第十六話:距離という壁
「……ちょっと下がってみるか」
荒い少年がそう言って、一歩後ろに下がった。
いつも投げている位置より、少し遠い。
「そんなもんで変わるか?」
「試すだけだ」
ダーツを構える。
揺れる枝。
距離が伸びた分、見え方が変わる。
――投げる。
外れる。
「……くそ」
「だろうな」
俺は短く答える。
距離が伸びれば、それだけズレも大きくなる。
風の影響も強くなる。
「当たる気しねえな」
「近いのと同じ感覚じゃ無理だ」
俺も一歩下がる。
視界が変わる。
枝が小さく見える。
(……遠いな)
ただそれだけなのに、難易度は一気に上がる。
ダーツを構える。
呼吸を整える。
(いつも通り)
そう思って投げる。
――外れる。
「……」
無言でダーツを拾う。
もう一度。
投げる。
かすめるだけ。
「やっぱ違うな」
荒い少年が言う。
「ああ」
認めるしかない。
近距離とは別物だ。
「距離、変えるだけでこれかよ」
「全部変わる」
短く言う。
軌道。
落ち方。
タイミング。
全部だ。
「……めんどくせえな」
「やるしかない」
俺はさらに一歩下がる。
「おい、まだ下がるのか」
「確認だ」
距離の違いを知る。
それが先だ。
構える。
枝がさらに小さくなる。
(……見えにくい)
だが、やる。
――投げる。
外れる。
完全に。
「……無理だろそれ」
荒い少年が笑う。
「今はな」
「今は、って……」
「そのうち当てる」
「簡単に言うなよ」
簡単じゃない。
だが、やるだけだ。
俺は元の位置に戻る。
いつもの距離。
(ここは当たる)
確認するように投げる。
刺さる。
中心に近い。
「……やっぱここだな」
荒い少年が言う。
「そうだな」
だが、それだけじゃ足りない。
「分ける」
「何をだ」
「距離」
短く答える。
「近い距離」
一歩前に出る。
「ここは確実に当てる」
「まあ、当たるな」
「中距離」
元の位置。
「ここは安定させる」
「ギリギリだな」
「遠距離」
さっき下がった位置。
「ここは当てに行く」
「無茶だろ」
「無茶でもやる」
距離ごとに、やることが違う。
それを分ける。
「全部同じでやろうとするからズレる」
「……なるほどな」
荒い少年が少しだけ納得した顔をする。
「じゃあ俺もやる」
中距離に立つ。
構えて、投げる。
外。
「くそ……」
「もう一回」
投げる。
少し寄る。
「……難しいな」
「だから分ける」
俺は近距離に立つ。
確実に当てる。
一投。
二投。
三投。
全部、まとまる。
「ここは落とさない」
「まあな」
次に中距離。
一投。
二投。
三投。
少しズレるが、まとまる。
「ここは揃える」
「ギリだな」
最後に遠距離。
一投。
外。
二投。
かすめる。
三投。
当たる。
「……一本かよ」
荒い少年が笑う。
「今はな」
「そのうち全部当てるってか」
「ああ」
言い切る。
「……やっぱ馬鹿だな」
だが、その顔は楽しそうだった。
「でも、嫌いじゃねえ」
そう言って、再び構える。
中距離。
投げる。
外す。
また投げる。
その繰り返し。
俺も続ける。
距離を変える。
投げる。
外す。
また投げる。
近距離。
中距離。
遠距離。
それぞれを分けて、繰り返す。
(これでいい)
距離に慣れる。
距離を知る。
それができれば、応用できる。
風が吹く。
枝が揺れる。
距離も変わる。
全部が重なる。
(……外と同じだな)
少しだけ、見えた気がした。
酒場ではなかったもの。
外で必要なもの。
それが、ここにある。
俺はもう一度、遠距離に立つ。
小さく見える枝。
その先を読む。
――投げる。
当たる。
浅いが、確実に。
「……いいな」
小さく呟く。
まだ足りない。
だが、確実に届き始めている。
距離という壁。
それは高い。
だが――
越えられないわけじゃない。
俺はダーツを握り直す。
次は、もう少し先へ。




