第13話 指輪の意味
鏡の中に映る私は、なんだか別人のようでした。
薄ピンクのシルクの上で、淡い金色の糸が朝露みたいにきらめく可憐なワンピースは、太ももの半分くらいしか隠しません。
チェルシーが高く結い上げてくれたポニーテールの根元では、白いレースのリボンが揺れて、前髪は可愛らしく編み込まれています。
「うん! 完璧! 妖精のお姫様って感じ」
鏡を覗きこみ、チェルシーが笑います。
「そのワンピース、無駄にならなくてよかったです。可愛いからつい衝動買いしちゃったんですけど、色味も私にはあんまり合わないし、やっぱり丈がね。私が着ると、どうしても夜の街っぽくなるんですよねぇ」
想像してみると、確かに男性陣が喜びそうです。ものすごく。
その点私はそんな心配はありません。子どもが頑張っておめかしした感しかありませんからね。
「お給料入ったら、ちゃんとお金払いますからね」
「いいですよ、そんなの。似合う人に着てもらって、服も喜んでます」
今日の夜は霊獣舎のみんなとお花見です。
着ていく服を聞かれて、いつものを指差すと、盛大なため息とともにこのワンピースを渡されたのです。
「愛され女子は形からですよ」
そう言って、丁寧に口紅を引いてくれました。
チェルシーにおすすめされた、青みローズの淡い口紅。
これはどうしても欲しくなって、食費を削って買いました。そのせいでお弁当を作れなくて、アルからのランチのお誘いを三回断ったのですが……水だけで過ごしているところを補佐官さんに見つかり、彼にチクられ怒られました。
まったく……乙女心の分からない人です。
その日からランチは強制連行、サラミどころかオーブン料理まで出てくる始末。
それがものすごく美味しくて、誰が作っているのか聞いたら、自分で作っていると言っていました。女子力、私よりも高いんですけど?どういうことでしょう?
彼の振る舞いは、腕相撲をした日から変わりました。なんと言いますか、保護者のような、大聖女に仕える騎士だった頃の彼のような……。
多分、この短いスカートを見たら渋い顔をされて叱られますね。
まぁ、お花見会場は騎士団と同じですが、彼は顔を出さないでしょうし、バレなければオッケーです。
「ねぇ、フィオナさん」
チェルシーが改まった様子で、私の左手を見ました。
「ほんとに、いいんですか? それ、団長から贈られたんですよね? 愛され女子とか言ってる場合ですか?」
「でもこれは貸与品ですし、免許がとれたらお返ししますよ?」
「あなたの指に合わせて加工したんですよね?」
「はい。落とさないようにと」
「左手の薬指ですよ?」
「団長、こういうところ抜けてるから、いまだに独身なんですよ、きっと」
やれやれと肩をすくめると、チェルシーは深いため息をつきました。
「本当に心からそう思ってます? 直属の部下でもない、出会って数日の女性にそんな高価なものを指輪に加工して渡すなんて、あり得ないでしょう? 過去に何も接点がなくてそれなら、はっきり言って怖いですよ? 向こうは権力者ですし、何されるかわからないですよ?」
……確かに、チェルシーの言うことは正論です。
普通に考えれば、どう考えても重いです。
なかなかのホラーです。
「でも……」
小さく首を傾げます。
「何も求められていませんし」
「…………」
「甘い言葉もありませんし」
「…………」
「告白されたわけでもないんですよねぇ」
チェルシーの眉がぴくりと動きました。
違うのです。
もし、そういう意味の指輪なら──
もっとそれらしい空気とか、
それらしい言葉とか、
それらしい視線とか。
何か決定的なものがあるはずだと思うんですよね。
あの人はただ、いつも通り無愛想で、いつも通り仕事の顔のままで。
「必要なら、受け取ってくれ」と言っただけです。
あれを恋愛と結びつける方が、ホラーです。
手にキスされたのも、淑女扱いしてくれただけですしね。
「それに……」
私はそっと指輪を撫でました。
「団長には、好きな方がいらっしゃるんですよ?」
「え?」
チェルシーが目を瞬かせます。
「ヴラニミルが言っていました」
あの男は性格が最悪ですが、嘘をつくタイプでもありません。
「あの二人の接点を考えると、神殿時代の誰かでしょうね」
私が死んだ後でしょうか?
それとも私が知らなかっただけ?
「だからこれは……ただの業務上の判断だと思います。ほんと、紛らわしい人ですよね」
チェルシーはしばらく私を見つめ、にこりともせず言いました。
「……団長、思っていた以上に質が悪いですね」
視線がゆっくりと私の左手へ落ちます。
「好きな女がいるのに、あなたの薬指に指輪を合わせるなんて」
一拍。
「控えめに言って、最低のクズ野郎ですよ」
普段のチェルシーからは想像もできないような、冷たい瞳。
「ふふ、チェルシー、私のために怒ってくれてます? ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。私が勘違いしなければいいだけですから」
それに重要なことがもうひとつ。
もし私が大聖女だったと気付いているなら──
初対面とは思えない過保護な行動も、説明がついてしまうんですよねぇ。
でももし気付いていないのなら、確認することは藪蛇になってしまいます。
だから結局、何もできないんですよね……。
「もう、サラミくれるなら何でもいいです」
「そこですか?!」
私たちは目を見合わせて、笑いました。
さて、愛され女子とその見習い、いざお花見に出陣です!




