第14話 お花見
公園は花見客でとても賑わっていました。
白いクロスのかかった折り畳みテーブルが点在し、木製の椅子に腰掛けて談笑する人々。
どこか、公園全体が夕暮れのテラス席になったみたいな光景でした。
一際大きなトレシュニャの木を見上げると、薄暮の空に白い花が浮かぶように咲いています。春の空気はなんだか甘くて、夢の中にいるみたいな心地になります。
「えっ、何? トレシュニャの妖精さんがいるんだけど!」
ぱっと横を向くと、エリンさんが目を輝かせて私を見ていました。
「待って、可愛すぎて、過呼吸になるかもしれないわ。"トレシュニャの下でワルツを"っていう絵本知らない? 私それが大好きで──! むぐぅ」
エリンさんはエルネストさんに口を塞がれてしまいました。
「あー、ごめんな、フィオナ。エリンさんは可愛いものが好きすぎて。はい、落ち着いてくださーい」
引きずられるように、霊獣舎チームのお花見場所へ戻っていきます。
……褒められました?
私の中の妖精像は、薄ぼんやりしていてどんくさいんですけど、可愛いって言われましたよ?
うふふ。可愛いって。
にまにましていると、チェルシーが叫びながら手招きしました。
「もう乾杯しますよー!」
「はーい!」
テーブルの上には、小さなショットグラスがずらりと並び、琥珀色の液体が夕陽を溶かし込んだみたいに輝いていました。
プラムのブランデーです!
今日のお花見費用の一部は、霊獣運用部の厚生費から出ると聞きました。
貧乏な新人にはとってもありがたいです。
部長さんの挨拶の後、みんなで叫びました。
「乾杯!」
グラスを軽く上げて、一気にあおります。
オーク樽で熟成された黄金色のお酒はキンキンに冷やされていて、喉越しは驚くほど柔らかく、水みたいに飲めてしまうのに──
一拍遅れて、内側から火を灯されたみたいに熱が広がりました。
「……強くないですか、これ……?」
実はブランデーは初めて飲みます。
家ではワインで乾杯していました。
テーブルには食べ物もたくさん並べられています。
巻きチーズパイのグラタン風、ムール貝の酒蒸し、トリュフ入りの生ハム、パプリカの肉詰め、お米とお肉の入ったロールキャベツ……どれも美味しそうです!
心躍らせながら食べ物をお皿に入れていると、ふとチェルシーの姿が目に入りました。
いつもの霊獣舎メンバーとは違う、管理部門の男性方に声をかけられ、にこにこ笑っています。
私は生ハムを食べながら首の傾け方を真似し、ムール貝をもぐもぐしながら声色を聞き分け、ロールキャベツのお汁を飲みこみながら、あしらい方を学びました。
「よく食べるねー、お嬢ちゃん」
霊獣医のエルネストさんが苦笑しながら隣に腰掛けました。
「今食べないと、次にいつ食べられるかわかりませんからね」
チーズパイを頬張りながら、さっき学んだことをやってみます。
こてんと首を傾け、ふわりと笑います。
「……これ、どう思います? 愛され女子っぽいですか?」
「うーん。頬袋に種詰めたリスみたいかな?」
……それって、褒めてませんよね?
「愛され女子とやらを目指してるのかい?」
こくこくとうなずき、パイをごくんと飲みこみます。
「チェルシーが私の師匠なんです。お花みたいに可愛らしくてモテモテで羨ましいです」
「なんでモテたいんだい?」
……なんで?
はて、と首を捻ります。
愛され女子を目指しているのは、大聖女の時に窓から見ていた女の子たちが眩しく見えたからです。好きな人と腕を組んで歩く彼女たちは、キラキラ輝いていました。
でもどうしてモテたいのかと言うと……。
「一人に愛されるだけじゃダメなのかい?」
真っ直ぐな視線と言葉に、思わず喉が詰まりました。
「でも……まずモテモテ愛され女子にならないと、誰も私を愛してくれませんから」
待ってても仕方ありません。
可愛くなって、モテモテになれば、その中の誰か一人くらいは、私を本当に愛してくれるかもしれません。
「なるほど。そういう考えなのかー。でもさ、まず周りをちゃんと見てみたら? 今でも君のことを好きな男はいるんじゃないかな?」
私のことを好きな男性?
「……兄くらいでしょうか?」
歳の離れた兄は超絶過保護で、私が霊獣舎で働くと言ったら、「俺も聖騎士団に入る」と抜かしやがりましたからね。
「悪い虫がつかないように、お兄さんも大変だっただろうねぇ」
「エルネスト〜。妖精さんに手を出しちゃダメれふよ〜」
真っ赤な顔をしたエリンさんが、にこにこと笑いながら注意します。
完全に酔っ払っていますね。
「もー、君は弱いんだから飲むなって言ってるだろう?」
エルネストさんはエリンさんの体を支えながら、水をとりに行ってしまいました。
一人残された私はもう一杯ブランデーをあおりました。
……この熱さがくせになりそうです。
そしてもう一杯。
エルネストさんの言葉が、アルコールとともに血液に乗って全身に広がります。
「一人に愛されるだけじゃダメなのかい?」
そう聞かれた時、思い浮かべてしまったんです。
──あの黒い瞳を。
別にモテたいわけじゃありません。
ただ一人でいいんです。
でも、彼には好きな女性がいるんですよ?
諦めるしかないでしょう?
ひとりでにショットグラスに手が伸びます。
お酒を飲んでいると、ふと、過去世の思い出がよみがえりました。
あれは今日みたいに暖かな春の日でした。
私はベッドの上で体を起こし、窓枠に頬杖をついて、広場をぼんやりと見ていました。
トレシュニャの花が満開で、その下を家族連れや恋人たちが楽しそうに歩いています。
『また外をご覧になっているのですか』
後ろからアルの声がしました。
『見てるだけで楽しいんだよ。ほら、あそこの二人。さっきから手が触れそうで触れない』
『……何を観察しているんですか』
『恋というものだ』
『大聖女様が口にするには、少々俗っぽい話題かと』
『俗っぽくて結構。私は生まれ変わったら、俗っぽくて可愛い女の子になるんだ』
アルは呆れたように息を吐きました。
『その前に、今日の聖務を終わらせてください』
『夢がないなぁ、君は』
そう言いながらも、私は窓の外から目を離せませんでした。
誰かに手を引かれること。
誰かのために髪を飾ること。
ただ一人に、可愛いと笑ってもらうこと。
それは私にとって、神殿の外にある物語でした。
お酒で体が熱くなり、記憶が曖昧になっていきます。
──気がつくと、私は聖騎士団のお花見に混じっていました。




