22. 豪華寝台列車で、最初のお茶会を
「今朝、食堂車で私たちの隣にアルテンブルク侯爵夫人の近くに座った方々をこちらにお呼びいただきますわ。皆様はお茶の準備をお願いします」
素早くイヴォンヌが仕切って、すぐに、コンパートメントから、今朝私たちが挨拶をした方々が食堂車に集められた。
銀の片眼鏡をかけた退役軍人の老伯爵に、アルノー・ド・ヴェルニエという名の二十九歳の、どこかの国の公使館の二等書記官、医師に、若い未亡人に、裕福なアメリカ人令嬢、アルテンブルク侯爵夫人付きのレディズ・コンパニオン。
この六人と、アルテンブルク侯爵夫人もだ。夫人は涙ぐんで感謝していた。
「おぉ、神様、ありがとうございます」
「ダイヤが見つかったのですってね?」
「本当に良かったですわ」
「えぇ、本当に」
「ミュンヘンで給仕が降ろしたという話は嘘っぱちだったな」
「あぁ、とんだ勘違いだ」
「だが、犯人はあの給仕だろう?」
私は給仕長に合図をした。
「皆様にお茶とお菓子をお持ちしていただけますか」
「はい、かしこまりました」
私は皆を広いテーブルに案内し、一緒に席に座った。
「さあ、皆様、無事に見つかった事ですし、気苦労もありましたから、しばしお茶の時間として英気を回復しましょう」
私はイヴォンヌとカイにも合図をして、それぞれ席に座ってもらった。
「これは、私がこれから開きたいと思っている小さな店の、最初のお茶会です」
皆が不思議そうに私を見た。イヴォンヌは私に小さく頷いた。
フリッツとアルシオンの霊獣コンビは、窓辺のカーテンの後ろに隠れて私たちをこっそり見ている。
——誰が犯人なのか、私には分からない。
——うまく行くかしら……?
列車はミュンヘン周辺の平野から湖沼地帯を抜け、次第にアルプスの山並みへ近づいていく途中だ。車窓からは林が途切れると、突然、窓の向こうが青い湖が見えていた。水面が銀の板のように広がり、その向こうに、濃淡の異なる山々が幾重にも重なって見える。どんどんアルプス山脈に近づいているのだ。
テーブルの上には林檎やプラムの焼き菓子、ナッツ入りのトルテが並んでいて、心踊る瞬間だった。昼食の前に食べる習慣は無いかもしれないが、7時頃に朝食を食べてから事件があったので、皆、すっかりお腹を空かせていた。
「ブダペストで評判になっている、新しいトルテだそうですわ」
給仕が切り分けた菓子には、薄い生地とチョコレートクリームが幾層にも重なり、表面には琥珀色の硬いキャラメルが載っていた。幾層にも重ねたトルテだ。
「まぁ、素晴らしいわ」
「本当に美味しそうだ」
私たちは美味しいお茶とお菓子をゆっくりと堪能した。私は一人一人の席の間をまわり、給仕の代わりにお茶を注いだり、ケーキを新たに取り分けたりして世話をした。
お菓子以外の話を皆がし始めた。
誰が最初に言い出したのか、私には分からなかった。
気づけば皆、昔、誰かに褒められた時のことを話していた。
ピアノと歌がとても上手で褒められた話を嬉しそうに始めたアメリカ人令嬢、アルテンブルク侯爵夫人付きのレディズ・コンパニオンは、帽子を作ったら独創的で素敵な帽子だと褒められた事、医師は教えることがとても上手だと褒められたこと、皆が口々に幸せな記憶の話を楽しそうにし始めて、お茶の席は盛り上がった。
「不思議ね。どうして、こんな昔のことを急に思い出したのかしら」
アメリカ人令嬢が言った。
二等書記官のアルノーは少年時代に、道端で高価な宝飾品か財布を拾ったことがあると話した。
「誰にも見られていなかったのに、持ち主を探して返したんだよ。そのとき、父親や恩師から、ものすごく褒められた。『お前は、誰も見ていないところでも正しいことを選べる人間だ』『外交官に必要なのは、巧みな言葉より、信用を裏切らないことだ』とかね。嬉しかったなぁ」
アルノーの震える指が、ティーカップの取っ手から滑り落ちた。
「私は……」
彼は何かを言おうとして、口を閉じた。
足元の影が、不自然に揺れている。
アルノーは両耳を塞いだ。
彼は震えながら顔を上げた。
「父は、誰も見ていないところで正しいことを選べる人間になれと教えてくれた」
そして、彼は立ち上がって泣き出した。泣きながら言葉を振り絞るようにして言った。
「私が盗みました」




