第15話 大聖女リアと護衛騎士アルベルト
「弱い! 弱すぎます! それでも聖騎士ですかっ?!」
テーブルをばんっと叩きつけ、勢いよく立ち上がった私は、周りをじろりと見回しました。
怖気付いた聖騎士たちが目配せしながら後退ります。
「お前、行けよ」
「無理だって!」
腕相撲で十人連続叩き伏せたところ、もう挑戦者は現れませんでした。
少し離れたところで、チェルシーが一人の聖騎士と語らっています。照れたような笑顔が可愛すぎて、しばらく見つめてしまいました。
……ほら。
ああいうのです。
あれが正統派愛され女子という生き物です。
それに比べて私はなんですか?
腕相撲で勝っても仕方ないんですよ?
アルには負けましたし……。
机に突っ伏していると、耳元でからん、と氷の音がしました。
「飲み過ぎだよ、フィオナちゃん」
ルカが、グラスに入った水を渡してくれました。
すぐに飲み干し、また机に突っ伏すと、彼の小さな笑い声が頭上に落とされました。
「今日はまた、一段と綺麗だね。本物のトレシュニャの妖精かと思ったよ」
私は顔だけ横に向けて、テーブルの上に置かれたルカの手をぼんやりと見ました。
「……なんでみんな妖精っていうんですか? 妖精は狐にだまされて、小麦粉と卵とパン粉を体にまぶして油で揚げられそうになった、アホの子じゃないですか」
結局、旅人に救われるんですけど、アホはアホです。
「それ、"狐とぼんやり妖精"の話?」
そうです。
兄はこの絵本しか読んでくれませんでした。
『フィオナ、お前を妖精って呼ぶ男には近づくな。バカにされてるんだから』
「君がここに来た時、聖騎士たちが息をのんだの、分からなかった? ぼんやり妖精じゃないよ。本物のトレシュニャの妖精が現れたかと思ったんだよ」
……女たらしが何か言ってます。
兄の言った通りでしたね。
「ルカ、何してるのー?」
「この子、聖騎士じゃないでしょ?どこの部署?」
「うわ、見て。霊獣舎の桃色ちゃん、またうちの男を毒牙にかけてるよ」
「あ、それで思い出した。この子、霊獣舎の妖精ちゃんの方だよ」
また妖精って言われました。
ぼんやりしてて悪かったですね?!
それに、チェルシーのこと悪く言わないでください!
私はふらりと立ち上がり、白い花びらが舞い落ちる公園を歩きだしました。
空はもう真っ暗ですが、花木立ちを照らすようにランタンが灯されています。
ぼんやりと浮かぶ月がとてもきれい。
風が甘くて、ほてった頬を優しく撫でていきます。
なんだか雲の上をふわふわ歩いている気分です。
……あ、狐です。
妖精をだます狐が一匹、二匹、三匹……。
多いですね??
「美味しい食べ物があるんだけど」
「こっちに来て遊ばない?」
「さぁ、おいで」
ぐいっと、手首を引っ張られました。
強引な狐ですね?
でもあなたたちには騙されませんよ。
私はぼんやり妖精じゃないんですからね。
でも、頭がふわふわしすぎて聖力の操作ができません。
このままでは小麦粉と卵とパン粉につけられてしまいます。
「その手を離せ」
あ、旅人さんです。
狐は一目散に逃げていきます。
これで助かりました。
「ありがとうございます、旅人さん」
旅人さんは、こう言うんです。
──どういたしまして、妖精さん。
早くお逃げ。もう悪い狐に捕まらないように。
でも……この旅人さんは違いました。
「弱いなら飲むな。自分の限界量も知らないのか? だいたい、なんだその格好は? 酒の入る席にそんなもの着てくるな」
……意地悪な旅人さんですねぇ。
「はいはい、わかりました。さようなら」
「待て。送るから、もう帰るぞ」
ぱしっと、腕をつかまれてしまいました。
「いやです。腕相撲しただけで、まだ愛され女子ムーブをなんにもできていないんですから」
「なんだ、それは……」
私は首を傾け、旅人さんの目を見つめて微笑みました。
「これです。どうです? 可愛いですか?」
「……ああ」
「心がこもってません! やり直し!」
「……転生しても酒癖が悪いのか……」
なんか言いました?
「とりあえず、これでも羽織っておけ」
長い外套を、ばさりと肩に掛けられました。
重たいし、なんだかアルの香りがします。
「せっかく可愛くしてもらったのに……」
「……可愛いが、そんな短いスカートで男の前に出るな」
もう!この旅人さん、お兄ちゃんみたいです。
「ほら、帰るぞ」
「いやです」
押し問答の末、私と旅人さんはベンチに腰掛けました。
お花見の喧騒から離れて、静かで暗くて、木々を渡る風が心地いいです。
私は旅人さんの膝にごろんと横になりました。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「……誰がお兄ちゃんだ」
「あ、間違えました。旅人さん」
「それも違う」
じゃあ誰でしょうね?
あぁ、この匂いは……私の護衛騎士のアルですね。
私はぼんやりと夜空を見上げました。
視界の端で、魔物から国を守るための結界がきらりと光ります。
けれど真上にはなく、ぽっかりと空いていて、星が綺麗に見えます。
「──いつの間に高高度結界、やめたんだ?」
ぽつりと呟くと、「……え?」と掠れた声が返りました。
「あれ、負担だったんだよな。ヴラニミルあたりが上と掛け合ってくれたのかな? 魔物があんなところから来たことはないのに、無駄なんだよ」
「…………」
「そういや、こないだ翼竜で前線に飛んで怒られたよな。言い訳していいか?」
「……はい」
「……なんだ、素直だな。いかなる理由があろうと、私の傍を離れないでくださいって、怒ってたのに」
「……未熟でしたから。あなたが行かなければ、東の結界は壊れていました」
なんで、そんな泣きそうな顔をしているんでしょう?
私はアルに手を伸ばしました。
「……なんか、老けたか?」
「ええ。あなたに気苦労ばかりかけられて」
「言うねぇ」
笑うと、額に温かな手がそっと乗せられました。
「本当に、酒癖が悪くていらっしゃる。少しお休みください」
優しく頭を撫でられ、私は目をつむりました。
遠くから聞こえる賑やかな声と、風が葉をこする音。アルのまとう、少し重たい香りと花の甘い香りが、温かな膝の上で混ざります。
「……アル」
「……はい」
「いつも、ありがとう」
……大好き。
その言葉を言えたのかは、分かりませんでした。




