第10話 帰ってきた団長
………………。
あ、思い出しました。
ヴラニミルが霊獣に乗れなくて困ってた時、一緒に雷竜に乗ったんです。確か、スピード出し過ぎて、涙ぐみながら怒られたんでした。
『君は、僕を殺す気か?!』
『まさか!雷竜は疾走しないと不機嫌になってしまうんだよ!』
『ならば周りに結界を張りたまえ!このバカ聖女!』
『バカとはなんだ!ヴラニミルのおたんこなす!』
思い出して吹き出すと、彼は私を焼き殺しそうな目で睨みました。
「……何がおかしい」
「いえ?! おかしくなんかないですよ?! 可愛いなぁって」
「……はぁ?!」
きっとソーニャに自分を重ねてるんですね。
霊鹿に乗ろうとして何百回も振り落とされて泣いてましたからねぇ。
そりゃあ、あんな刃みたいな聖力では嫌がられるに決まってます。
うん、まずはもっと詳しく、ソーニャの聖力の質を知るところからですね!
でも疑われずにどうやって探ればよいのでしょうか。
手を取れば分かるかもしれませんが、何か理由を考えなくては。
………………。
思いつきませんね?
でも、こういうのは、なせばなるもんです!
「ソーニャさん!」
「は、はいっ!」
私はきゅっと彼女の手を包み込みました。
「私、聖女様に憧れているんです。ソーニャさんは結界、治癒、浄化、儀式、管理、どこの部門に行きたいですか?」
「え? えっと……」
彼女はちらりとヴラニミルを見ました。
上司の顔色なんて窺わなくていいんですよ?
私はじりじりと位置をずらして、ヴラニミルの目から彼女を遮りました。
「で、できれば結界構築部門に行けたら……」
「まあ! それは花形部門ですね! ばーんと打ち上げて、きゅっ! ですね!」
「……そう……ですね?」
ソーニャさんの眉が困ったように下がります。
聖力の微細な動きを感じながら喋っているので、もはや何を言っているのか自分でもわかりません。
「ということは、戦いの最前線に飛んで、聖騎士に守られながら結界修復する機会もあるはずです! ラブロマンスの始まりですね?!」
「えっ?!」
ソーニャの頬が赤く染まります。
うーん、なんでしょう、この聖力の揺らぎは。
とーんとーん、と断続的な……。
はっ、いけない。
何か話さなくては。
「えーと、神殿の食堂では何が好きですか? エルダーフラワーのシロップ、あれは神殿がピカイチですよね!」
「は、はい。ビターオレンジのジャムを溶かして飲むと最高です」
「私、ムール貝の白ワイン蒸しも大好きで……」
「わかります。トマト入りも美味しいですよね。平牡蠣にレモンとビネガーとエシャロットをかけても最高です!」
あ、なんか分かりました。
この子の聖力は、寄せては返す波のようです。
海辺の育ちなのかもしれません。
「お前たち、何の話をしているんだ!」
苛立ちをあらわにして、ヴラニミルが私とソーニャの間に割り込んできました。
仲間外れが気に食わなかったのでしょうか。
私はついでに彼の手をきゅっと包みました。
「安心してください。私は神官様も尊敬していますので」
……あっ、痛い痛い痛い!
この人の聖力、普通にしててもトゲトゲです!
「ちなみにあなたは何が好きですか? サラミ? パプリカスープ? ムール貝?」
「……貝は嫌いだ」
ヴラニミルはむすっとした様子で吐き捨てました。
「あぁ、生牡蠣に当たって大変でしたからね……」
「…………」
「あ、一般論ですよ」
「君は……」
「さあ! ソーニャさん! 霊獣舎の威信をかけて、あなたにぴったりの霊獣を見つけてみせましょう!」
波のような聖力も個性です。
でも、多分霊鹿にはこそばゆいんです。とは言え、強い種族を制御できるほどの力はありませんし……。
「あっ! 思いつきました! 海亀です! 霊海亀なら、波型聖力と相性ぴったりです!」
思いついたら即、実行です!
海の霊獣舎は、巨大な乗降広場を挟んだ真反対に位置していますので、足が必要です。
私は三人乗ってもびくともしない、雄の巨大霊鹿に話しかけました。
「手綱は私が握りますけど、ナミナミさんとトゲトゲさんも同乗していいですか?」
霊鹿は「えー?」と渋い顔をしましたが、特製鹿せんべいを見せると「仕方ねぇなぁ」と姿勢を低くしてくれました。
その様子を見て、ヴラニミルがふと目を細めました。
さぁ!行きましょう!
◇◇◇
海の霊獣舎に着くと、ヴラニミルもソーニャもなんだかぐったりとしていました。
「……クソが」
なんだか舌打ちとともに下品な言葉を吐かれましたが、無視です。
大きな霊鹿は跳躍力がすごいんです。それは抑えろと言われても無理ですからね。
私は早速、霊海亀とソーニャを引き合わせました。彼女が甲羅にそっと触れると、霊海亀は「うん?」と首をもたげて、「乗る?」とばかりにまぶたを一度閉じました。
「……あの、霊海亀って水から出ても大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ!この子たち、海でも空でも泳ぎますからね」
ソーニャが背中の甲羅にちょこんと座り、聖力で合図を送ると、霊海亀の体がふわりと浮きました。そのまま広場へ誘導すると、気持ちよさそうに空を漂います。
「やりましたー!!」
ソーニャが満面の笑みでこちらに手を振っています。
私は手を振りかえしましたが、ヴラニミルは渋い顔で腕組みをしたまま、空を見上げています。
「あなたも霊鹿に乗る練習してみます?」
「……どうして私が」
「だって、霊鹿のこと好きでしょう、あなた。可愛くて可愛くて仕方ないのに、乗れないから悲しいんでしょう」
でないと何百回も挑戦して泣いたりしません。
「…………」
「最近知ったんですけど、沈黙は肯定なんですよ!」
えへんと胸を張ると、苦笑されました。
「……バカだな」
まあ!相変わらず失礼ですね。
でも、ほんの少し表情が和らいだ気がします。
コミュ障をこじらせただけで、根はいい人なのかもしれませんね。
私は手を差し出しました。
「私の指導は厳しいですからね。あ、金欠なので月謝くれてもいいですよ」
「……調子に乗るな」
そんな憎まれ口を叩きながらも、彼は私の手を握り返しました。
ものすごく強く。
「痛っ! あなた、そんなんだからトゲトゲの聖力になるんですよ!」
私は負けじと強く握り返しました。
「なるほど。だから君はバカ丸出しのぽわぽわした聖力なのか」
「バカって言う方がバカなんです!」
その時、さっと影が差し、頭上でばさりと大きな羽ばたきが聞こえました。
──黒い、翼竜。
あれ? この子、見覚えがあります。
背中にはアルが乗っていました。
私は左手を振りました。
「おかえりなさい!」
昨日のことは、とりあえず横に置いておきます。こういう時は、無事の帰還を喜ぶべきですからね。団長が帰れたということは、後は部下に任せて大丈夫ということでしょうし。
黒翼竜が着地する風で、土が舞い上がります。
ヴラニミルがさっと結界を張って、それを遮りました。
「さすが天才ですね!」
「……黙れ、バカ娘」
褒めたのに?!
「あ、もしかして照れました?」
「…………」
アルがさっと黒翼竜から降り立ち、ちらりとこちらに視線を送りました。
「久しぶりだな、ヴラニミル」
「……まぁ、用もないしな」
なんだか、仲悪いですか?
昔はそんなこともなかった気がするのですが。
とはいえ、仲が良かった記憶もありませんが。
「翼竜を霊獣舎へ回しておいてくれ」
アルは私に手綱を渡しました。黒翼竜は私の目を見て少し首を傾げると、高く響き渡る声を上げました。
……あっ! この子、あの時の黒翼竜ではありませんか!
前線へ飛んだ時は、まだ若くてやんちゃでしたけど、今では団長を乗せて飛ぶまでになったんですね。
「貫禄がつきましたねぇ」
黒翼竜を撫でると、嬉しそうに頬を擦り寄せてきました。ふと見ると、アルも目を細めてこちらを見ていました。けれど私と目が合うと、くるりと踵を返してしまいました。
その時、彼の行く先を遮るように、ソーニャを乗せた霊海亀がふわりと降り立ちました。
「も、申し訳ございません! まだ操縦になれておらず……!」
慌てて降りようとするソーニャに、アルが手を差し伸べます。彼女は恐る恐るその手をとり、甲羅から降りました。
「あ、ありがとうございます……」
「いや。気をつけて」
……あれ?おかしいですね?
私は荷物扱いだったのに、ソーニャは淑女扱いですか?私の方がお姉さんですよ?
ソーニャは顔を上気させて、こちらに駆けてきました。
「……聖騎士団長、お優しいですねぇ!」
ヴラニミルが、はっ、と小さく笑いました。
「あの暗い情念で動いてるような男がか? 見る目を養え。我々の神殿から主導権を奪い、霊獣部隊をここまで大きくさせた立役者だ。どんな汚い手を使ったのやら」
ソーニャは困ったように首をすくめました。
「あと、あいつには好きな女がいるからな。間違っても惚れるなよ」
……そうなんですか?
それは初耳です。そうですか……。
あれ?なんだかちょっと胸がちくりとしました。不整脈でしょうか。
「……なんだ、君もあの男に惚れてるくちか?」
ヴラニミルの嘲笑めいた表情にムカッときて、「別に」と小さく吐き捨てると、彼は吹き出しました。
「な、なんですか?!」
「いや、"可愛いなぁ"と思ってな」
あ!私がさっき可愛いって言ったことへの意趣返しですか?!
「大人げないですよ?!」
「そうか? すまんな」
そうやって言い合っていると、ソーニャが呟きました。
「ヴラニミル様って笑うんだ……」
……これ、笑ってるうちに入りますか?!
基準が低すぎますよ?
ふと、遠ざかるアルの背中が目に入りました。
彼は肩越しにこちらを見て、またすぐに前を向きました。
──アルの好きな人って、誰なんでしょう。
私の知っている人でしょうか。
……別に、関係ありませんけど。




