41. 自称幼馴染の登場
私を逮捕するかもしれないアリス・ブレンジャー子爵令嬢は、真夜中にやってきた。
寝台特急から地方線へ乗り継ぎ、最寄り駅で一行を乗せた馬車が、アッシュクロフト宮殿の玄関前に止まった。
扉が開き、鮮やかな若草色のドレス姿の令嬢が軽やかに降り立った。黒いベルベットで縁取られた上衣は、軍服を思わせる。白い襟には、王立魔術博物館の銀の紋章が留められていた。
漆黒の髪と、輝く深く鮮やかな緑の瞳。額には短く巻いた前髪がかかり、後ろ髪は頭上で端正にまとめられていた。
彼女は到着するなり辺りを見渡し、私に挨拶するより先に言った。
「昨日から、アッシュクロフト領内の魔法網で、闇の禁術に分類される術式が四度発動しています。何かご存じですか?」
私の背中が冷たくなった。
——バレているわ。
「あの……ところで、ザックリードハルトのルイ皇太子がこちらにいらっしゃるというのは、本当ですか?」
急に、その声がうわずった。
「えぇ、兄は別館に滞在していますわ。姉と共に」
「おぉ、ではあなたがロミィ皇女ですね?」
「はい、初めまして」
「王立魔術博物館館長代理として参りました、アリス・ブレンジャーです」
アリスは印象的な銀の紋章を指差して、私ににこやかに挨拶した。
そのすぐ後ろから、キャメルブラウンのダスターコートをまとった令嬢が降りてきた。裾には列車の煤と街道の白い埃が残っている。それでも帽子の下のアッシュブロンドには、ほとんど乱れがなかった。
従僕が外套を受け取ると、スモークピンクの旅行着が現れた。令嬢はアンバー色の瞳で辺りを見渡し、私の隣にいたカイを見つけると華やかに笑った。
「カイ!心配して来てあげたわ!」
カイは一瞬考えてから、礼儀正しく頭を下げた。
「お久しぶりです、アルテンハイム男爵令嬢」
「もう、昔のようにコンスタンツェと呼んでくださって構わないのよ。私たちは幼馴染でしょう?」
——幼馴染!?
私はハッとしてカイの顔を見上げた。ブロンドの髪を無造作にかきあげたカイは、一瞬遠くを見るような目をしてブルーの瞳をしばたかせた。
「子供の頃、三度ほどでしたか……お会いしたことは覚えています」
コンスタンツェのアンバー色の瞳が翳り、それまでの満面の笑顔がわずかに引きつった。
「三度会えば、立派な幼馴染ですわ!」
「彼女は道中ずっとそう主張していたのよ。事実を三行、解釈を三十行に膨らませるのが得意なの」
アリス・ブレンジャーは呆れた様子で、冷ややかに言った。道中で、その主張をすっかり聞き飽きたらしい。
家令が案内を申し出ると、アリスはさっさと本邸へ入って行った。その後ろを、荷物を抱えたメイドがついていく。何かを食べているらしく、口元がもぐもぐと動いていた。
「シャーロット、ありがとう。貸して。私も運ぶわ」
「ダメです!私の仕事だとおおせつかったのですから」
「もう、頑固ね。あなたは私のメイドではないでしょ」
そんな事を言いながらアリス・ブレンジャー嬢は客間にどんどん進んで行った。
アリスは振り返った。
先ほどまでルイ兄様の話に浮かれていたエメラルドの瞳から、笑いが消えていた。
「ロミィ皇女。二人だけで話がしたいわ」
私の背中が冷たくなった。
——やはり、禁術を使った私を捕らえに来たのだろうか。
喉の奥がきゅっと狭くなった。
「そこには私も同席したい」
後ろから声がして、振り返った。
「まぁ! ルイ皇太子!」
アリスの顔が一瞬で真っ赤になった。
到着した時、彼女の声がうわずっていた理由を、私はようやく理解した。
「お会いできて光栄です、皇太子殿下。ですが、公私混同はいけませんわね」
アリスは深呼吸すると、再び館長代理の顔へ戻った。私をちらっと見て言った。
「同席については、ロミィ皇女ご本人の意思を確認させてください」
「もちろん、構いません」
私はルイ兄様にうなずいた。
「では、夜も遅く疲れている事でしょうから、手短に行きましょう。こちらも分かっていることをあなたに共有したいので」
その時、コンスタンツェは何か言いたそうにカイを見ていたが、家政婦長に促され、不満そうに客室へ向かった。私に途中まで付き添ってくれたカイは心配そうだったが、私がうなずくと、扉の外で待つことを承知してくれた。
私は、これまでに起きた一連の出来事を話した。
説明の途中、フリッツが私の袖から顔を出した。続いてスピカが膝の上へ転がり出し、アルシオンが椅子の背へ舞い降りた。
「待って。霊獣香リスに、銀針のハリネズミ、それからカワセミまで?」
アリスは私と三匹を交互に見た。
「あなた、あと何匹隠しているの?」
「これで全部です」
「主、その言い方だと、俺たちが荷物みたいだぞ。失敬な!」
フリッツが不満そうに口を挟んだ。丸い瞳はアリス・ブレンジャーをまっすぐに見据え、腕組みをしている。
アリスは目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。
「口をきく香リスまでいるのね。分かったわ。続けてちょうだい」
私は説明を続けた。古いメルボロー認証技術を使った犯人の手口、そして、メイドのカティが首を絞められたところまで説明した。
「四度のうち二度は、あなたの術式遡及と術式遮断。残る二度には、同じ術式署名が残っている。遡及に反応した迎撃術式と、カティの首を絞めた遠隔術式ね」
アリスは銀の紋章へ指を置いた。
「発動した術式は四つ。でも、術者は二人。あなたと、もう一人よ」
元会計人のマーティンが、その男を“教授”と呼んでいたと伝えると、アリスの顔色が変わった。
「教授?」
「テールに住み、王立魔術博物館の古い魔法網の設計に関わった男だと、村人は話していました」
アリスの指が、銀の紋章の上で止まった。
「その条件に当てはまる教授は、一人しかいないわ」
「どなたですか?」
アリスはすぐには答えなかった。
「でも、その人は二年前に死んだことになっているわ」




