第十四話:魔力という選択
同じ場所。
同じ時間。
だが、昨日とは少しだけ違っていた。
「くそ、またズレた!」
荒い少年の声が響く。
揺れる枝に向かって投げたダーツは、かすめただけで落ちた。
「動くと全然当たんねえな」
「そうだな」
俺は短く答えながら、もう一本構える。
風が少しだけ吹く。
枝が揺れる。
その動きに合わせて――投げる。
刺さる。
だが、まだ浅い。
(安定しない)
止まっている的とは、別物だ。
タイミングも、距離も、全部がズレる。
「なあ」
荒い少年が言う。
「これ、いつまでやんだよ」
「一年」
「長えな」
「そうだな」
だが、それだけの時間は必要だ。
そう思っていた。
その時だった。
「無駄だな」
後ろから声がした。
振り返る。
見知らぬ男が立っていた。
ローブを羽織っている。
年齢は中年くらいか。
目が細く、どこか退屈そうにこちらを見ている。
「動く的を木で練習するのは悪くない」
ゆっくりと近づいてくる。
「だが、それだけじゃ足りない」
「……何がだ」
荒い少年が睨む。
男は軽く肩をすくめた。
「全部だ」
即答。
「反応も、速度も、読みも」
それから、俺の手元を見る。
「だが一番足りないのは、それじゃない」
「何だよ」
「魔力だ」
空気が少しだけ変わる。
「魔力?」
俺は聞き返す。
「そうだ」
男は指先を軽く上げる。
その瞬間――
小さな火が灯った。
「うおっ!?」
荒い少年が一歩下がる。
火はすぐに消える。
「これが魔力の一端だ」
男は淡々と言う。
「この世界で戦うなら、避けては通れない」
「……」
分かってはいた。
だが、こうして目の前で見せられると、話が変わる。
「ダーツに乗せることもできる」
男が続ける。
「乗せる?」
「力だ」
指で空をなぞる。
「飛ばす力。貫く力。制御する力」
それを、ダーツに重ねる。
「できるようになれば、当たるだけじゃ終わらない」
その言葉に、少しだけ引っかかる。
(当たるだけじゃ終わらない)
昨日、思ったことと同じだ。
「……教えられるのか」
俺は聞いた。
男は一瞬だけこちらを見て、笑った。
「できなくはない」
「条件は」
「簡単だ」
あっさりと言う。
「続けること」
「……それだけか」
「それが一番難しい」
確かに、そうだ。
「やるか?」
試すような目。
俺は迷わなかった。
「やる」
「俺もだ!」
荒い少年もすぐに言う。
男は少しだけ驚いたように目を細め、それから小さく笑った。
「いいだろう」
その場にしゃがみ、地面に指を当てる。
「まずは感じろ」
「感じる?」
「体の中にある」
「……分かるかよ」
荒い少年がぼやく。
「分からなくていい」
男は淡々と言う。
「意識しろ」
「意識……」
俺は目を閉じる。
体の中。
血の流れ。
呼吸。
その奥。
(……何かあるか)
すぐには分からない。
だが――
「焦るな」
男の声。
「最初はそんなものだ」
静かに言う。
「だが、ある」
「……」
もう一度、意識する。
さっきよりも、少しだけ深く。
呼吸を整える。
無駄な力を抜く。
その時――
(……微かに)
何か、引っかかる感覚。
熱とも、流れとも違う。
だが、確かにある。
「……今、何かあった」
思わず口に出る。
男がうなずく。
「それだ」
「これが……」
「魔力だ」
短く答える。
「それを動かせ」
「動かす……?」
「流す」
言葉だけでは分かりにくい。
だが、さっきの感覚は残っている。
(流す)
意識する。
指先へ。
腕へ。
ゆっくりと。
(……いけるか?)
完全ではない。
だが、少しだけ“動いた”気がした。
「……来たか?」
荒い少年が覗き込む。
「分からない」
正直に答える。
「だが、さっきよりはマシだ」
「そうかよ……」
荒い少年は頭を掻く。
「全然分かんねえ」
「個人差がある」
男が言う。
「焦るな」
それから、俺の手のダーツを見る。
「それに乗せてみろ」
「乗せる……」
もう一度、意識する。
さっきの感覚。
流れ。
それを、ダーツへ。
(……)
完全にはできない。
だが、わずかに“重さ”が変わった気がした。
「投げてみろ」
言われるままに構える。
揺れる枝。
いつも通り。
だが、少しだけ違う。
――投げる。
刺さる。
いつもより、深い。
「……おい」
荒い少年が目を見開く。
「今の……」
「……少し、違うな」
俺も分かる。
明らかに。
「それだ」
男が言う。
「ほんのわずかだが、乗っている」
「これが……」
「入り口だ」
短く言う。
「ここから先は、自分で伸ばせ」
それだけ言って、男は立ち上がる。
「待て」
思わず声をかける。
「名前は」
男は振り返らない。
「必要ない」
それだけ言って、去っていく。
「……なんだあいつ」
荒い少年が呟く。
「さあな」
だが、どうでもいい。
今はそれよりも――
(魔力)
手の中のダーツを見る。
さっきまでとは、少し違う。
「やること増えたな」
「だな」
荒い少年が笑う。
「でも、面白え」
その通りだ。
当てるだけじゃない。
その先がある。
俺はもう一度、ダーツを構える。
揺れる枝。
そこに、さっきの感覚を重ねる。
――投げる。
今度は、さらに深く刺さった。
「……いいな」
小さく呟く。
足りないものが、一つ見えた。
それなら――
埋めるだけだ。




