効対象として登録します」
——はあ?
目の前でリスがどんぐりを両手に抱えたまま、キョロキョロとロミィと黒髪の女性を見ている。俺と同じ気持ちの奴がいた。
何がなんだか分からない。
「五か国すべての失効台帳への登録が完了したわ」
急にロミィが言い、黒髪の女性がうなずいた。
その瞬間、頭の奥で二年間囁いていた何かが、ぶつりと途切れた。
急に、頭の中が静かになった。
その時だ。
部屋の中が昼間なのに暗くなった。
俺は何が起きたのか分からず、思わずのけぞった。
王太子が二人。王妃が一人。
見知らぬ黒髪の女が彼らと頷き合った。
五つの王権印が、お茶会のテーブルの周囲に浮かび上がり、俺たちの周りをぐるりと囲んだのだから。三つは、誰も座っていない椅子の前に浮かんでいた。
「万象開門!」
ロミィの口から聞いたこともない術式が唱えられた。
——俺は、完全に場違いではないだろうか。
その思いは正しかったと思う。
俺だけ置いてきぼりだ。
意味がまるで分からない。
だが、世界に、あの低い唸りが戻ってきた。
生まれた時から聞き慣れ、消えて初めて存在に気づいた、あの低い唸りだった。
一気に魔法供給が復活した証拠だった。
ランプが急に明るく灯った。先ほどお茶会が始まる前より、明らかに輝きを放っている。
青白い再起動の波が、一度だけ部屋を通り抜けた。
銀器もカップも花瓶も、ふわりと浮かび、澄んだ音を立てて元の場所へ戻った。
「魔法供給の復活よ」
「術式顕現」
ロミィが言うと、辺りに青い網目のように張り巡らされた魔法網が浮かび上がった。
「焼き尽くした旧経路は戻っていない。失効署名につながっていた赤い花も萎れている。成功よ」
黒髪の女が静かに言った。そして、くるりと俺に向きを変えて言った。
「ありがとう、ジュリアン。話はじっくり王立魔術博物館長代理のわたくしが聞かせてもらうわ」
みるみるうちに、俺の腕にロープが絡まった。
「抵抗しなければ、手荒なことはしません」
黒髪の女性に言われて、俺は小さくうなずいた。
その時、小さな声でロミィに囁かれた。
俺の大好きな娘は、まっすぐな目で俺を見て言った。
「——私も、あなたの気持ちを利用したわ。ごめんなさい」
ブルネットの髪にブラウンの瞳の女の子は、もう十三歳の女の子じゃなかった。
十五歳の、いや、もっと大人びた一人のレディになっていた。
五つの国の魔法を再び開いたロミィを見て、叔父が彼女の力を欲しがった理由を、俺はようやく理解した。
理解できてしまったことに、ぞっとした。
叔父の居場所はまだ分からない。




