第七話:ルールという武器
酒場の熱は、昨日よりも確実に上がっていた。
「次俺!」「銅貨置けって!」「順番守れよ!」
声が飛び交い、笑いが混じる。
壁の前には人の列。
テーブルの上には、積まれていく硬貨。
(回ってるな)
俺は壁にもたれながら、その様子を眺めていた。
ただ当てるだけの遊び。
それでも、もう十分に成立している。
だが――
(まだ、足りない)
このままだと、いずれ飽きる。
単純だからこそ、限界も早い。
なら、変える。
「おい」
俺は壁の前に立つ。
ざわめきが少しだけ静まる。
「今日はルール変える」
「ルール?」
「なんだそれ」
何人かが顔をしかめる。
当然だ。今まではただ投げるだけだった。
「的、ちゃんとする」
俺は壁に近づき、木片の先で円を描く。
今までよりも丁寧に。
外側に大きな円。
その内側に、もう一つ。
さらに内側に、小さな円。
三重の輪。
「外、中、真ん中」
指で順番に示す。
「当たった場所で点数が違う」
「点数?」
「外は一、中は三、真ん中は五」
ざわつきが広がる。
「五ってなんだよ」
「多いほど強いってことだ」
「なるほどな……」
少しずつ理解が広がる。
「三投で合計。高い方が勝ち」
「さっきと違うのか」
「違う」
俺は短く答える。
「運だけじゃ勝てなくなる」
その一言で、空気が変わった。
何人かの顔が引き締まる。
「……面白えじゃねえか」
荒い少年がにやりと笑う。
「やる」
「俺も!」
「さっきのやつ、もう一回だ!」
声が一気に増える。
(食いついたな)
単純な勝負に、意味が乗る。
狙う場所が変わる。
考える必要が出てくる。
それだけで、遊びは“競技”に変わる。
「まずは見せる」
俺は木片を一本取る。
壁の前に立つ。
「外」
軽く投げる。
外側の円に刺さる。
「一」
「中」
少しだけ調整して投げる。
内側の円。
「三」
最後に、中心を見据える。
一瞬だけ静まる空気。
――投げる。
音は小さい。
だが、木片は真ん中に突き刺さった。
「五」
沈黙。
それから、どっと声が上がる。
「おい今の見たか!?」
「全部狙って変えてるぞ!」
「なんだそれ……!」
荒い少年が、目を細める。
「……ふざけてやがる」
だが、その顔は楽しそうだった。
「やるぞ」
「順番だ!」
「銅貨置けって!」
一気に流れが動く。
最初の挑戦者が前に出る。
「よし……」
構えて、投げる。
外側。
「一!」
「次!」
二投目。外。
「一!」
三投目。中に近いが、外。
「一!」
「合計三だな!」
周りが勝手に数え始める。
「次!」
別のやつが前に出る。
一投目。中。
「三!」
「おお!」
二投目。外。
「一!」
三投目。外。
「一!」
「五か!」
自然と点数が共有されていく。
(いい)
ルールが回り始めた。
俺が言わなくても、場が動く。
「おい」
低い声。
あの男だ。
昨日、銀貨を置いたやつ。
壁の前に立つ。
「やる」
「どうぞ」
俺は一歩下がる。
男は輪を見て、少しだけ目を細める。
「……なるほどな」
理解が早い。
一投目。
中。
「三」
二投目。
さらに寄る。
「三」
三投目。
中心をかすめる。
「……五だ」
合計十一。
ざわめきが広がる。
「高えな……」
「さすがだ」
男は振り返る。
「次はお前だ」
俺に言う。
「いいのか?」
「ルールを作ったのはお前だ」
当然だろ、と言いたげな顔。
(まあ、そうか)
俺は木片を手に取る。
壁の前に立つ。
三つの輪。
距離。
空気。
全部、見えている。
――投げる。
一投目。
中。
「三」
二投目。
中。
「三」
わざと、だ。
周りがざわつく。
「なんで真ん中狙わねえんだ?」
「外してんのか?」
三投目。
静かに、中心を狙う。
――投げる。
真ん中。
「五」
合計十一。
同点。
「……は?」
誰かが声を漏らす。
男が、わずかに笑った。
「なるほど」
「何がだ」
「分けたな」
「勝ち負けつけるより、長くやれるだろ」
俺は肩をすくめる。
男は少しだけ黙って、それから笑った。
「確かにな」
周りもざわつく。
「同点かよ!」
「まだやれるな!」
「もう一回だ!」
声が上がる。
熱が、さらに増す。
(これでいい)
勝ち負けだけじゃない。
続くこと。
回ること。
それが重要だ。
俺は一歩下がる。
壁の前には、また新しい挑戦者が立っていた。
木片を構える。
投げる。
笑う。
悔しがる。
その繰り返し。
――ただの一投は、もう“ゲーム”になっていた。




