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第一章 半間からの出立

クローゼットの中は、自分自身のため息で湿っぽくなっている。

膝の上に置いているPCが熱を帯び、それが僕に伝わり僕の思考をより鋭利に、より冷徹に研ぎ澄ましていく。


画面に表示されているのは、今週発売されたばかりの週刊誌『実話真相』の電子版だ。

トップ記事は、若手女優のスキャンダル。

 ――『期待の若手女優・A、清純派の裏に潜む「薬物疑惑」の衝撃』


裏取りも中途半端、憶測と名ばかりの「関係者の証言」だけで塗り固められたゴミのような記事だ。しかし、ネット上ではその女優への罵詈雑言が溢れ、彼女はすでにCMの降板と無期限の活動休止に追い込まれている。

記事の最後に、その男の名前があった。

 

【取材・文/門倉 慎也】


その五文字を暗闇の中でじっと睨みつけていると、画面の隅で小さな通知が跳ねた。

 メール。件名はない。


「……やはり来たか」


クローゼットの静寂の中に、僕の独り言が低く溶け込んだ。

 この記事が出た瞬間から、誰かが僕の「半間」の扉を叩くことは確信していた。門倉がこれまで踏みつけにしてきた死屍累々の山を考えれば、これは当然の結果だった。

メールを開く。

 

『門倉を、あの子と同じ地獄に落としてください。着手金は振り込みました。どうか……お願いします』


短い文面から、やり場のない怒りと、泥水を啜るような絶望が伝わってくる。

 僕は、クローゼットの壁にびっしりと貼られた資料の中から、門倉慎也の経歴書を探し出し、指先でなぞった。


門倉慎也

かつては真面目な社会派報道を志していたという男。だが今では、売れるためなら死人すら叩き売る、業界で最も嫌われる「ハイエナ」へと成り下がっている。

 

彼は自分の書いた一行が、将来ある若者の人生をどれほど無残に引き裂くかなど、想像したこともないだろう。


「門倉さん。あなたは、自分が投げた石が、どれほどの重さで自分に返ってくるかを知るべきだ」


僕は再び、静かにキーボードを叩き始めた。

 

「清算」の幕は、まだ上がったばかりだ。

 

まずは、彼がその特権を傘に着て、これまで塗り重ねてきた「嘘」を、ひとつずつ掘り起こし、剥がしていく作業が必要だ。

門倉が次のターゲットを探して夜の街を徘徊している間、僕は彼が足元に隠した、一番汚い「泥」を掬い集めに行くことにした。

 

 僕はゆっくりと立ち上がり、クローゼットの扉に手をかけた。

視界には生活感のない居間が写る。締め切ったカーテンの隙間から差し込む外の光が、網膜を刺す。

僕は目を細めながら、偽善と嘘に満ちた「外の世界」へと足を踏み出した。


 クローゼットを出た僕は、数日間、門倉の「生活の断片」を拾い集めることに費やした。

 彼のような人間を解体するには、正面からぶつかる必要はない。彼自身が無価値だと思って捨てたゴミや、無意識に残した足跡を辿るだけでいい。


門倉の執筆した過去の記事を、一字一句読み返す。

 彼は記事を「作る」際、特定の高級ホテルの備品が写り込んだ写真を多用していた。それが単なる偶然ではないことはもうわかっていた。


そのホテルの従業員通用口に近い、薄暗い喫煙所。

 僕は数日間、そこに溶け込み、門倉が特定の清掃員と接触するのを待った。

 やがて現れた門倉は、周囲を警戒する素振りすら見せず、清掃員から分厚い封筒を受け取った。代わりに渡したのは、小さな紙袋だ。中身は、彼がフリマアプリで転売していたホテルの横領品と、その対価の現金だろう。


「……傲慢だな、門倉さん」


自分が暴く側であるという優越感が、彼から最低限の慎重さを欠落させていた。

 僕はその決定的な瞬間を、静かにレンズに写し込んでいた。

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