35. せっかく私の
——愛していると言われた……。
私はそのことに、震える思いだった。
横抱きにして私を抱えて歩くカイが叫んだ。
「……ルイ皇太子!」
「ロミィ、迎えにきた!みんな急いでロミィを運ぶのを手伝ってくれ」
ルイ兄様の声がして、私は長椅子の上に抱え上げられた。私は兄様に抱え込むように座らせられ、後ろにカイとイヴォンヌが乗った。
霊獣香リスとスピカはルイ兄様に合わせる顔がないと言った様子で、長椅子に乗るのを渋ったが、カイとイヴォンヌにそれぞれ抱かれて乗り込んだ。
「行くぞ!」
長椅子はいつもよりゆっくり飛んだ。速度を上げて私の傷に障ったらと、兄様が心配したのだろう。
「ロクセンハンナの伝説のブルクトゥアタ……もう一人いたのか!?」
小声でフリッツがスピカに言っているのが聞こえたが、スピカに言い返された。
「シーっ!今は黙っておけ!フリッツを庇って主は傷を受けたんだぞ?ブルクトゥアタはロミィのすぐ上のアダムもだ」
「オーマイガーっ!今世に三人出現しただと……」
「だから、黙れっ!」
ルイ兄様がじろっとフリッツを睨んで言った。
「そこの霊獣リス!お前の役目はなんだ?」
「……俺の役目は……主を守ることだ」
消え入りそうな声でフリッツが言った。
「面目ない。死んで謝罪する」
フリッツが言ったのと、私が言ったのと同時だった。
「ばかっ!」
ルイ兄様は、みじろいだ。私が急に動いたから落ちないか焦ったのだろう。
「ロミィ、動くな。落ちたらシャレにならない。俺は死んだ母上に顔向けできない。じっとしていてくれ、妹」
私は小さく「ごめん」と言った。
「主の大馬鹿者!俺を守って主が死んだら、俺は誰を守ればいいんだよ!」
フリッツが私に怒鳴った。
フリッツは私の肩に乗って、手を伸ばして私の頬へ触れた。小さな両手は震え、丸い瞳から涙が落ちていた。
「ごめん、フリッツ。不甲斐ない主でごめん」
「お取り込み中のところ申し訳ないが、俺はザックリードハルトから飛んできた。俺の妻の皇太子妃のディアーナもな。霊獣二匹は覚悟するように」
ルイ兄様のその言葉に、フリッツもスピカも深くうなだれた。
「霊獣の鏡といわれたこの俺様がなんとしたことか……」
「どこが鏡だ、フリッツ、黙れ!何も喋るな!」
「スピカ、俺はどうしたらいい?」
「だ・ま・れ、フリッツ」
私は思わずクスッと笑った。霊獣二匹はディアーナ姉様が怖いのだ。
アッシュクロフト家の馬車が待っている所まで来ると長椅子はふわりと着地した。
そこには、珊瑚色の髪が燃えるように広がり、エメラルドの瞳が爛々と輝くディアーナ姉様が仁王立ちして待っていた。
ディアーナ姉様はピーコックブルーのドレスに銀灰色のカシミア・ショールをまとっていた。肩から肘へ流れる薄いショールの縁には、深緑と淡金の蔓草が細く刺されていた。
——怒っている!ディアーナ姉様は怒っているわ!
私は長椅子の上から自力で降りれず、ルイ兄様に抱きかかえられて降ろされて、馬車の中に運びこまれた。
医師とディアーナ姉様が馬車に乗り込んできた。
「ロミィ、背中を見せてもらうわね」
医師とディアーナ姉様が思わずうめくのが分かった。
焼け爛れているのだろう。私には分かった。ボディスは焦げていて、中の肌はもっとひどいのだと予想できた。
「エスルお姉様が子供の頃に絵をお菓子の包装紙に描いていたの。それをボディスに入れていたの。術式が違ったから参考にしようと思って……それが怪物の光線を最後に私から守ってくれたと思うの」
私はそっと説明した。
「私のせいだわ。ロミィに任せるのは早すぎたわ……」
ディアーナ姉様は泣いた。
「ごめんなさい。ロミィと二人だけにしてくださる?その塗り薬を頂戴」
ディアーナ姉様は医師に言って、医師がカバンから出していた火傷用の薬をもらった。
医師はディアーナ姉様が私の背中にこの場で塗ると思ったのだろう。
「では、丁寧にしっかりと背中一面に塗ってください。お願いします」
そう言って、医師は馬車から出て行った。妹の背後へ回った姉様は肩からショールを外して、それを私の背へふわりと掛けた。
銀灰色の布が、黒く焼け縮れたドレスを腰まで覆った。両端を胸元へ回し、自分の髪から金の櫛を一本抜くと、即席の留め具として布へ挿してくれた。
「初めて会ったあの時を覚えている?十一歳のあなたに初めて会ったのは、砂漠に移動した日だったのよ。空からあなたたち三人が落ちてきて、私は必死で救ったわ」
ディアーナ姉様は涙をこぼして言った。
「せっかく救って私の妹になってくれたのに、私はあなたを救うチャンスがありながら、死なせてしまったなんて嫌なのよ。だから、ロミィ、私は魔力の出力をあげてあなたを救う」
私は目を見張った。
「やめて、無理しないで」
ディアーナ姉様は首を振った。
「分かるわね?私は一度砂漠の家で力を使い過ぎて寝込んだわ。あなたも見たわ」
「だから、やめて。私はきっと大丈夫」
「いやよ。嫁入り前の妹に傷が残るのは絶対に嫌。私があそこで帰らなければ、あなたはこんな目に遭わなかったと思う」
ディアーナ姉様は私に言った。
「いい?ルイに伝言してね。しばらく、私たちはアッシュクロフト邸宅に滞在しましょうと。私は二週間ぐらい寝たきりになるかもしれないけれど、前に経験したからルイならなんとかできるわ」
姉様を責めることができなかった。
フリッツを庇った時の私も、きっと同じ顔をしていたから。
ディアーナ姉様は私にその次の言葉を言わせなかった。ディアーナ姉様の手からエメラルド色の光が出て、私は包まれた。
身体中の痛みが引いていくのが分かった。
馬車自体が発光したかのようだった。
私の耳には、ディアーナ姉様が繰り返す「絶対に助ける」という声だけが聞こえていた。
「ディアーナ!」
ルイ兄様が駆けつけて馬車の扉を開こうとしたが、馬車の扉はびくともせずに開かなかった。
姉様が、誰にも止めさせないために閉じたのだと分かった。
目の前でディアーナ姉様が馬車の座席に崩れ落ちた。




