第6話 翼狼と霊獣医エルネストさん
「うーん? サラミサンドウィッチが美味しかったんですね? それで?」
霊獣舎での初仕事が終わり、私とチェルシーは更衣室で着替えていました。
事の顛末を聞かれて、ぽつりぽつりと話しているのですが、サンドウィッチの話から先に進みません。
……いえ、進めてないのは私なのですが。
「あれは高級品です。うちでは夕飯に出るレベルのサラミで……」
「もう! それはいいから! 親鳥なんかじゃないって、ちゃんと伝わりましたか?」
「多分……」
「団長の腕の中、温かかったです。ドキドキしちゃいました。って言えました?」
…………え?!
そんなこと教わりましたっけ?!
「もう! 群れからはぐれた子羊みたいな顔しないでください。はぁ……台本渡せば良かったですね」
チェルシーはぷっくりとした唇に、コーラルピンクの口紅を塗っています。容器までキラキラのピンクで、金色の繊細な縁取りが絶妙です。
「わぁ、可愛い色ですね! 私も欲しいです」
そう言うと、チェルシーは首を傾げました。
「フィオナさんには似合いませんよ?」
……うっ!
美少女にだけ許されるカラーなんでしょうか?!
「フィオナさんってメイクしてます?」
「乾燥するのでオイルは塗ってますよ?」
「それは基本です」
……すみません。
「見てください」
チェルシーは私を姿見の前に連れて行きました。
桃色美少女と、地味な胸ペタ娘が映っています。
……えっ、まさか、どれほど似合わないか、分からせようとしていますか?!
オーバーキル、やめてもらっていいですかね?
「ほら、全然タイプが違うでしょう? 私が春の花なら、フィオナさんは夏の木陰の妖精みたい」
……詩人ですね?
でもチェルシーが百花繚乱的美少女なのは激しく同意です。
「白金色の髪に、青灰の瞳。焦点がどこか遠くて、表情が薄い──ほんとに妖精みたい。あなたには青みがかったローズの方が似合うわ。それも、ごく薄くね」
……わからせではなく、似合わせでしたか!
さすが師匠です!
でも──重要なことがひとつ。
「……それ、愛され女子になれますか?」
「ん?」
「妖精って、つまり浮世離れしてて、ぼんやりしてるってことですよね?! それ、モテませんよね?! 私はチェルシーさんみたいな愛され女子になりたいんです!」
がしっと両手を掴むと、チェルシーは可愛い目をぱちぱちと瞬きました。
「……団長がいるのにですか?」
「彼に関係ありますか?」
「そもそも、どんな関係なんです?」
「……出会って二日目の上司と部下、ですね」
「……」
私たちは手を繋いだまま、見つめ合いました。
やがて、チェルシーは小さくため息をつきました。
「まぁ、いいです。そういうことにしておきましょう」
……ほんとにそうなんですよ?
私が一方的に知ってるだけで。
「ふふ、フィオナさんって変わってますね。私、女の子にはとことん嫌われるんですけど」
「……眩しすぎて近寄れないだけでは? 私は図々しいので」
何せまだチェルシーの手を離していませんからね。ふわふわで柔らかくて気持ちいいです。
チェルシーは眉を下げて、少し寂しそうに笑い、それからぐっと私の手を握り返しました。
「……分かりました。では一緒に愛され女子になりましょう」
「……師匠……っ!!」
こうして私はチェルシーの正式な弟子になりました。
今日はさっそく口紅を買って帰りましょう!
……あ、でもお金ないですね。
お給料日まで待ちます。
◇◇◇
チェルシーと別れ、私は未舗装の道をぷらぷらと歩いていました。
騎士団の敷地はものすごく広く、少し道を逸れると森が広がっていたり、沼が現れたりで地図がないと迷いそうです。
……いえ、正直に言いましょう。
迷ってるんです!ここ、どこですか?!
歩き疲れた私は道端の石に腰掛け、ぼんやりと山を見つめました。
東側の山肌が白く染まっているのは、水仙が群生しているからだそうです。
綺麗だなーと眺めていると、その山肌から、大きな白い塊がぼわっと浮き上がりました。それはどんどんこちらへ向かってきて、やがて笛の音と人の叫び声が聞こえました。
「止まれ!止まれっつの!」
白い塊は、霊獣の翼狼で、どうやら跨っている人が御しきれずに叫んでいるようです。
霊獣を制御するための聖笛も、効いていません。
「あらあら……」
こういう時は、とりあえず威嚇します。
私は、ぱんっと勢いよく聖力を放出しました。
翼狼がびくっと震え、空中で静止してこちらを見下ろしています。
「こっちへおいでー」
腕を振ると、翼狼は渋々地上へ降りてきました。
ごめんなさい、とでも言うように頭を下げ、背中の人を下ろすために体を低くしました。
「ごめん、マジ助かった……」
メガネをかけ、白衣を羽織った、学者さんのような男性が、這々の体で背中から滑り落ちてきました。
「水仙の聖力が傷に効くから連れて行ったんだけどさ、元気になりすぎだっての……」
まぁ。それは、初めて聞きました。
「……もしかして、霊獣医さんですか?」
「うん。君は? 騎士には見えないけど」
「今日から霊獣舎で働き始めました、フィオナ・ベルと申します」
右手を出すと、彼は服で手を拭ってから握手してくれました。
「僕はエルネスト。この翼狼はリオだ。よろしく、お嬢ちゃん」
緑色の瞳がいたずらっぽく細められます。
一緒に道を歩きながらしきりに感謝されましたが、助かったのはこちらの方です。まったくの反対方向へ向かっていました。危うく敷地内で遭難するところです。
「にしても、すごい聖力だね。驚いた」
……うっ。これは誤魔化さなくてはいけません。
えーと、えーと。
「実はですね……私、超強力な聖笛を持っているんです」
「へえ? 見せて」
「それはダメです! 門外不出の聖笛ですので!」
エルネストさんは目を瞬き、「……了解」と納得してくれました。……多分。
でも、霊獣医さんでも制御不能になることがあるんですね?
……これは本当に聖笛の改良が必要なのではないでしょうか。魔物討伐中に霊獣が暴れたら、聖騎士に被害が出てしまいます。
……まぁ、私が率先してやることでもありませんし、今度アルに相談してみましょう。
「クーン、クゥーン」
リオが大きな羽で優しく触れてきました。
「あらあら、飛びたいんですか?」
「怪我で長い間飛べなかったからなぁ。さっきも嬉しくてはしゃぎすぎたんだろうな」
エルネストさんが眉尻を下げながら、リオの頬を撫でました。
「じゃあ、一緒に乗って帰りましょうか」
「……免許持ってる?」
「なんです?それ」
「知らない? 同乗者も免許持ちでないとダメなことになっただろ?」
……知りませんでした。
「でもまぁ、お嬢ちゃんの"超強力聖笛"がないと、また振り落とされそうになっても困るしなぁ。まぁ、騎士団の敷地内で公空じゃないし、いいか」
「では!」
私はひらりとリオにまたがりました。
手綱を持ち、聖力を流して飛翔の意思を伝えます。
「クゥゥーン!」
オッケーいただきました!
「えっ、俺が後ろ?! 腰持っていい? セクハラって言わない?!」
エルネストさんが矢継ぎ早に質問をしてきます。
「はい! 乗ってください! 飛びますよー!」
「待って待って!」
エルネストさんは慌てて飛び乗り、私の腰に手を回しました。
「これ、エリンさんに見られたら怒られるよなぁ」
何かぶつぶつ言っていますが、翼狼の羽ばたきでよく聞こえません。
「上昇!」
ぶわっと風が舞い上がり、一瞬で空へ飛び立ちます。
気持ちいいー!!
「最高ですね!!」
「速っ!! ちょ、待っ、えっ?!」
「旋回!」
ぐわっと加速がついて、ブレーキをかけつつ後ろ足が滑るように流れます。
「君、走り屋?!」
エルネストさんは、がっしりと腰にしがみついて泣きそうな声で叫びました。
まあ!人聞きの悪い。
……あ!でもエルネストさんは霊獣医さんで聖騎士ではありませんでした。
もっとゆっくり行きます。
手綱で意思を伝えると、リオは「ちぇーっ」という顔をしましたが、羽ばたきを抑えてくれました。
「……死ぬかと思った……」
エルネストさんはがっくりと項垂れ、私の背中に額を押しつけました。
「君……霊獣世話係やめて、聖騎士になったら?」
「聖騎士は愛され女子というより、カッコいい女子なのでダメです」
「……なんだ、そりゃ」
呆れたような笑い声が聞こえてきます。
霊獣舎の敷地が見えてきました。
巨大な空き地があり、そこで乗降をするのですが、今、数十頭がそこで整列しています。
「あー、確か霊獣飛行部隊の演習があるって言ってたな。帰ってきたんだろ」
……それって、もしかしなくてもアルがいるのでは?無免許運転、怒られる流れでは?
うーん。
「もう少し空の旅を楽しみましょうか! 夕日が綺麗ですしね」
そう言うと、リオが「くぅん」と鳴きました。
あれ?飛びたくないんですか?
首をひねっていると、エルネストさんが下を指差しました。
「あー、わかった。あの子がいるからだ。こいつの片想い相手」
「えっ?! どの子ですか?」
恋バナは大好物ですよ!
あっ!きっとあの子です!
真っ白ふわふわの翼狼ちゃん!
「可愛いですねぇ」
「くぅん」
だろ?と自慢されているみたいです。
そんなことを話していると、飛行部隊は解散になったようで、皆さん霊獣舎の中へ向かっています。そして最後の一組が入ったところでこっそり降りようとして、気付きました。
空き地の中央に、腕組みをしてこちらを見ている一人の人物──。
「……うわぁ、団長だ」
ですよね?あれ団長ですよね?
私、二日目で首ですかね?
聖笛の音が空に響き渡ります。
アルの聖力がこめられた、ピー、フッという音に、リオが反応します。
これは「団長命令、降りて来い」です。
はぁ、また就活ですかね……。




