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第12話 団長の後悔

 あまりの威圧感に、びくっと体が跳ねました。


 額を突き合わせていたルカと目を見合わせ、そっと手を離します。その瞬間、ルカは立ち上がり、直立不動の姿勢をとりました。


 ……ですよね。

 団長が来たら、そうなります。


 私もぱっと立ち上がり、怒られた犬のように項垂れました。


 ん?でも別に悪いことしてませんよね?

 聖力の扱いのなんたるかを教えていただけですから。


 なーんだ、私悪くないですね!と顔を上げると、鋭い視線に射抜かれ、またうつむきました。


 ……怖いです。


 上目遣いでちらりと見ると、アルが補佐官に何かを伝え、彼女がうなずきました。


「戻りますよ、ルカ。あなたは補習です」


「はいっ!」


 ルカは短く返答し、それから気遣うような視線を私に向けました。そして、

「あの、彼女は何も……」

と何か言いかけましたが、アルのひと睨みで口をつぐみました。


 補佐官が肩をすくめ、ルカとともに数歩進んで、「あ、そうだ」と振り返りました。


「フィオナさん、スカートで四つ這いになるのはやめた方がいいですよ。その……見えますので。では」


 ………………!!!


 去っていく彼女の背中を見送り、私はゆっくりとアルを見上げました。すると、彼はさっと視線を逸らしました。


「……見ました?」


「……いや」


「うそ! 補佐官さんが言ってたじゃないですか! 見たでしょう!」


「今、そんなことはどうでもいいだろう」


「そんなこと?! ひどいです! お嫁にいけないじゃないですか! 責任とってください!」


「とれと言われればとるが……いや、そうじゃなくて」


 アルは額を押さえ、小さく首を振りました。


「そもそも、地面であいつと何をしていたんだ」


「腕相撲です」


「…………は?」


 は?って言いたいのはこっちです。

 地面で手を組んでやることなんてひとつでしょうに。

 大聖女時代、あなたともやりましたよ?

 そして私が勝ちました!


「聖力の扱いが雑だって団長が言ったんですよね? で、教えて欲しいって言われたから、とりあえず聖力腕相撲でマウントをとろうかと。もちろん勝ちましたよ!」


 胸を張ると、呆れ返ったような長いため息をつかれました。


「団長もやりますか? 私、強いですよ?」


「やらん」


「あー、負けるのが怖いんでしょう? まぁ、確かに、聖騎士団の団長ともあろう方が小娘に負けたとあっては外聞が悪いですからねぇ」


「安い挑発だな」


 ……ふ。ほんとに怖いんですね?


 私はぱっとアルの右手を掴みました。


「手加減してあげてもいいですよー?」



 ──五秒後、私たちは地面に這いつくばって、手を組んでいました。


「指四本のハンデをあげましょうか?」


「ほざけ」


 そして十秒後、私は叫びました。


「うそっ?! どうして?! 私、前回は瞬殺しましたよ?! 何か修行しました?!」


 アルの黒い瞳が、勝ち誇ったように細められます。


「別に。君が弱いんだ。それより……前回とは?」


 額を突き合わせたままの至近距離、手を掴まれたままの状態で、失言を詰められます。


 しまった……!!

 でも大丈夫!私はリカバリーの天才ですからね!


 ………………。


 思いつきませんね?


 アルは手を離してくれません。目も逸らしません。

 まずいです。どきどきしてきました。

 このまま聖女バレしたら、愛され女子になる前に神殿送りです。

 ソーニャと一緒に働くのはいいですが、ヴラニミルの部下になるなんて死んでもイヤです。


 それに……。

 今世の神殿にあなたはいないじゃないですか。

 もう私だけの聖騎士になってはくれないでしょう?


 彼の瞳の中に思い出を探していると、黒い瞳がゆらりと揺らぎました。


 息が交わり、熱さえも伝わる距離。


 私は今さらながら気付きました。


 ──近いです!!!


 突然、顔の温度がぶわっと上がりました。

 さっきとは別の意味で、心臓が痛いくらいに打っています。

 もう目なんて見られません。

 けれど手を引こうとしても、逆にぎゅっと力強く握られてしまいました。


 ……なんなんですか?

 アルはこの距離が恥ずかしくないんですか?

 私だけが焦ってますか?


 彼の反応を確かめようにも、顔が上げられません。


 でも、私にはわかります。あなたは余裕綽々で私の赤い顔を眺めて笑ってるんでしょう?


 …………はっ!

 アルもルカと同じく女たらしなのでは?!


 だって抱きしめて離さなかったり、手を握ったり、高級サラミをくれたりしますからね!


 ……なんだか悔しくなってきました。


 私ばっかり照れているのは不公平です。

 何か仕返ししないと気がすみません。

 だって私は元上司ですからね!強いんですよ?


「ピエラから聞いたんですが」


「…………は?」


「大聖女様は、おでこをこつんとして熱が測れるものなのか、たいそう気にされていたようですね」


「…………」


「で、あなたにせがんだことがありますよね?」


「…………」


「でも、やらなかったんですよね? その時に比べて、ずいぶん成長されましたね? こんな至近距離でも照れないんですから」


 私は少しだけ首を伸ばし、額と額をこつんと合わせました。じわりと熱が伝わってきます。

 ふふ、全然分かりませんね。同じくらい熱いです。


「それとも、大聖女様だから遠慮しただけで、今も昔も遊び相手には平気ってことですか?」


「…………っ?!」


 だって、好きな人がいるんでしょう?

 それなのに、こんなこと照れずにできるなんて、遊び人の証拠です。

 だったらあの時、遠慮しないでしてくれたらよかったじゃないですか。


「大聖女様、かわいそう。きっと天国に行けずに転生しちゃいますよ、あなたのせいで」


 ふふん。少しは罪悪感を持てばいいんです。

 元上司の純情をもてあそんだお仕置きです。

 あと、こんなふうに遊ぶのは、好きな人にも失礼ですし、分かり次第チクりますよ?


「……だったら」


 緩みかけていた手が、またぐっと強く握られました。


「また俺の前に現れてくれればいい。あの時、大聖女様はいつも通りお気楽に仰ったのだろうが、俺は……!」


 額が離され、視線が絡みました。


 ──真剣で、泣きそうなほどの悲しみを湛えた瞳。


 思わず、胸がずきんと痛みました。


「遺された側の苦しみを、大聖女様はご存知ではない。この二十年、俺がどれだけ……」


 彼はそこで言葉を切り、弱々しく首を振りました。


「いや、なんでもない。……とにかく、俺はもう後悔したくない。だから、」


 その時、後ろで咳払いが聞こえました。


 私たちは慌てて離れ、見上げると──そこには、皮肉な笑みを浮かべたヴラニミルと、真っ赤な顔をしたソーニャが立っていました。


「まったく……聖騎士団の風紀を団長自ら乱すとはな」


 アルはヴラニミルを睨みつけましたが、何も反論できずに唇を引き結びました。


 腕相撲は風紀を乱しませんよ?

 おでここつんは……ちょっとダメかもしれませんが。


「あと、そこのバカ娘。もう少し長いスカートを履きたまえ。はしたない」


 ………………!!!


 最悪です!!

 よりによってこの人に見られるなんて!

 いえ、私が悪いんですよ?

 わかってますけどね?


 ヴラニミルはしゃがみこみ、私と目線を合わせると、にやりと笑いました。


「責任、とってやろうか?」


「必要ありません!!」


 叫ぶと、彼は愉快そうに笑いました。


 性格、悪すぎます!


 それからふとアルの方に目を向けて、大仰に肩をすくめてみせました。


「睨むなよ。冗談だ」


 そしてすっと立ち上がると、ローブをばさりと翻して去って行きました。


 ソーニャがこっそりと耳打ちしてくれます。


「大丈夫です、ちょっとレースが見えただけですから!」


 会釈をして、慌てて上司の後を追います。


 ……それって、大丈夫なんですか?!


 なんだか気まずい雰囲気の中、私とアルは目を見合わせました。


 さっき、何を言いかけたんでしょう。


 ──後悔したくない。だから、


 でも、今その続きを聞いても、話してくれないような気がします。


「あ、あの、じゃあ仕事に戻りますね……」


 へらりと愛想笑いを浮かべて後退りをすると、「待ってくれ」と腕をつかまれました。

 けれどすぐに、はっとしたような表情で、彼はその手を離しました。

 それから、外套の内ポケットから、何かを取り出しました。


「共鳴石の加工が完了した。……必要なら、受け取ってくれ」


 ……必要なら?

 私の指に合わせて作ってくれたのに?


 なんだか、あの夜からずっとこうです。

 よそよそしく距離をとるのに、完全に突き放しはしない。

 こんな態度をとられるくらいなら、抱きしめてもらっても構いません。


 ……いえ!それはやっぱり恥ずかしいです!


 でも──。


 私は左手の甲を上に向けて、彼に差し出しました。


 荷物扱いしたこと、まだ根に持ってますよ?

 今度こそ、淑女扱いしてください。


 彼はその手をじっと見て、ひとつ瞬きました。

 それから、困ったように小さく笑うと、私の手を恭しく取り、銀色の指輪をはめてくれました。


 そして──


 手の甲にキスをしました。


 ………………。


 頭が真っ白になりました。


 これは……あれです。

 よくあるやつです。本で読みました。

 私が望んだ、淑女扱いです。


 あれ?私この前、彼の唇に触れましたよね。

 よくあんなことできましたね?

 バカですか?私。


 文字通り、頭も体も固まった私に、彼は優しく微笑みました。


「じゃあ、また連絡する」


 私は、どう答えたんでしょう。

 全然思い出せません。

 とにかく、感情の処理が追いつかなくて、彼が去ってしばらくしてから、頬が熱くなったことだけは覚えています。


 ……どうしましょう。

 胸が痛いです。それに、なんだか泣きそうです。


 ……病気かもしれません。













 


















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ショートショート転生ものです。 よろしければお立ち寄り下さい。 「つきましては、結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」
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