46. 私を逮捕しに来た館長代理と、五か国の魔法を止めます
「ディアーナ皇太子妃、私、同じエイトレンスの聖ケスナータリマーガレット第一女子学院を卒業しました。妃の後輩ですわ」
部屋に入ってきたアリス・ブレンジャーは、憧れの魔力を持つディアーナ姉様を前に、尊敬する偉大なる先輩にのぼせあがっている女性生徒みたいな様子で話した。
「えぇ、以前、貴方の姉のエミリーの件で会ったわよね。あれは魔力郵便車で運ばれている魔力が偽物だった時の事件ね」
「えぇ、そうでございますわ」
明らかにアリスのトーンが落ちた。因縁の姉の名を出されて、先ほどまでの舞い上がっている女学生というテンションは消えた。
ディアーナ姉様は少し沈黙した。
「イヴォンヌ、ネットワークの汚染が拡大したらどうする?」
私には意味が分からないことをイヴォンヌに聞いた。
「ネットワークを切断します。つまり、ネットワーク網を即座に停止し、原因を突き止めて修復してから、再開します。もしくはネットワーク網の再構築ですわ」
イヴォンヌは私が聞いたこともない事務的な様子で答えた。
「そうね。同じ事をするのよ」
「はい、わかりました」
切断、という言葉の意味は分からなかった。
でも、頭の中には、はっきりと絵が浮かんだ。
——全部の光を、一度に消すのね。
横で聞いていたアリス・ブレンジャーは、こめかみに手を当て、頭を超高速で回転させているように二人のやりとりを真剣に聞いていた。
「魔法網の停止ですね?」
「えぇ、そうなるわ。その前に、砂漠のアリス・スペンサー邸宅が赤い花に汚染されていない事を確かめるのよ」
「もし、砂漠の家が汚染されていなければ、魔法網のないところは汚染されない、という裏付けになるということですね?」
アリスが聞いた。
「そうよ」
「わかりました」
アリスの指が、銀の紋章の上で止まった。
「王立魔術博物館館長代理として、魔法網の顕現調査を許可します。ただし、発信元への遡及は禁じます。迎撃される危険があるわ」
イヴォンヌに呼ばれてカイがそっと部屋の中に入ってきたのに私は気づいた。私とカイは目を見合わせて、頷いた。
初めてだった。
誰かに許されて、この力を使うのは。
「術式顕現——対象、五か国の現行魔法網!」
私の声に応じ、無数の文字列と魔法陣が空中へ広がった。青白い光の帯が壁から天井までを埋め、その合間に、赤黒い花のような染みがいくつも咲いていた。
エイトレンス、ザックリードハルト、ヴァイセンブルク帝国、レスパーニュ、ピエモントと、蜘蛛の巣を張り巡らしたかのように魔法網が広がり、そこに赤い花が群がるように点在している。
一本の川が流れるように、寝台特急が走る線路に沿って赤い花が萎れていた。
アリスは息を飲んだ。
「どこを調べればいいの?」
ディアーナ姉様は、静かに答えた。
「ゴビンタン砂漠の、アリス・スペンサー邸よ」
アリスの指が、銀の紋章の上で止まった。
「……誰の家ですって?」
ゴビンタン砂漠へ視点を移すと、青白い網は途中で途切れた。
アリス・スペンサー邸があるはずの場所だけ、地図に穴が開いたように何もなかった。
赤い花も、一輪もない。
「やっぱりね」
私とイヴォンヌ、ディアーナ姉様は頷いた。
「魔法網が届かないところは汚染されていない。赤い花が根を張るのは、人の悪意よ。でも、その種を国から国へ運び、悪意を増幅させているのは魔法網なんだわ」
部屋の中に沈黙が訪れた。
「分かりました。砂漠の家が圏外であり、汚染されていないことを確認しました。王立魔術博物館館長代理として、関係各国へ警告を送り、緊急協議を招集します。停止命令を出せるよう、今から準備を始めます」
アリスは厳しい顔でうなずいた。
「それから、その手紙をアリスに渡して。犯人と犯人の意図が理解できるから」
イヴォンヌがアリスに手紙を渡した。
「なんですか、この条項は。とんでもない契約書だわ」
アリスは憤慨して言った。
——私のために憤慨してくれて、ありがとう。
「ヴェイン……彼は二年前、全身に火傷を負ったのち、死亡したとされているわ。けれど、どうしてもファーストネームが出てこない」
アリスは額を押さえた。
「現行網は停止できます。でも経路を根本から除去するには、彼の術式署名を特定し、無効化しなければならない」
アリスはそう言った。姓は出るのに、名前だけが出てこないのだ。
「ふふっふふっふふっ」
不吉な笑いをイヴォンヌがあげ、ディアーナ姉様も思わず小さく吹き出した。
「何よ、イヴォンヌ」
「現行網を全部止めるのよ。それでも消えない経路があれば、それが犯人の旧網よ」
「それを叩き潰すのね?」
「それを切断するのね?」
アリスと私が同時に叫ぶようにして言って、耐えられずにルイ兄様が咳払いをした。
ずっと部屋の隅で聞いていたのだ。
「きゃっ!ルイ皇太子!いらっしゃったのですか。叩き潰すなんて言葉遣いをしてしまって恥ずかしい」
「いや、いいから」
ルイ兄様は手を振った。
「方針は決まったんだから、ディアーナを寝かせてくれるかな?」
「みんな、気をつけるのよ」
そこまで言うと、ディアーナ姉様の言葉が途切れた。
アリスが何か言いかけて、ディアーナ姉様の顔を見た。
もう、眠っていた。
私たちはそっと部屋を出た。




