3. しまったっ!!
——神様、聖セレスティーヌ様、お許しください……。
——えっと……思い出せない!?
革の書類鞄の中から、ペンとノートを取り出した。
唇を一文字に結び、何も書いていない、白いノートのページを見つめた。
私は一呼吸置いた。頭の中をじっと見つめる。
そして、今から四年前の十一歳の頃に王立魔術博物館に忍び込み、『闇の禁書』を盗み読んだ時の呪文を書き始めた。
——闇の禁書は、使ってはいけない危険な呪文ばかりが載っていたはず。その中に呪いの呪文があったはずだわ。
——なんとしても、思い出すのよ。
私は自分を叱咤激励をして、ドロワーズ姿で木陰に座り込み、集中した。
ゆっくりと頭の中の記憶の鍵を開けた。
禁書の名前は、その名も「時を操る闇の書」だった。
私は見たものをそのまま記憶することができる力を持っているが、それは集中した時にしか発揮できない。十一歳で禁書を盗んだ時、私は死んだ母を生き返らせるつもりでいた。あの時はものすごく真剣だった。
勿論、そんな事は出来なかったが、呪文はまだ頭に残っているだろう。
——ロミィ・ロクセンハンナ、頭に残っているものを全て紙に記しなさい!
私は卵をぶつけた犯人の貴族令嬢、エミリア・デ・アルバの苛立つ顔を頭に思い浮かべて、頭を振った。
幸いにも髪の毛に卵はつかなかったが、ドレスに生卵をぶつけられた屈辱を放置できない。
——エミリア、覚えてなさい!ギロチンにかけられる前に、絶対にあんたに仕返しを必ずするんだからっ!
私は無心でノートに文字を書き続けた。
こうして、午前中の数時間、私は頭の片隅にあった呪文を思い出しながら紙に書いて過ごした。
数時間経つと、日の恵みのおかげで、初夏の薄手のドレスは何とか乾いた。悪戦苦闘しながら一人でドレスを身につけた。
「ロミィ・ロクセンハンナ!どこにいるんですっ!?」
時々、聖セレスティーヌ女学院の教師達が自分を探す声が聞こえてきたが、私は完全な無視を決め込んでいた。
だが、ふとある重大なミスに気づいて声をあげてしまった。
「うあっ!」
慌てて自分の口を両手で塞いだ。
——寝坊してお弁当を忘れた!
今朝、メイドが止めるのも聞かずに、馬車に一人で飛び乗った。
朝ごはんも食べず、御者に馬車を飛ばしてもらって、聖セレスティーヌ女学院まで来てしまったのを思い出した。
昼食の弁当のバスケットは、料理長がいつものようにメイドに渡してくれていたはずだ。
——しまったっ!!
私は自分のうかつさを呪った。空腹だ。
——あぁ……お腹が空いた。
学院は昼食の時間になったと思うが、お弁当もメイドも連れてくるのも忘れた自分は食べられない。
意固地になって、誰にも助けてと言えない。
従姉妹のイヴォンヌ・ド・モンフォールは、昔から私のライバルだ。今も同じ女学院に通っている。
昔は破れたタイツを履いても平気だったイヴォンヌは、美しく髪を整え、女らしさを強調するドレスを身につけ、銀食器のお弁当を毎日持ってくるような麗しのレディに変身してしまっていた。
銀食器に入ったお弁当を分けて欲しいと従姉妹のイヴォンヌに言う自分を想像した。ゾッとした。
——彼女に助けてなんて、言いたくない……。
——だったら、もう、どうするのよ!?
自分の愚かさにイライラとしてきた私は、ノートに書き殴った呪文をじっと見つめた。これが何の呪文だかわからないが、最初の二文をやけくそで唱えた。
やけくそだ。
途端に、目の前に青い煙が上がり、何か小さな獣が出てきた。
煙の中で、何か小さなものが身震いした。
二つの丸い瞳が、じろりと私を見上げた。
「きゃっ!」




