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鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
4章

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39/45

始まりの知らせ

4章が始まります!

どうぞお付き合いくださいm(._.)m

太陽と月の精霊がいました

2人はとっても仲良しです

ある日、太陽の精は言いました

「あの小夜鳴鳥の子どもになりたい」

月の精も言いました

「あの紫苑の花の子どもになりたい」

2人は小さな光となり

小夜鳴鳥のお腹にすっと入り込みました……


ーーーーーーー


春の名残がまだ街の隅々にやわらかく漂っている頃だった。朝の光はすでに少し強く、けれど風はやさしくて、窓を開けていると薄いレースのカーテンがふわりふわりと揺れた

森景家の朝は、以前よりもずっとにぎやかになっている


「浅葱、牛乳こぼしちゃダメだよ」

「こぼしてないもん」

「今こぼしかけてたよ」

「これは、まだ、こぼしてない!」


むうっと頬を膨らませた浅葱に、紫苑は苦笑した

食卓の向かいで、エレオノールが上品に紅茶を口に含みながら、くすくすと笑う


「その理屈ですと、川に落ちかけている人へ“まだ落ちていません”と言っているようなものですわ」

「えっ、それはだめだ」

「だろう?」

「じゃあ、ちゃんと持つ……」


両手でコップをぎゅっと抱え込む浅葱を見て、今度は紫苑もエレオノールも笑った


1年前。この家に浅葱が来たばかりの頃、食卓にはもっと静かな空気が流れていた

お互いにどこか遠慮があって、相手の顔色をうかがって、笑うにも少し勇気が必要だった

けれど今は違う

浅葱はすっかりこの家の子どもらしくなり、紫苑には遠慮なく甘え、エレオノールには素直に懐いている

紫苑もまた、彼の小さなわがままや失敗にいちいち振り回されながら、そういう日々をどこか楽しむようになっていた

エレオノールは元々愛情深い性格だったが、浅葱が来てからはその優しさにますます温度が増したように見える


「紫苑さん」

「うん?」

「今日、ぼく、学校で絵をかくんだよ」

「へぇ、何を描くの?」

「かぞくの絵」

「……そう」


紫苑が一瞬だけ言葉を詰まらせる

浅葱は無邪気な顔でパンをもぐもぐさせながら言った


「この前さ、先生が“おうちの人を描きましょう”って言ってたの」

「うん」

「ぼくね、ちゃんと3人描くんだ」

「3人……?」

「うん。紫苑さんと、エレオノールさんと、ぼく!」


その言葉に、エレオノールのまつ毛がふるりと震えた

彼女はすぐに微笑んだが、その笑みはいつもより少しだけやわらかかった


「まあ。わたくし、光栄ですわ」

「えへへ」

「エレオノールは可愛く描いてね」

「紫苑さんは、かっこよく描いてあげる」

「ありがとう」

「エレオノールさんは、きれいに描く」

「ありがとうございます、浅葱」

「ぼくは……」

「ぼくは?」

「……かっこよく描く!」

「自分もなんだ」

「だって将来有望だもん」


あまりにも真顔で言うので、紫苑は思わず噴き出した


「どこで覚えたの?そんな言葉」

「櫻井さん」

「櫻井さんか……」

「“浅葱は将来有望な顔だな”っていってた!」

「あの人、ほんと余計なこと教えるなぁ……」


笑い声が小さな部屋に満ちる

その穏やかさが、エレオノールは好きだった

誰かが誰かの言葉に笑うこと

朝から同じ食卓を囲むこと

学校の話を聞き、仕事の予定を話し、紅茶の香りと焼きたてのパンの匂いが混ざること

そんな、ごく普通の幸せ

昔の彼女なら、この“普通”の尊さがこんなにも胸に沁みるとは思わなかっただろう


「エレオノール?」

「……え?」

「どうしたの?ぼーっとしてる」

「……幸せだなと思っていただけですわ」

「朝から?」

「朝だから、ですわ」


紫苑は少しだけ目を細める

エレオノールの言葉は時々、あまりにまっすぐで、胸の深いところへ落ちてくる


「そう」

「ええ」


浅葱はそんな2人をきょろきょろ見比べて、それから嬉しそうに笑った


「じゃあ今日も、いい日だね」

「そうだね」

「ええ」


その時は、まだ誰も知らなかった

この日が、彼らの家族にとって新しい始まりの日になることを


ーーーーーーー


昼過ぎ

紫苑はバーへ出る前に、エレオノールと一緒に買い物へ出かけていた

浅葱は学校で、帰りは近所の子どもたちと一緒に帰ってくる予定だ


「エレオノール、少し顔色が悪いよ」

「そうでしょうか?」

「朝も、あんまり食べてなかったでしょ?」

「……少し、食欲がなくて……」

「体調悪いなら無理しないで」

「熱はありませんわ。ただ、何だかふわふわするだけで……」

「それを体調悪いって言うんだよ」


紫苑は眉を寄せる

エレオノールは「ごめんなさい」と笑ったものの、その笑みは少し弱い

スーパーへ着いても、いつもの彼女なら目を輝かせる新作のお菓子にもあまり反応を示さない

鮮やかな果物の並ぶコーナーで立ち止まりはしたが、ふと顔をしかめて口元を押さえた


「エレオノール?」

「……っ」

「大丈夫?」

「だい、じょうぶ……ですわ」


言い終わるか終わらないかのうちに、エレオノールは紫苑の腕を掴んだ

その指先が少し冷たい


「座れるとこに行こう」


紫苑はすぐに近くの休憩スペースへ彼女を連れていく

エレオノールはベンチに腰かけると、胸元に手を当てて浅く息を吐いた


「ごめんなさい……せっかく来たのに」

「それはどうでもいいよ。ほんとに大丈夫?」

「少し、気分が悪くなっただけですわ」

「それが心配だって言ってるの」


いつもならもう少し軽口も交えるところだが、紫苑の声音は本気で焦っていた

エレオノールはそれに気づいて、申し訳なさそうに目を伏せる


「……そんなに心配なさらないで」

「するに決まってるでしょ」

「でも」

「エレオノール」


紫苑は彼女の前にしゃがみ込んだ


「エレオノールが具合悪そうにしてるの、俺、平気じゃいられないよ」

「……」

「我慢しなくていいから、ちゃんと言って欲しい」


その言葉に、エレオノールはほんの少しだけ唇を噛んだ

そして、困ったように微笑む


「では、正直に申し上げますわ」

「ああ」

「少し前から、朝になると気分が悪くて……」

「少し前から?」

「ええ……ここ数日ほど」

「何で言わなかったの」

「大したことではないと思っていたからですわ」

「エレオノールの“大したことない”は、大したことだよ」


その言い方に、エレオノールはくすりと笑った

だがすぐにまた真面目な顔になる


「病気、でしょうか」

「わからないけど、とにかく病院行こう」

「今から?」

「今から」


即答だった

エレオノールは目をぱちぱちさせたあと、ふっと頬を緩める


「あなた、本当に過保護ですのね」

「知ってるよ」

「自覚がおあり?」

「エレオノール相手にはね」


そう言われると、もう何も言い返せない

エレオノールは静かに頷き、紫苑の差し出した手にそっと自分の手を重ねた


ーーーーーーー


診察室の前

エレオノールが中へ呼ばれてから、紫苑は落ち着きなく廊下をうろうろしていた

「座っても良いんですよ」と看護師にやんわり言われても、どうにもじっとしていられない

壁の時計の秒針ばかりがやたらと大きく聞こえる


「……何でもなければいいけど」


声に出した途端、胸の奥がざわつく

何でもないとは限らない

ーーもし重い病気だったら?

ーーもしエレオノールの身体に何かあったら?

そんな考えが頭をよぎるたびに、紫苑は唇を噛んだ

ようやく名前を呼ばれた時には、心臓が痛いほど早く打っていた

診察室の中で、エレオノールはどこか不思議そうな顔をしていた

医師はカルテを見ながら、穏やかな口調で言う


「おめでとうございます」

「……え?」

「妊娠されています」


一瞬、空気が止まったように思えた


「にん、しん……?」

「はい。まだ初期ですから、くれぐれもご無理はなさらず」


エレオノールは目を見開いたまま、まるで言葉の意味がすぐには理解できないように瞬きを繰り返す

その隣で、紫苑は医師の言葉を反芻していた

ーー妊娠

ーー赤ちゃん

ーー子ども


「……俺たちの?」

「もちろんです」


医師は少しだけ笑った

それがあまりにも現実的な反応で、逆に紫苑はくらくらした


「……ほんとに?」

「ええ。おめでたいことですよ」


紫苑はエレオノールを見る

エレオノールもまた紫苑を見ていた

二人とも、どこか夢の中にいるような顔だった


「エレオノール」

「……はい」

「俺たち……」

「ええ……」

「子ども、できたんだね」

「そう、みたいですわ……」


次の瞬間、エレオノールの瞳がじわりと潤んだ


「まあ……」

「え、え?」

「だって……」

「な、泣かないで」

「だって、嬉しくて……」


ぽろりと零れた涙を見て、紫苑は完全にうろたえた


「ご、ごめん、なんでか俺まで泣きそうなんだけど」

「ふふ……変ですわね」

「いや、エレオノールが泣くから……」

「紫苑がそんなお顔をなさるからですわ」

「ど、どんな顔?」


言いながら、紫苑の目元も少し熱くなる

ーー嬉しい

ーー信じられない

ーー怖い

ーーでも嬉しい

感情がいくつもいっぺんに押し寄せてきて、言葉に整理できない


診察室を出たあともしばらく、2人は病院のロビーでぼんやり座っていた

窓の外は明るく晴れている

エレオノールがそっと自分のお腹に触れる

まだ何も変わっていないはずなのに、その仕草だけで、紫苑の胸がいっぱいになった


「……ここに?」

「たぶん」

「まだ、全然わからないね」

「ええ。でも、いますのね」

「……いるんだね」


二人は顔を見合わせる

それから、ほとんど同時に笑ってしまった


「なんか、変な感じだ」

「とても」

「夢みたい」

「夢みたいですわ」


そしてエレオノールは、小さな声で言った


「紫苑」

「うん?」

「嬉しいです」

「……うん」

「とっても」

「……そうだね」


紫苑はそっと彼女の肩を抱いた

壊れものを扱うみたいに、けれど確かめるように


「帰ろう」

「ええ」

「浅葱にも話さないとね」

「きっと驚きますわね」

「そうだね」


そう言いながら立ち上がる

だが、歩き出したその瞬間

紫苑の胸の奥に、ほんの小さな影が差した


――俺が、父親に?


その感情にはまだ名前をつけなかった

つけたら最後、輪郭を持ってしまう気がしたからだ


ーーーーーーー


夕方、浅葱が学校から帰ってくる頃には、紫苑もエレオノールも少し落ち着きを取り戻していた

とはいえ、完全に普段通りには戻れていない

浅葱が玄関を開けるなり、元気よく声を上げる


「ただいま!」

「おかえり」

「おかえりなさいませ、浅葱」

「今日ね、図工でね、ぼくの絵、先生にほめられた!」


ランドセルも下ろさずに喋る浅葱に、紫苑は「まず座って」と苦笑する

エレオノールは彼の髪を撫でながら、やさしく促した


「手を洗って来てくださいな。そのあと、ゆっくり聞かせてくださいませ」

「はーい!」


ぱたぱたと洗面所へ走っていく足音が、妙に愛おしい

紫苑とエレオノールは顔を見合わせ、どちらから言い出すかと少し迷う

やがて、手を洗って戻ってきた浅葱が椅子に座るなり、不思議そうに首を傾げた


「どうしたの?」

「え?」

「なんか、2人ともへんな顔」

「どんな顔?」

「うれしいの、がまんしてる顔」

「……鋭いね、浅葱」

「えへん」


得意げに胸を張る浅葱に、エレオノールが微笑んだ。


「では、浅葱。大事なお話がありますの」

「だいじなお話?」


浅葱はきょとんと目を丸くする

紫苑は1度だけ息を吸って、それからなるべくやわらかく言った


「エレオノールのね」

「うん」

「お腹に、赤ちゃんがいるんだって」


数秒、浅葱は瞬きをした

言葉の意味を理解するまで少し時間がかかったらしい


「……あかちゃん?」

「ああ」

「……ほんものの?」

「本物だよ」

「じゃあ……」

「うん」

「ぼく、おにいちゃんになるの?」

「そうですわ」


その瞬間、浅葱の顔がぱあっと明るくなった


「わああっ!」

「おっと」

「すごい!すごい!ほんとに!?」

「ほんとだよ」

「やったあ!」


椅子から飛び上がった浅葱は、そのままエレオノールの前まで駆け寄ってくる

けれど途中ではっとして、ぴたりと止まった


「……さわっても、だいじょうぶ?」

「ええ、もちろん」


そう言われて、浅葱はそっと、恐る恐るエレオノールのお腹に手を当てた

まだ何かを感じることはできない

それでも彼は目を輝かせて言った


「ここにいるの?」

「ええ」

「ちっちゃい?」

「たぶん、とても」

「へええ……」


神秘を見るような顔だった

紫苑はその様子を見て、思わず笑みをこぼす


「浅葱は、良いお兄ちゃんになりそうだね」

「できるよ!」

「自信満々だなぁ」

「ぼく、いっぱいあそんであげる」

「それはもう少し大きくなってからですわね」

「じゃあ、ほんをよんであげる!」

「ふふ」

「あとね、なでなでしてあげる」

「優しいお兄ちゃんだね」

「でしょ?」


浅葱は誇らしげに胸を張った

それから少し考えて、真面目な顔になる


「ねえ、赤ちゃんって、いつうまれるの?」

「まだ先だよ」

「明日じゃない?」

「明日ではありませんわ」

「来週?」

「もっと先」

「えー……」

「気が早いなぁ……」


3人は笑う

その笑い声は、たしかに幸福そのものだった

夕食も、その日は少しだけ豪華になった

紫苑が帰り道に買ってきたケーキを切り分け、エレオノールは「祝い事ですもの」と微笑む

浅葱は「じゃあ、赤ちゃんが来るお祝い?」と何度も確認して、そのたびに嬉しそうに頷いた


「名前どうする?」

「まだ早いよ」

「だって、いるんでしょ?」

「いますけれど」

「じゃあ名前いるじゃん」

「それはそうだな」


エレオノールは少し考えて、ふわりと微笑んだ


「まだ慌てなくてもよろしいですわ。顔を見てからでも」

「そっか」

「でも、考えるのは楽しいかもな」

「うん!」


浅葱はすぐに何やら候補を挙げ始めた

勇者みたいな名前がいいとか、強そうなのがいいとか、かわいい名前もいいとか

その無邪気さに、紫苑もエレオノールも何度も笑わされた


ーーけれど

ふとした瞬間、浅葱は2人を見た

紫苑とエレオノールが、赤ちゃんの話をしながら、やわらかく微笑み合っている

その光景はとてもきれいで、あたたかかった

だからこそ、胸の奥で小さな影が揺れた


――本当の家族が、増えるんだ


浅葱はその感情を、まだうまく言葉にできない

ただ、なぜか少しだけ心がざわざわした

嬉しいのに

とても嬉しいはずなのに


「浅葱?」

「えっ」

「どうしたの? ぼーっとして」

「……なんでもない!」


慌てて笑う

紫苑はそれ以上追及しなかったが、浅葱は自分の胸をそっと押さえた


一方で、紫苑もまた、エレオノールが席を外している間に、ふとグラスを持つ手を止めていた

赤ちゃんが生まれる

自分は父親になる

その事実が、じわじわと現実味を持ち始める

嬉しい

守りたい

幸せにしたい

けれど同時に、心の奥底から別の声が響いてくる


――お前に、父親なんてできるのか


その声は、過去から聞こえてくるようでもあった

見ず知らずの己の父親

浅葱色の目を嫌った男

その記憶はもう遠いはずなのに、こんな時だけ妙に鮮明になる


「紫苑?」


エレオノールの声に、紫苑ははっと顔を上げた


「どうかなさいました?」

「いや……なんでもないよ」

「本当に?」

「本当」


嘘ではない

まだ、名前のついていない不安だから

今ここで言葉にしてしまうには、少しだけ怖かった


エレオノールもまた、自分のお腹にそっと手を当てながら、同じように胸の奥のざわめきを感じていた

子どもができた

自分は母になる

でも、母親とは、どんなものだっただろう

自分の母の顔が、どうしてもはっきり浮かばない

声も、手のぬくもりも、記憶の向こうで霧のようにぼやけている

嬉しい

けれど、嬉しいだけでは終われない何かが、確かにあった

それでもこの夜は、まだ幸福が勝っていた


食後、浅葱は「赤ちゃんにも見せるんだ」と言って、学校で描いた家族の絵を持ってきた。

そこには、少し不格好だけれど笑っている3人が描かれていた


「ふふ、上手だね」

「へへ」

「本当に素敵ですわ」

「でしょ?あ、でもね」


浅葱は少し考えてから、空いている隅を指差した


「ここに、あとで赤ちゃん描くの」

「……そっか」

「うん。だって、これから4人になるもん」


その言葉に、紫苑は胸の奥がじんとした

エレオノールもまた、やわらかく目を細める

4人になる

やがて、そうなる

そしてその先に、どんな毎日が待っているのかは、まだ誰にもわからない

けれど今夜だけは、確かだった

3人とも、この新しい命を心から喜んでいた

布団に入る前、浅葱は少しだけ眠そうな目で言った


「ねえ、紫苑さん」

「どうしたの?」

「赤ちゃんうまれたら、ぼく、ちゃんとおにいちゃんするね」

「うん」

「がんばる」

「……無理して頑張らなくてもいいよ」

「でも、がんばりたい」

「そっか」

「うん」


紫苑は浅葱の頭を撫でた

その小さな頭のぬくもりを感じながら、胸の奥で何かが静かに揺れる

守りたいものが増えていく

それは幸福で、同時に怖いことでもある

隣の部屋では、エレオノールがランプの明かりの下で、静かに窓の外を見ていた

紫苑が部屋へ入ると、彼女は振り返って微笑む


「浅葱、眠りました?」

「うん、ぐっすり」

「今日は、よく笑っていましたわね」

「エレオノールもね」

「ええ」


しばらく、2人は並んで立つ

窓の外には、静かな夜

星がいくつか、控えめに瞬いていた


「紫苑」

「どうしたの?」

「わたくし、幸せですわ」

「……うん」

「少し、怖いくらいに」


その言葉に、紫苑は驚いたように彼女を見る

エレオノールは自分でも不思議そうに笑った


「幸せすぎると、失うのが怖くなりますのね」

「……そうだな」

「でも、やっぱり嬉しいです」

「俺も」


紫苑は彼女の肩を抱き寄せる

エレオノールはそっと寄り添い、目を閉じた

まだ知らない

この幸福の下で、3人それぞれの胸に小さな不安が芽吹いていることを

父親になれるのかと怯える紫苑

母親になれるのかと戸惑うエレオノール

そして、自分の居場所が変わってしまうのではないかと、まだ名もないざわめきを抱き始めた浅葱


それでも、始まりは祝福されるべきものだ


新しい命は、たしかにこの家へやって来た

太陽と月の小さな光は、静かに彼らのもとへ降りてきていたのである

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