第十五話:三投の極意
風は、昨日よりも少しだけ強かった。
枝の揺れも大きい。
不規則で、読みづらい。
「くそ……!」
荒い少年のダーツが、枝をかすめて落ちる。
「全然安定しねえ!」
「当たり前だ」
俺は短く答える。
「同じ状況じゃない」
「分かってるよ……!」
だが、分かっていてもできるとは限らない。
それが問題だ。
俺は一本、ダーツを手に取る。
揺れる枝。
風。
距離。
全部が微妙にズレる。
(……それでも)
当てるしかない。
――投げる。
当たる。
だが、中心ではない。
「浅いな」
「それでも当たってんだろ」
荒い少年が言う。
「当てるだけじゃ足りない」
昨日、思ったこと。
それは変わらない。
「じゃあどうすんだよ」
「繰り返す」
それだけだ。
「同じところに」
「……は?」
荒い少年が眉をひそめる。
「同じって、動いてんだぞ」
「分かってる」
だからこそだ。
「動いてても、合わせる」
「無茶言うな」
「無茶でもやる」
短く言い切る。
ダーツを構える。
一投目。
当たる。
位置を、覚える。
二投目。
さっきの位置をなぞる。
――投げる。
少しズレる。
「……まだだな」
三投目。
呼吸を整える。
さっきのズレ。
風の強さ。
全部、頭に入れる。
(合わせる)
――投げる。
二本目に近い位置。
完全ではない。
だが、寄っている。
「……」
荒い少年が黙る。
「見てろ」
もう一度、最初から。
一投目。
二投目。
三投目。
少しずつ、ズレが減る。
「おい……」
声が漏れる。
さらに繰り返す。
投げる。
投げる。
投げる。
三本。
三本。
三本。
回数を重ねるごとに、まとまっていく。
完全に同じではない。
だが、明らかに“集まっている”。
「……なんだそれ」
荒い少年が呟く。
「同じとこ、狙ってんのか?」
「ああ」
「無理だろ」
「無理じゃない」
俺は短く言う。
「合わせるだけだ」
「簡単に言うなよ……」
だが、その目は離れない。
「やってみろ」
一本、渡す。
「三回な」
「……ちっ」
構える。
一投目。
外。
「くそ!」
二投目。
少し寄る。
三投目。
また外。
「全然まとまんねえ!」
「最初はそんなもんだ」
「お前がおかしいんだよ!」
否定はしない。
だが、できる。
それは分かっている。
(再現する)
一回の成功じゃ意味がない。
同じことを、何度もできるか。
それが重要だ。
「もう一回」
俺はダーツを構える。
一投目。
当てる。
二投目。
寄せる。
三投目。
重ねる。
三本が、ほぼ同じ場所に集まる。
「……」
沈黙。
荒い少年が、ゆっくりと息を吐く。
「……やべえな」
「まだだ」
「まだかよ」
「もっと揃う」
理想は、完全に同じ位置。
(そこまで行く)
「それ、なんて言うんだ」
荒い少年が聞く。
「……三投」
少しだけ考えてから、答える。
「三投を揃える」
「そのまんまじゃねえか」
「分かりやすいだろ」
「まあな」
荒い少年は笑う。
「でも、それできりゃ強えな」
「ああ」
単純だ。
だが、強い。
一回当てるより、三回当てる。
それを揃える。
それだけで、精度も、信頼も変わる。
「……やるか」
荒い少年が、再び構える。
今度は少しだけ丁寧だ。
一投目。
外。
「くそ……」
二投目。
少し寄る。
三投目。
またズレる。
「……難しいな」
「だからやるんだ」
「分かってるよ」
舌打ちしながらも、続ける。
投げる。
外す。
また投げる。
その繰り返し。
時間が過ぎる。
風が変わる。
枝の動きも変わる。
それでも、やることは同じだ。
合わせる。
揃える。
繰り返す。
俺はもう一度、ダーツを構える。
さっきの位置。
風の流れ。
全部、覚えている。
――投げる。
一投目。
二投目。
三投目。
三本が、ほぼ重なる。
「……いいな」
小さく呟く。
これが基準だ。
ここから先は、さらに上げる。
荒い少年が横で笑う。
「それ、名前つけろよ」
「名前?」
「技だろ、それ」
少しだけ考える。
三投。
揃える。
同じ場所に通す。
「……トリプルライン」
口に出す。
「三本の線を通す」
「……なんかそれっぽいな」
荒い少年が笑う。
「いいじゃねえか」
「まあな」
悪くない。
名前がつくだけで、少しだけ形になる。
俺はダーツを軽く回す。
(これで一つだ)
当てる。
乗せる。
揃える。
少しずつだが、積み上がっている。
一年。
やることは、まだ多い。
だが――
確実に、前には進んでいる。
俺はもう一度、ダーツを構える。
次の一投。
それも、同じ場所へ通すために。




