第9話 神官と聖女の霊獣選び
「ねぇ、ピエラ。どうやったら愛され女子になれるのでしょうね?」
私はピエラの翼に聖油を塗り広げながら、ぼんやりと昨日のことを考えていました。
なんだか色々間違えたような気がします。
でも、どうすれば正解だったのか、まったくこれっぽっちも分かりません。
今日のお昼もどうしたらいいんだろうと悩んでいたら、アルは魔物の緊急討伐で聖騎士団を率いて出て行ってしまいました。どうやら南の境界門から現れた魔物が街へ近づいているようです。南の結界に綻びは見られませんし、そこまで大きな戦闘にはならないと思いますが、戦場では何が起こるか分かりません。皆さん無事に帰ってきてくれたらいいのですが……。
「クルルゥ?」
「大丈夫?」と慰められているみたいです。
「ありがとう、ピエラ」
「キュルルルル!」
「そうですね。聖騎士団は強いので、大丈夫ですよね」
「キュルン、クルルルル」
「ん? 昨日の話ですか? そうですよね。翼竜だって、雄竜は雌竜のために餌を持ってきますもんね。サラミを要求してもよかったですよね」
「クルッ?!」
あれ?違いましたか?
なんだかピエラに呆れられているような気がします。
「翼の乾燥、痛くありませんか?」
「クルルッ!」
「ふふ、早く免許をとって、一緒に飛びたいですねぇ」
そんな風にお世話しながらお話ししていると、柵の外から声がかかりました。
「おい、そこの娘。霊鹿はどこだ」
まあ、なんて偉そうな口ぶりなんでしょう。
振り返ると、真っ白な聖職衣を着た神官が立っていました。これは大神官のまとうものです。彼は苛立ちを隠しもせずに、眼鏡の奥からこちらを睨みつけていました。銀髪を後ろに撫でつけ、眉間に深い皺が刻まれた、いかにも神経質そうな人です。
その後ろでは緑のローブを着た聖女が、恐縮しきりに俯いていました。
攻撃的な姿勢にムッとしたのか、ピエラの赤銀の鱗から霊力が揺らめき立ちます。
普通ならこれだけで怯える人が多いのですが、その神官はちっ、と舌打ちをすると、「……翼竜風情が」と吐き捨てました。
……感じ悪い人ですねぇ。
「十五時に来ると通達したはずなのだが? 君たちは約束も守れないのか」
ああ、お約束があったんですね。
でも今は皆さん手が離せないのです。
「これだから聖騎士団のやつらは。神殿から霊獣運用の権利を全て奪っておいて……」
何をぶつぶつ言っているのでしょう。
でも確かに、昔は神殿にも霊獣の部署がありましたね。
「すみません、聖騎士団が緊急討伐に向かいましたので、準備のできた霊獣を追って移送しているんです」
「なるほど。理由は分かった。ならば君が案内したまえ。それから、目上の人間に謝る時は、申し訳ございません、だ」
「……申し訳ございません」
なんだか、聖女時代を思い出してしまいます。
神殿にはこういう人、多いんですよねぇ。縦割り社会ですからね。
「じゃあ、ピエラ、ちょっと待っててね」
「……ピエラ?」
神官が訝しむように、ピエラを見上げました。
ピエラは牙を剥いて睨みましたが、彼は、ふん、と鼻で笑いました。
「まさか、あの無教養極まりない名をもう一度聞くことになるとはな」
またディスられましたよ?!
まったく……どいつも、こいつもなんなんですか?!
ピエラ、可愛いじゃないですか!
「翼竜を私物化して使役霊獣としての教育を受けさせず、挙げ句の果てに無責任に死んだ女のペットだ。懐かないなら捨て置けばいいものを」
……私物化?!この子は魔物にお母さんを殺されて、最初から私にしか懐かなかったんですよ?!
「娘、早くしろ」
「フィオナです」
「君の名に興味はない」
「私はあります。あなたの名前はなんですか?」
私たちはしばらくの間、睨み合っていました。
聖女は顔を上げず、びくびくしながら嵐が過ぎ去るのを待っています。
そりゃあ、こんな上司がいたら、こうなりすよねぇ。エリンさんを見習うべきです!
「……ヴラニミルだ」
神官が冷ややかに告げました。
ん?なんだか聞き覚えが……。
……あっ!
私を目の敵にしていた、あのヴラニミルですか?! 普通なら聖女にしかできない結界構築を、いとも簡単にやってのける、天才神官です。
少しずつ記憶がよみがえってきました。
「……わかりました。案内します」
私はピエラの檻から出て、霊鹿の棟に向かいました。
「聖女様のお名前は?」
道中でそう聞くと、彼女はビクッと体を震わせました。ちらりとヴラニミルの顔をうかがい、それから小声で答えました。
「あ、あの、ソーニャ、です……」
「何歳ですか?」
「十八歳です……」
「まあ! じゃあ神殿で寂しいですねぇ」
「無駄口を叩くな」
ヴラニミルの命令に、ソーニャは「申し訳ございません」と身を縮めてしまいました。
無駄口?
親睦を深めようとしているだけですよ?
……この男、絶対友達いませんね。
今日の夕飯を賭けてもいいです。
霊鹿の棟に足を踏み入れると、しん、と静まり返っていました。いつもはその辺りを元気に跳ね回っているのに、大人の霊鹿は膝を折り、子鹿は怯えています。
彼の発する聖力は刃のようで、霊獣たちはそれをひしひしと感じるのでしょう。
「この鈍い聖女でも乗れるやつを見繕ってくれ」
……どうしてこう一言多いんでしょう。
攻撃は最大の防御と言いますので、ほんとは怖がりのチキン野郎ですね、きっと。
でもソーニャには罪はありませんし、気性の穏やかな霊鹿を選びましょう。
私は優しい雌鹿を檻から出し、ソーニャを背中に乗せました。
「とりあえず、前に進んでみてください」
そう促すと、ソーニャはそっと霊鹿の首に触れました。
その瞬間、鹿は嫌がって前足を持ち上げました。ソーニャが振り落とされて、地面に激突するすんでのところで、ヴラニミルが抱き止めました。
……あら、一応助けてはくれるんですね?
でもその後は、荷物を放り投げるように乱暴に押し返しました。
ソーニャはたたらを踏んで止まり、悲しそうに霊鹿を見つめます。
ヴラニミルは彼女をなぐさめるでもなく、アドバイスするでもなく、舌打ちをしました。
霊獣に乗れない聖女は、一人前とみなされません。神殿ではもっと小さな聖女でも霊鹿に乗れる場合が多いので、きっと針の筵に座るような思いでしょう。
……上司がこんなんですし。
どうにか助けてあげられないでしょうか……。
「うーん。聖力の質はバランス型のようですし、霊鹿でちょうどいいと思うんですけどねぇ」
むしろ、ヴラニミルは霊鹿なんて乗れません。
翼竜か雷竜……あの鋭い聖力に耐えられるのは、強い霊獣だけです。
ちらりと彼を見ると、ばちっと視線が合いました。探るような目でこちらを睨んでいます。
「……なんですか?」
「聖力の質? 君にそんなものが分かるのか?」
……はい。間違えました。
私の常識は世間の非常識。逆もまた然り。
ならば、誤魔化してみせましょう!
「……わかりませんよ? ええ、わかりませんとも。わかるはずないですよね?」
ゴリ押します。
眼鏡の奥で、銀の瞳がものすごく冷たく光りました。
「……クソ忌々しい。あのバカ大聖女を彷彿とさせやがる」
……今、なんと。
めっちゃ小声でしたけど、私の耳はちゃんと悪口を拾いましたよ?
私、そんなにあなたに嫌われるようなことしましたっけ……?




