【イヴォンヌ視点】今度こそ、ロミィを悪役令嬢にはさせない
◆**イヴォンヌ視点**◆
砂漠の夜は、驚くほど冷える。
ロミィが二階の客室へ引き取ったあとも、私は眠れなかった。
食卓に一人で残り、鞄からいつも持ち歩いている覚書を取り出した。
婚約打診書。
婚約協議書。
婚約条約。
婚約契約書。
必要になる四つの書類名を書き、その下に線を引いた。
ロミィはまだ、カイへの返事をしていない。だから、一枚も作るつもりはない。
私に準備できるのは道筋だけだ。ロミィの返事まで、代わりに用意することはできない。
二年前も、順番は同じだった。
けれど、四枚目だけを、私は見ていない。
私は転生者だ。
正式なサインが押された書類を見ると、前世で最後に見た給与明細を思い出す。
支給額の桁が一つ減っていた。判子も日付も、すべて正式だった。
あの時、私は知った。
正式な書類だから、正しいとは限らない。
むしろ、正式な顔をした嘘ほど、人を黙らせる。
前世では上司に不当にこき使われ、働きすぎて死んだ。
前世を思い出したのは、従姉妹のロミィの最初の婚約が決まり、二人でケーキを食べながらお茶を飲んでいた時だった。
私はお洒落が大好きで、人の世話を焼くのも好きだった。前世は魔法こそなかったけれど、この世界より、たぶん未来だった。
服は、着る人の身体に合わせて仕立てるものだ。
契約も同じだと、私は思う。
人を書類の形へ押し込めるのではなく、その人を守れる形に仕立てなければならない。
あのジュリアンというロミィの元婚約者は、顔だけはよかった。
ヴェイン侯爵家の令息とはいえ、皇女であるロミィより身分は下だ。何を考えているのか分からない男だったが、当時十六歳だった彼は、ロミィと一緒にいる時、本当に楽しそうだった。
だから、解せない。
巷では、ロミィに問題があったから婚約を破棄されたことになっていた。
「皇女様がわがまますぎて捨てられたんですって」
私は何度も、そう聞かされた。
捨てられたロミィの方が、悪役令嬢として扱われたのだ。
今度こそ、ロミィを悪役令嬢にはさせない。
二年前、私は何度もロミィの部屋を訪ねた。けれど、扉は一度も開かなかった。
今回は絶対にロミィを支えると心に決めていた。
自分の書いた覚書へ目を落とした。
大事な条項に線を引く。
私は覚書の四行目を、もう一度ペンで囲んだ。
婚約契約書。
二年前、この四枚目だけを私は見ていない。
燃えたのなら、燃える前には存在していたはずだ。
存在していたなら、作成か受領の記録が残る。
けれど、それすら何もなかったはずだ。
——では、あの日、ロミィが馬車の窓から見たものは、何だったの?




