第11話 腕相撲
とある日の午後、霊獣舎の広場は阿鼻叫喚の地獄と化していました。
霊獣飛行部隊への配属を希望する聖騎士たちが、翼竜や翼狼に乗っては振り落とされ、すがりついては足蹴にされています。
指導教官の怒声が響き渡り、アルと補佐官は腕を組んでその様子を見ています。
アルとはあれからほとんどお話ししていません。忙しいのか避けられているのかわかりませんが、ともかく、二人で会う機会がありませんでした。
「大丈夫ですか? すぐに治しますからね」
怪我をした騎士は、その場に控えている聖女の治療術を受けて、なんだか少しデレています。
あっ、ソーニャも来ています!
ぶんぶんと手を振ると、彼女も振り返してくれて──ヴラニミルに睨まれました。
あなたまで来る必要、なくないですか?
「あ、また落ちた。見ていられませんね」
モップを動かしながら、チェルシーは痛そうに眉をひそめました。
「この中でも、選ばれるのは上位何人かだけなんでしょう? 飛行部隊ってエリートだし、狙ってもいいかもですね」
私は首を傾げました。
…………狙う?
飛行部隊に入りたいってことですか?
それってつまり、チェルシーと一緒にお空で遊べるということですよね?
私の頭の中に、楽しい計画がたくさん持ち上がりました。
なんて素敵なんでしょう!
「わかりました! 狙いましょう! チェルシーにはオスがいいと思いますよ?」
「……もちろん、男性がいいわ?」
「おすすめの子がいるんですけど、見てもらえます?」
「え?」
私は翼狼の檻の前まで、チェルシーを引っ張っていきました。
その檻の前に、若い聖騎士がひとり立っています。
霊獣選びでしょうか?
「くぅん、きゅんきゅん!」
翼狼のリオが私たちに気付き、前足を檻にかけて、しっぽを千切れんばかりに振り始めました。
その視線を追うように、聖騎士はこちらを振り返りました。金髪碧眼、甘いマスクの王子様みたいな人です。
「おや? 久しぶりだね、チェルシー」
王子様がにっこりと笑って片手を挙げます。
「うわ……ルカじゃん」
珍しくチェルシーは露骨に顔を歪め、私の耳元でささやきました。
「まさか、おすすめってこいつですか? こいつはダメですよ。だって……」
……違いますよ?リオを見てもらおうと思ったんです。人に乗っても飛べません。
「その子は同僚さん? 紹介してくれるかい?」
「いやよ。あんたが関わるとろくなことにならないんだから」
「幼馴染に対してひどいなぁ」
なるほど!幼馴染さんでしたか!
それはなんだかラブロマンスの予感です。
二人で飛行部隊に入るなんて素敵ですね。
私はルカの前に進み出て、握手を求めました。
「フィオナ・ベルです。二人で翼狼に乗るのは、とっても素敵だと思います」
ルカは握手に応えながら、「ん?」と笑顔のまま首を傾げました。
「ルカさんも翼狼希望ですか?」
「そうだねぇ。僕を乗せてくれるならどの子でもいいんだけど、霊獣部隊は翼竜か翼狼がほとんどだからね」
困ったように笑う顔が、爽やかチャーミングです。
「何、あんた飛行部隊に入るの?じゃあ誰か紹介してよ」とチェルシーが腕を組みながら言いました。
「入れてもチェルシーには紹介しないよ。恨まれるの僕なんだから」
…………紹介?
飛行部隊に入るのには内部の推薦状でもいるのでしょうか。
「くぅん、くぅぅぅーん」
リオが構って欲しそうに鳴いています。
「この翼狼は君に懐いてるみたいだね。さっき僕が目の前に立ったら、牙を剥かれちゃったよ」
「うーん、リオは霊獣医さんでも扱いに困ってましたから、初心者の方には厳しいかもしれませんね。でもチェルシーは可愛いので大丈夫かなって。早速乗ってみますか?」
ルカとチェルシーは顔を見合わせて、同時に言いました。
「なんで?!」
「だって、飛行部隊への入隊を狙ってるんですよね? リオは可愛い子が好きなんですよ」
チェルシーはしばらく私を見つめて、やがて深いため息を落としました。
「フィオナさん、私はいいので、ルカに霊獣を探してあげてください。私はこいつに関わりたくないので」
えっ?!私との空中散歩は……っ?!
そう聞く前に、チェルシーはさっさと出て行ってしまいました。
ぽつんと残され、リオの鼻息だけが聞こえる中、ルカが、ふふふっ、と肩を震わせました。
「ああ、ごめんね。可笑しくて、つい」
そう謝ったのに、耐えきれなくなったのか、声を立てて笑い始めました。
どうしてチェルシーが行ってしまったのか、どうしてルカが笑っているのか、さっぱり分かりません。
ルカは笑いを堪えるように深呼吸をして、それから目を細めました。
「チェルシーにめずらしく女友達ができたとは聞いていたけど……納得したよ。君は妖精みたいに綺麗で、ちょっとズレてる」
それ……褒めてます?それとも貶してます?
「さて、君はここに入ってまだ数日だよね? それでも僕に合いそうな霊獣が分かるの?」
「合う霊獣が分かることと、あなたの技術が伴っているかは別問題ですよ」
ふふん。ちょっと意地悪を言ってみました。
妖精のようにぼんやりしているとは言わせません。
「なかなか言うねぇ。確かに聖力の扱いが雑だって団長に言われたよ」
「……では飛行部隊を目指すのは来年にしてはどうですか? アルは聖力の動きを正確に見抜きますから」
「アル?」
「……アルベルト・ハイゼン団長」
「団長をそう呼ぶ人は初めてだなぁ」
「そんなことありませんよ。若い女の子たちは裏でそう呼んでます」
ふふ。自分のやらかしにも慣れたものです。
私、リカバリーの天才かもしれません。
こっそりとほくそ笑んでいると、ルカが顔を傾け、私を覗き込みました。さらさらの金髪が頬にかかって、王子様度がアップします。
そしていたずらっぽく笑いました。
「ふぅん。そっか」
「……なんです?」
「いや、別に」
……なんでしょう。この人、随分と女性慣れしてますね。ヴラニミルにそのコミュ力を分けてあげたいくらいです。
でも顔を傾けたくらいで、あの撫でつけた銀髪が崩れることはなさそうですね。
想像して思わず吹き出すと、ルカは意外そうに目を丸くしました。
「すみません、全然違うことを考えてしまいました」
「……ふぅん。あのさ、聖力の扱いって得意?」
唐突に話題が変わります。
なんだか、やりにくいというか、身構えてしまいますね。
「霊獣の騎乗なら、あなたより上手ですよ」
また意地悪を言ってしまいました。
この人からは距離を取れと、私の野生の勘が告げています。
「手厳しいなあ。じゃあ教えてくれない?」
そっと両手を包み込まれました。
…………はっ!
これは、俗に言う、女たらしというやつでは?!
わあ!!
初めて見ました!初めて女たらされました!
知らないうちに、愛され女子に近付いているのかもしれませんね?!
顔を輝かせていると、ルカが呟きました。
「ここ、照れるとこだよー」
「分かりました! 受けて立ちましょう!」
「何をだい?」
私は握手するように、ルカの右手をぱしっととりました。
「腕相撲です!」
「……なんで?」
ここには机も椅子もありませんので、地面に這いつくばって、がしっと手を組みます。
「僕、一応男で聖騎士だよ?」
「甘いですね。これは聖力の勝負です。聖力の扱いがどういうものか、骨身に叩き込んであげます!」
「僕、扱いを教えてって言ったんだけどなぁ……」
「いきますよ! レディー、ファイっ!!」
私がぐっと聖力をこめると、ルカの余裕の顔がすぐに吹き飛びました。
「え? 何これ」
ふふふ。恐れ入りましたか?
何人もの聖騎士を葬ってきた、私の聖力腕相撲に感嘆しなさい!
「えっ、うわ、これ無理!!」
その叫びとともに、バタン!とルカの右腕を倒しました。
「…………」
ルカは無言で、倒された自分の腕を見つめています。
そして私が勝利宣言しようとした、その時。
「……何をしている」
背後から、低い声が落とされました。




