第7話 私のこと食べたいですよね?
アルの聖笛に呼ばれ、リオはどうするべきか少し迷っていました。
でも団長命令は絶対です。
指揮系統を乱してはいけません。
そもそもいつの間に、霊獣飛行部隊がこんなにもしっかりとした部隊になったのでしょう?聖笛なんてものも、昔はなかったのですが。
「これは命令ですよ、リオ」
そっと首を撫でると、リオは緩やかに高度を落としながら、空き地に降り立ちました。
アルは腕組みをしたまま、言いました。
「……説明してもらおうか。エルネスト」
声と目とオーラ、全部怖いです。
「え? 僕? マジかー」
エルネストさんは、ぼやきながらリオの背を降り、私に手を差し出しました。
「お手をどうぞ、お嬢ちゃん」
……ひとりで降りれますよ?
あっ、でもこれが紳士の振る舞いなんですね?
なんだか淑女になった気分です。
ほくほくと手を出すと──アルにその手を掴まれてしまいました。そしてそのまま両脇に手を入れられ、ひょいと地面に降ろされました。
あっ、なんでせっかくの淑女ムーブを邪魔するんですか?!
これでは子どもか荷物扱いではありませんか!
むー、とふくれっつらをしていると、アルに睨まれました。
……すみません、調子に乗りました。
「エルネスト、一から説明しろ」
「えー? 面倒……いや、ごめんって。リオが喜びすぎて制御できなくてさぁ、そしたらフィオナちゃんが門外不出の超強力聖笛で助けてくれたんだよ。で、一緒に空の旅を楽しんだってわけさ」
アルの眉間に皺が寄ります。
「門外不出の超強力聖笛?」
ああっ、そんな正直に言っちゃダメですよ、エルネストさん……!
なんとか誤魔化しましょう!
「ち、違いますよ! ただのお空デートです! 超強力聖笛なんて、そんなんじゃありません!」
すると、アルの顔がますます険しくなりました。
えっ、なんでですか?!
あ、もしかして、人助けなら許そうと思ったけど、デートで無免許運転とかふざけんなって感じですかね?!
これは、墓穴を掘りました……。
エルネストさんも不思議そうに私を見ています。けれど、何を思ったか、話に乗ってきてくれました。
「あぁー、うん? そう、それ、デートだデート。邪魔するとか野暮だねぇ、団長」
それ、今は火に油では……?!
アルの瞳が怒りというよりも、なんだか暗く光りました。
「……分かった。フィオナ、団長室へ来い」
えっ?!私ですか?!
これは、解雇通告ですよね……やっぱり。
せめて今日のお給料は出るといいのですが……。
刑場に引き立てられていく罪人のように、私はとぼとぼとアルの後ろを歩いていました。
すれ違う聖騎士たちの「うわ、こいつ何やらかしたんだ」と言わんばかりの視線が痛いです。
団長室に入り、バタンと扉が閉められると、まるで外界から隔絶されたようになります。静かで、重苦しくて……今すぐ回れ右して帰りたいです。
アルは椅子に腰掛け、机の上で手を組んで、じっとこちらを見ています。私はしょぼんと項垂れるしかできません。
「……で、本当は何があったんだ」
ああ、一応は言い分を聞いてくれるんですね。
これは、情状酌量を期待できるかも?
「えっと……リオの制御がきかなくて、だから、おいでーって手を振ったらこっちに来てくれたんです。た、たまたまですよ? 超強力聖笛なんてものはありませんよ?!」
「ほう」
ううう。アルの視線が刺さります。
「つまり、霊獣医のエルネストが制御できない翼狼を操れたわけか、君は」
「いやっ、ほら、たまたまですから! 美味しそうに見えたんじゃないですかね?」
「……君が?」
君が?って、なんか失礼じゃありませんか?
そりゃあ、チェルシーみたいに色々豊かではありませんし、美味しそうな色でもないですけどね?!
「お、美味しいですよ、私だって! 食べてみますか?!」
「……は?」
私がつかつかと机の前まで進むと、アルは言葉に詰まったように、わずかに身を引きました。
「どこがいいですか?」
「どこって……」
「どこが美味しそうですか? 食べたくなるのはどこですか?」
アルは一瞬、口を開きかけ──はっとしたように噤みました。
それから、眉間を押さえて小さく首を振りました。
「君は……もう少し考えてから発言しろ」
まあ!まるで私がアホの子みたいじゃないですか!
「団長、素直にお話しすることも大事ですよ? ほんとは私のこと全部食べたいでしょう?」
「………………」
「沈黙は肯定だって、補佐官さん言ってましたよね?」
私は、ぐいっと机に身を乗り出しました。
人差し指を立て、アルの唇にそっと当てます。
「……っ?!」
アルは目を見開き、息をのみました。
「つまり……団長と同じく、リオも私のことが食べたかったんですよ!」
完璧な論法です。
アホの子では、こうはいきません。
自画自賛していると、アルは私の指を引きはがし、ものすごく深いため息をつきました。
……感服の念にたえないのでしょうか。
「これ、絶対によそではやるなよ」
「これ?」
アルは私の人差し指をぐっと掴みました。
「この指だ。唇につけるとか、ふざけてるのか」
「いけませんか?」
「ダメだ。……ったく、今までどうやって生きてきたんだ」
あれ?なんだかものすごくディスられてますね?
「まさか、誰にでもこんなことしてきたんじゃないだろうな……」
「そんなことありませんよ。だって私、男性からは全く好かれませんし、試す機会がありませんでしたから」
あっ、自分で言ってて悲しくなってきました。
転生したと気付いた時から、愛され女子になろうと私なりに努力してきたのですが……。
「でも、団長は普通にお話ししてくれるので、嬉しいです」
「……そうか」
「あ、エルネストさんもですね!」
ぽん、と手を叩くと、アルの目が鋭くなりました。
「……やるなよ。それから、あいつとの二人乗りも禁止だ」
「なぜです?」
「無免許の君を同乗させるには、騎士並みの騎乗能力が必要だからだ。それに敷地内とはいえ、グレーゾーンだからな。ちゃんと申請書を出せ。出しても通さんが」
それ、ひどくないですか?!
「じゃあ、免許とる前に乗りたい時は、団長と一緒ならいいですか?」
「ああ」
「でも団長、お忙しいですし……」
「なんとかする」
…………??
なんでそこまで……。
はっ!!気付いてしまいました!
「わ、私、聖騎士にはなりませんし、神殿にも行きませんからね?!」
聖騎士団は飛行部隊員を絶賛募集中ですし、神殿では聖女も神官も霊獣に乗るのが嗜みです。
まあ、神殿では、だいたい気性の優しい霊鹿に乗るくらいで、空を飛んだりはしませんが。
翼竜に乗る聖女は私くらいでしたね……。
「君を霊獣舎から引き抜いたら、俺がエリンに殺される」
さすがですね、エリンさん!
ホワイト上司に感動していると、アルはほんの少しためらうような素振りをしてから、机の引き出しを開けました。
「……これを」
ことり、と机の上に何かが置かれました。
澄み切った湖のような、小さな小さな青い石です。
これは……?
「共鳴石だ」
確か、一対のものを二人でそれぞれ持って、離れていても思念で会話できる石です。
私が聖女だった頃にはなかった技術ですね。
……って、これをどうしろと?
「何かあれば、これで連絡をしてくれ」
さらりと言われましたが、これお高いんですよね?!金銭感覚バグってませんか?
「無理です! お給料は家賃と光熱費と食費と仕送りと口紅でなくなっちゃいます」
「……口紅?」
「はい! お給料が入ったら買いに行こうかと」
「そんなもの塗らなくても君は……」
アルは途中で口を閉じると、こほんと咳払いをしました。
「ともかく、共鳴石は俺の私物だし、気にするな。金はとらん」
私はこくんと頷くと、その石を恐る恐るつまみました。
私のお給料の何ヶ月分でしょうか。
「あ、あの、落としそうで怖いんですけど……」
「なら、何かに加工してから渡そう。指輪でいいか?」
一択ですか?




