【創造】舐めてかかってきた赤のエリート、新入りのデタラメな魔法を前に絶句する件
極彩色特務隊施設内、地下に設けられた広大な修練場。
各国のトップ層同士が手合わせできるよう、壁や床には特殊な魔法障壁が幾重にも施されている。
そのだだっ広い空間の中央で、ヴァンとガルドは数十メートルの距離を開けて対峙していた。
「……オラ、さっさと武器を出せや。円卓でイスを創ったみたいに、武器を創らなくていいのか? それとも丸腰で死ぬ気かよ」
ガルドは両腕にゆらゆらと超高温の熱波を纏わせ、獰猛な笑みを浮かべている。
闘技場内に熱気が渦巻き、立っているだけでも肌がジリジリと焼けるようだった。
一方のヴァンは、ポケットに手を突っ込んだまま、大きなあくびを一つ噛み殺した。
ノワとブランはすでに彼から離れ、観覧席にいるヒルデガルドの足元にいる。ノワはひどく眠そうにあくびをし、ブランは『ヴァンがんばれー!』と尻尾を振って応援していた。
「いや、武器無しだと何もできないって後から言い訳されても面倒だし。素手でいいよ」
「……てめェ、どこまでも舐めやがって……ッ!」
ヴァンの火に油を注ぐような煽りに、ガルドの堪忍袋の緒はもはや完全に焼き切れていた。
安全な観覧席からその様子を見下ろしながら、セレスはゴクリと唾を飲み込む。
(本当に大丈夫なの……? 相手は赤の第三位階よ。あの路地裏の暴漢たちとは次元が違うのに……)
セレスの隣では、ルーチェが腕を組みながら興味深そうに身を乗り出している。赤の第一位階であるイグニスも、無表情のまま闘技場の中央を鋭い眼光でねめつけていた。
「——双方、準備はいいな」
修練場に備え付けられた拡声魔導具を通して、ヒルデガルドの凛とした声が響き渡る。
「これより、黒の第一位階ヴァンと、赤の第三位階ガルド・ミストの模擬戦を開始する。……始め!」
合図が下ったその瞬間。
ドゴォォォォンッ!!
ガルドの足元の床がクレーターのように爆散した。
爆発的な推進力を得て、ガルドの巨体が砲弾のような速度でヴァンへと襲いかかる。
「死ねェッ!!」
隕石の熱波を纏った凄まじい右ストレートが、ヴァンの顔面めがけて振り抜かれる。
だが。
「……ふぅん」
ヴァンはポケットに片手を突っ込んだまま、ほんのわずかに首を傾げるだけで、その必殺の拳を軽々と躱してみせた。
「なっ……!?」
「なるほどね。赤の王族の魔法『隕石』か。ただ火を出すんじゃなくて、超高熱と硬度を持った『《《質量》》』を拳に纏わせてるのか。近接戦闘に特化させた、いい使い方だ」
ヴァンはガルドの猛攻を紙一重でいなしながら、まるで観察でもするかのようにガルドの拳の熱量と動きを分析していく。
「ちょこまかと……ッ! 逃げてんじゃねェ!!」
ガルドが左フック、回し蹴り、怒涛の連続攻撃を繰り出すが、ヴァンは踊るような足捌きですべての攻撃を無効化していく。
一切のダメージを与えられず、ガルドの顔に焦りと驚愕の色が浮かび始めた。
「それじゃ、俺もちょっと試してみるか」
ヴァンが小さく呟いた瞬間、彼の右手から漆黒の粒子が立ち上った。
「……な、なんだと!?」
ガルドが目を剥いた。
ヴァンの右拳に、ガルドの『隕石』と全く同じ、いや、それ以上に濃密で禍々しい『黒い炎のような熱波』が形作られていく。
「お前ら赤の魔法って、要はこういう『《《イメージ》》』だろ?」
ヴァンの『創造』の魔法は、彼が頭の中で思い描いたものを無から有へと変える力。ガルドの魔法を間近で観察し、その特性を完全に理解したヴァンは、それを自身の黒い粒子で模倣・創造してみせたのだ。
「ふざけ、るなァァァッ!!」
激昂したガルドが、渾身の力を込めた一撃を放つ。
ヴァンもまた、黒い熱波を纏った右拳をまっすぐに突き出した。
ドゴォォォォォォォォンッッ!!!
赤と黒の熱波が衝突し、修練場全体を揺る滑るほどの爆発的な衝撃波が吹き荒れた。
結界が激しく軋み、観覧席のセレスたちは思わず顔を覆う。
土煙が晴れた後、そこに立っていたのは——。
ポケットに左手を突っ込んだまま、涼しい顔をしているヴァンと。
その足元で、完全に意識を失い、白目を剥いて倒れ伏しているガルドの姿だった。
「……あれ、おかしいな」
土煙が完全に晴れた修練場の中央。ヴァンは白目を剥いて倒れているガルドを見下ろしながら、ポリポリと頬を掻いた。
「威力だけ相殺して、服だけ消し飛ばすつもりだったんだけど。やっぱ他人の魔法を真似るのって加減が難しいな」
悪気など一切なく、本気で不思議そうにこぼしたそのボヤきが、静まり返った空間によく響いた。
その光景を見て、観覧席にいた黒の第二位階、ゾーイがやれやれと肩をすくめる。
「相変わらず馬鹿げた魔法ね。見ただけで他人の魔法をコピーするなんて、理不尽極まりないわ」
「まったくだ。あいつの『創造』は、規格外すぎて参考にもならん」
第三位階のクロウや第四位階のギルも、呆れたように息を吐いていた。
身内である彼らにとっては見慣れた光景なのだろう。
だが——一方の赤、青、黄、白のトップ層たちは、言葉を失い戦慄していた。
(……魔法の異常さもさることながら、なんだあの体術のレベルは。ガルドの猛攻を、ポケットから手も出さずに全て躱しきったぞ)
(それに、あの打ち合いの瞬間に放たれた『粒子の量』……間違いなく、異次元だ)
各国の実力者たちは一様に冷や汗を流し、目の前の飄々とした青年の底知れなさを肌で感じ取っていた。
安全な観覧席から身を乗り出していたセレスも、信じられないものを見るように目を丸くしている。
路地裏で助けられた時も常識外れだとは思ったが、極彩色特務隊に選ばれるほどの実力者であるガルドすらも、手足のようにあしらって一撃で沈めてしまったのだ。
『ふぁ〜あ。だからやめときゃよかったのに』
ノワが退屈そうに大きなあくびをして、倒れたガルドを哀れむ。
『すごーい! さすがヴァン、かっこいい!』
ブランはちぎれんばかりに尻尾を振って、主人の勝利を無邪気に喜んでいた。
その足元で、極彩筆頭であるヒルデガルドは、闘技場を見下ろしながら静かに口元に笑みを浮かべていた。
(……当たり前だが、私が初めて会ったあの頃よりも、さらに洗練されているな)
かつて出会った時点で、すでに常識外れだった少年。それが10年の時を経て、どれほどの化け物に成長したのか。
その片鱗を目の当たりにし、ヒルデガルドは微かな驚きを覚えつつも、「さすがだな」とどこか誇らしげに笑った。
「そこまで」
ヒルデガルドの凛とした声が響き渡り、模擬戦の終了が宣言された。
「医療班、ガルドの手当てを頼む」
「は、はいっ!」
ヒルデガルドの指示を聞いたヴァンは、「ほいよ」と足元の黒い粒子から『巨大な黒い手』を創造すると、倒れたガルドの巨体をヒョイッと軽々と持ち上げた。
そして、手当てを命じられた医療班の元へと、ぽいっと放り投げるようにしてガルドの体を飛ばした。
「きゃっ!?」
慌てて受け止める隊員たちをよそに、ヴァンはそのまま観覧席へと歩み寄る。
彼が向かったのは、鋭い眼光を向ける赤の第一位階、イグニス・ミストの元だった。
「……何の用だ」
イグニスが低い声で問う。
ヴァンは頭を掻きながら、ニッと笑った。
「いや、アンタのところの第三位階、さすがに頑丈だなと思ってさ。あの直撃を食らって生きてるなんて、大したもんだよ。褒めといてくれ」
「……」
イグニスは微かに目を細めた。
ヴァンはさらに、少しだけバツが悪そうに視線を逸らして続ける。
「あと、その……赤の魔法を馬鹿にしたつもりはなかったんだ。言い過ぎた。悪かったな」
飄々とした態度は相変わらずだったが、そこには確かに、実力者に対する敬意と最低限の謝罪が含まれていた。
「……伝えておく」
イグニスは短くそれだけを残し、踵を返してヴァンの前から去っていった。
そのまま真っ直ぐに、観覧席にいるヒルデガルドの傍へと歩み寄る。そして、周囲に聞こえないような低い声で一言だけ告げた。
「……奴は強すぎる」
「ふふ、頼もしいだろう?」
余裕の笑みを浮かべるヒルデガルドに対し、イグニスは立ち止まることなく、通り過ぎざまにポツリと呟いた。
「——味方のうちはな」
その言葉に、ヒルデガルドは微かに眉をひそめた。
(……確かに。味方としてはこれ以上なく頼もしい限りだが……)
もし仮に、あのデタラメな力と『敵対』したとしたら。
極彩筆頭である彼女の心中にすら、ふと拭い去れない不安の影がよぎった。
ヒルデガルドは小さくかぶりを振り、思考を切り替えるように声を張り上げた。
「さて! 模擬戦も無事に終了したことだし、今日はこれにて解散とする!」
各国の実力者たちが三々五々に散っていく中、ヒルデガルドはヴァンとセレスを振り返り、気さくな笑みを向けた。
「ヴァン、それにセレス。二人とも腹は減っているか? これから飯でも食いに行こうじゃないか」
首都プリズム・コアの中心街。
洗練された石畳の大通りを、ヒルデガルドの案内で三人は連れ立って歩いていた。足元ではノワとブランも楽しそうについてきている。
セレスは、隣を気怠げに歩くヴァンの横顔をどうしてもちらちらと盗み見てしまっていた。
「……なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」
「い、いえ……ただ、やっぱり信じられないなって思って」
セレスは誤魔化すように視線を前に戻しながら口を開いた。
「あなたの『創造』の魔法……さっきの模擬戦で、ガルドさんの魔法を完璧に真似していたじゃない。あれって、本当に見ただけで構造を理解して創り出しているの?」
「完璧に真似たわけじゃないって。それに構造? だから難しく考えすぎだっての」
ヴァンは両手を後頭部で組みながら、あくび混じりに答えた。
「オッサンの魔法をよく見て、『熱くて硬い塊を拳に纏う』ってイメージしただけだ。あとは自分の粒子をそういうイメージで固めりゃいいだけじゃん」
「……やっぱり、理屈になってないわね」
セレスは深い溜め息をついた。結果だけをイメージして形にするなど、通常の魔法使いからすれば狂気の沙汰だ。しかし、それを平然とやってのける規格外の才能が彼にはあるのだ。
「はははっ、相変わらずヴァンの魔法論は独特だな。常人には到底真似できないアプローチだ」
前を歩いていたヒルデガルドが、振り返って楽しそうに笑う。
「だがセレス。魔法を扱う上で、イメージというものは非常に重要だぞ」
やがて一行は、大通りから少し入った場所にある、落ち着いた雰囲気の高級レストランへと到着した。
貸し切られた個室で、テーブルいっぱいに並べられた豪華な料理を囲む。ヴァンと使い魔たちは遠慮というものを一切知らず、ものすごい勢いで料理を平らげていた。
「ふふ、よく食べるな。遠慮せずいくらでも頼むといい」
ワイングラスを傾けながら微笑むヒルデガルドに、セレスはずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「あの、ヒルデガルド様……お二人は、どこで知り合ったんですか?」
「ん? ああ、そういえば話していなかったな」
ヒルデガルドは懐かしむように目を細めた。
「今から10年ほど前になる。私が任務で、黒の国との国境付近……シャドウ・エッジを訪れた時のことだ」
「10年前……そんな昔からですか?」
「ああ。当時、国境付近で質の悪い盗賊団が暴れていてね。私が制圧に向かったのだが……現場に到着した時、盗賊たちはすでに全員、地に伏していた」
ヒルデガルドの視線が、料理にかぶりついているヴァンに向けられる。
「たった一人の、黒髪の少年の手によってな」
「一人で……!?」
「驚くのはそこからだ。その少年——ヴァンは、私の姿を見るなり『強そうだな、手合わせしろ』といきなり殴りかかってきたんだよ」
「ええっ!? ヒルデガルド様に向かって、いきなり喧嘩を売ったの!?」
セレスがギョッとして声を上げるが、ヴァンは口の周りを拭いながらケロッとした顔で返す。
「しゃーないだろ。ガキの頃はとにかく強い奴と戦ってみたかったんだよ。……まあ、ボコボコにされたけどな」
「お前があれだけデタラメな魔法を連発してくるものだから、こちらも思わず本気を出してしまってね。私も本気を出さねば、やられていたかもしれない」
ヒルデガルドは困ったように笑うが、セレスは戦慄した。いくら昔のこととはいえ、まだ少年だった頃のヴァンに対し、極彩筆頭もまた本気で応戦せざるを得なかったというのだ。
「でも、あの時の戦いが一番面白かったぜ」
ヴァンが不敵に笑うと、ヒルデガルドもまた嬉しそうに微笑み返した。
「私もだ。だからこそ、お前がこうして極彩色特務隊へ来てくれたことを心から歓迎しているよ」
そう言ってワイングラスを置くと、ヒルデガルドはふと真面目な顔でセレスに向き直った。
「セレス。先ほど私が、魔法を扱う上でイメージが重要だと言ったのを覚えているか?」
「あ……はい。もちろんです」
「実はな、あれは当時、私が彼から教わったことなんだ」
「えっ、ヴァンからですか?」
セレスが驚いて横目でヴァンを見ると、彼は「そうだっけ?」と首を傾げながら食後のデザートに手を出していた。
ヒルデガルドは小さく笑って頷く。
「ああ。当時の私は、自身の魔法の扱いに限界を感じてひどく伸び悩んでいてね。理屈や構造ばかりにとらわれ、完全に壁にぶつかっていた。だが、少年の彼と拳を交え、そのデタラメで直感的な『《《イメージ》》』の話を聞いて……自分がどれほど物事を難しく考えすぎていたのかに気付かされたんだよ」
極彩筆頭の威厳の裏にあった、知られざる苦悩と過去。
「彼に出会っていなければ、私は極彩筆頭にまで上り詰めることはできなかっただろうな。私にとって彼は、恩人でもあるというわけだ」
ヒルデガルドはそう言って、懐かしむような温かい目をヴァンへ向けた。
(この変態男が、ヒルデガルド様の恩人……?)
セレスは改めて、隣でマイペースに食事を続ける規格外の青年を見つめ直した。
和やかな空気が個室を包む。セレスもまた、この途方もない実力を持つ二人と共に過ごすこれからの日々に、不思議な高揚感と期待を抱き始めていた。
「あー、食った食った」
ヴァンが満足げにお腹をさすりながら大きく息を吐く。
それを見て、ヒルデガルドも嬉しそうに微笑み、「さて、そろそろ行こうか」と席を立った。
「この後は施設の案内をして、各自の部屋へ案内しよう。極彩色特務隊の施設には専用の寮が完備されていてな。基本的には自由だが、使いたい者はいつでも使えるようになっている」
「寮があるんですね。助かります」
セレスがほっと胸を撫で下ろす。グラン・ルーツでの拠点探しから始めなければならないと思っていたからだ。
「明日の朝は、一度修練場に集まってくれ。まずはこの街の案内をして、それから少しばかり訓練をしよう」
ヒルデガルドの言葉に、セレスは背筋を伸ばして力強く頷く。ヴァンは「へーい」と気の抜けた返事をして、ノワとブランを連れて立ち上がった。
こうして、セレスにとってあまりにも濃密で、常識が覆され続けた極彩色特務隊での一日目が幕を閉じたのだった。
最後まで読んでいただき感謝です!
▼今回の用語解説▼
【階級】
各国の実力者に与えられる強さの証明。国ごとに第一位階から第四位階まで存在し、極彩色特務隊に選ばれるのは上位三位階までとなります。
【グラン・ルーツ】
世界の中央に位置し、どの色の国にも属さない中立地帯の巨大都市。あらゆる色が交わる最大の街であり、極彩色特務隊の本拠地もここに置かれています。
少しでも楽しんでもらえたら、【☆】で評価を入れてもらえたり、ブクマしてもらえると最高にやる気が出ます。応援よろしくお願いします!
次回は明日の22時くらいに更新予定です。引き続きよろしくお願いしますー!




