50.【ジュリアン視点】侯爵家のお茶会で好きな娘と?
汗だくになって笑う彼女は、とても綺麗だった。
飛ぶ長椅子は、あわよくばと思う俺の気持ちを吹き飛ばした。
十五歳になった彼女はとても魅力的だった。
——なんで、気づかなかったんだろう?
——大好きな子に、俺は何てことを……。
——大好きな子が、いつの間にか、利用対象になっていた。
叔父のせいだろうか。
——いや?
——そもそも俺に叔父がいたっけ……?
全然思い出せない。
誰かが俺のそばで、ロミィについて何か言っている朧げな記憶はあるのに、それが誰だか全然思い出せない。
叔父だと思っていた人が、急に実態を持たない幻のように思えて、ゾッとした。
——いつから、こんなに記憶があやふやになったんだ?
——そもそも、俺はなぜ当時の婚約の記録を抹消しなければならないと思ったんだっけ。
「ついたわ」
ロミィがそう言って、長椅子がアッシュクロフト宮殿の前庭に着地した。
俺の好きだった娘……いや、今でも好きな娘が俺を振り向いた。急いで長椅子を飛ばしたからか、額に汗が滲み出ている。
——ロミィは緊張している?
——緊張して汗をかいている?
——俺のことがまだ好きだから?
——おい、その気持ち悪い思考をやめろ。
——今はカイと婚約すると聞いているんだから、お前のその身勝手な思考を止めろ。
俺は頭を振った。
——最近、なぜだか自分の声でない声がやたらとするような気がするのはなぜだろう。
——俺は、おかしくなってしまったのだろうか。
「ジュリアン、お茶会はこちらよ」
ロミィに噂のアッシュクロフト宮殿を案内してもらうのは、奇妙な感覚だ。
自分の恋する人が、完全に自分の手からこぼれ落ちたのだと、急に分かった。
ダマスク織のテーブルクロスの上には、白薔薇、芍薬、ライラック、苺、アスパラガスを使った生花が飾られていた。
アルベルト王太子。
エイトレンス王妃。
ザックリードハルトのルイ皇太子。
そして、黒髪の女性。
モンフォール伯爵令嬢。
アッシュクロフト侯爵家嫡男のカイ。
カイの親友のヴァルガイ子爵嫡男。
そして、ロミィと俺が、茶会の席についていた。
給仕が木苺のケーキを運んでくれ、お茶をカップに注いでくれるのだが、生きた心地がしない。
ピリッとした緊張感が漂っている。
——俺は完全に場違いじゃないのか?
各国の王族が集まる席にしては、あまりにも略装で来てしまった。
——心なしか、皆の目が冷たいのは、ロミィにした仕打ちのせいだろうな。
——これじゃ、俺の名を売れる状況じゃないな。
俺は来てしまったことを後悔し始めた。
特に、アルテンハイム男爵令嬢がカイに色目を使っているのを見て、げんなりした。
——俺は、今は、あの令嬢と同レベルの扱いではないだろうか。
——穴があったら入りたい。
大好きなロミィを眺めていたいと思ったのが、間違いだった。
だが、皆が思い思いに話し始めると、場の空気が急に変わった。
「私は子供の頃はませていて、代筆が得意だったのですよ」
アルテンハイム男爵令嬢が話し始めた。
「嘘の恋文でも書けるんです。亡くなったおばあちゃんからの、嘘の恋文を書いて、おじいちゃんに渡したんです」
なんの話かわからないが、とにかく思い思いに皆が話し始めて、俺の心が少しほぐれた。
「子供の頃、褒められたんです」
気づいたら、俺は胸のうちにポッと湧いた温かい記憶を話していた。
「ピアノが上手いって。叔父のマックスに」
その瞬間、部屋の空気が凍ったようだった。
誰も動かない。
俺は不思議に思って周りの人を見た。
黒髪の女性が静かに「マックス、何とおっしゃるのかしら?」と俺に聞いた。
「あぁ、叔父の名前はマックス……」
俺はそこで止まった。
——なんだっけ。
隣のロミィが蜂蜜菓子を頬張った顔をこちらに見せた。
その瞬間、なんだか懐かしいなと思った。
ふわりと届いた甘い香りに、夏の午後のピアノ室が蘇った。
楽譜を覗き込み、俺の演奏を褒めてくれた男の顔は誰の顔だ?
「叔父の名前は、マックス……マックス……」
『言うな』
誰かが俺に言っている。
俺が再び口を開くと、なぜか、皆が緊張した気がした。




