第四話:酒場の的当て
「もう一回だ!」
荒い声が響く。
壁の前には、いつの間にか人が増えていた。
最初は俺と、あの子供。それから乱暴なやつが加わって、勝負になった。
それだけのはずだったのに。
「おい、何やってんだ?」
「当てる遊びらしいぞ」
「へえ、面白そうじゃねえか」
通りすがりの子供たちが足を止め、気づけば後ろに数人。さらにその後ろに、様子を見に来た別のやつら。
小さなざわめきができていた。
(……早いな)
広がるときは、一気に広がる。
悪くない流れだ。
「次、俺やらせろ!」
「順番だろ!」
わいわいと声が上がる中で、荒い少年が舌打ちする。
「うるせえな……」
だが、その顔はさっきよりも少し楽しそうだった。
「ほら、お前の番だろ」
俺がそう言うと、構え直す。
今度はさっきよりも慎重だ。
一投目。壁には当たる。
二投目。少し近づく。
三投目。印の外側、だが確実に寄ってきている。
「……っ」
悔しさと、わずかな手応えが混じった顔。
「いいじゃねえか」
思ったよりも伸びている。
周りからも声が上がる。
「さっきより近いぞ!」
「やればできんじゃん!」
ざわつきが少しだけ大きくなる。
次は別の子供が前に出てきた。
見よう見まねで投げて、大きく外す。
笑いが起きる。
それでも、もう一回投げる。
また外す。
「むずっ……!」
「だろ?」
横から声が飛ぶ。
「そんな簡単じゃねえんだよ、それ」
荒い少年が腕を組んで言う。
さっきまで外していた側だったくせに、少し得意げだ。
(いいな、この流れ)
自然に“経験者”が生まれている。
誰かがやって、外して、またやる。
それを見て、次のやつがやる。
繰り返し。
気づけば、順番待ちの列ができていた。
「おい、次俺だぞ!」
「まだだって!」
「ちゃんと三回な!」
ルールも勝手に共有されている。
教えていないのに、形になっていく。
その様子を、少し離れた場所から見ている影があった。
大人だ。
腕を組んで、じっとこちらを見ている。
酒の匂いが、かすかに漂ってきた。
(……来たな)
しばらく様子を見ていたその男は、やがてゆっくりと近づいてきた。
「おい」
低い声。
子供たちのざわめきが、少しだけ静まる。
「それ、誰が考えた」
視線が、俺に向く。
周りも自然とこちらを見る。
俺は特に構えず、答えた。
「俺だ」
「……ほう」
男は壁に刺さった木片と、印を見比べる。
それから、一本引き抜いた。
指で重さを確かめるように回す。
「投げて当てる、か」
「そうだ」
「賭けはできるか?」
直球だった。
周りの子供たちがざわつく。
「賭けって……」
「金か?」
ひそひそと声が広がる。
俺は少しだけ考えてから答える。
「できる」
「ほう」
男の口元が、わずかに歪む。
「なら、場所を変えろ」
「場所?」
「こんなとこでやるより、うちでやれ」
顎で、奥の方を示す。
視線の先には、少し古びた建物があった。
木の看板。開いた扉。中から漏れる、ざわめきと酒の匂い。
酒場だ。
「客もいる。酒もある。金も動く」
男は淡々と言う。
「その遊び、もっと面白くなるぞ」
確信めいた声だった。
周りの子供たちが一斉に騒ぐ。
「行こうぜ!」
「中でやれんのか!?」
「すげえ!」
一気に空気が変わる。
ただの遊びだったものが、別の意味を持ち始めている。
俺は少しだけ目を細めた。
(早いな)
だが、悪くない。
むしろ――望んでいた流れだ。
人が集まって、場ができる。
そこに価値が生まれる。
「……いいのか?」
一応、確認する。
「ガキでも?」
男は鼻で笑った。
「金を落とすなら、客だ」
シンプルな理屈。
嫌いじゃない。
「分かった」
俺は小さくうなずく。
「やる」
その一言で、周りが一気に沸いた。
「よっしゃ!」
「酒場だってよ!」
「やべえ!」
木片を手にしたまま、子供たちが走り出す。
荒い少年も、にやりと笑った。
「面白くなってきたじゃねえか」
俺は最後にもう一度、壁の印を見る。
ここから始まった。
ただの一投から。
それが、もう次の場所へ進もうとしている。
視線を上げて、酒場を見る。
開いた扉の向こうに、別の世界が広がっている。
――次は、あそこだ。
俺は木片を握り直して、一歩踏み出した。




