第5話 ランチと膝枕
「……で、話というのは?」
誰もいない、小さな中庭のベンチに腰掛け、アルはぶっきらぼうに言い放ちました。
……まだ不機嫌なんでしょうか。
「お昼休み終わっちゃいますし、食べながらお話ししますね」
私は膝の上でお弁当を広げました。
今日は、ライ麦パンに生ハムと羊のチーズを挟んできました。
アルのランチは、白パンにパプリカを使ったサラミとチーズを挟んだサンドウィッチです。
……あのサラミ、ピリ辛で美味しんですよね。
じっと見ていると、苦笑されてしまいました。
「欲しいのか?」
「……えっ。で、では、一つ交換しませんか? 羊のチーズ、好きですよね?」
「よく知ってるな」
「……いや! ほら騎士って筋肉大事ですからね! 羊チーズのタンパク質を愛してやまないのが騎士ってもんですよ!」
「……なるほど」
「はい、どうぞ!」
私はサンドウィッチをアルの手に押し付けました。
ふぅ、なんとか誤魔化せましたね。
「……お、うまいな」
彼は一口かじってそう言うと、三口で食べてしまいました。
「よく噛んで食べないといけませんよ?」
「……すまん」
ふふ、子どもっぽいですねぇ。
私もアルからもらったサンドウィッチを、ぱくりと頬張りました。
んー!美味しい!
もぐもぐと口を動かしながら、回廊で四角く切り取られた空を見上げます。天高く、翼竜が飛ぶ姿が見えて、思わず笑みが浮かびました。
ここは隊長室のある棟で、あまり人の出入りがありません。
とても静かで、鳥の鳴き声だけが聞こえてきます。
それに日差しがぽかぽかと暖かくて気持ちいいです。
「もしかして、いつもここで食べてるんですか?」
「ああ、天気が良くて暖かい日はな。それ以外は部屋で食ってる」
「じゃあ、どうして今日は食堂に?」
「……別に、ただの気分転換だ」
「へぇ……」
あ、ダメです。
お腹がいっぱいで暖かくて……。
目をつむったら、眠ってしまいます。
………………ぐぅ。
──団長、その子、誰ですか?
……? 女性の声がします。
あぁ、でも眠すぎて目が開きません。
「霊獣舎の新人だ」
「まぁ、それは制服を見ればわかりますけど……綺麗な子ですねぇ。妖精みたい」
「……」
「ところで、どうして膝枕してるんですか?」
「……寝てしまった」
「いや、だからそれは見ればわかります。団長との関係性と、膝枕の必然性について伺っております」
「……起こしたら可哀想だろう」
「つまり、話をはぐらかしたい関係性で、膝枕に必然性はないけれども、そうしたいということですかね?」
「…………」
「沈黙は肯定ととらえますよ? エリンに怒られるのは私なんですから、自重なさって下さい。さっきもうちの聖騎士がチェルシーに構いすぎ!って、ぷんすかしてましたから」
……ふふ。アルったら、怒られてるみたいですねぇ。
あ、なんだか頭がふわふわと気持ちいいです。
「団長、撫でてますよ? 気付いてます?」
「……ん? ああ、すまん」
あっ、やめないでください……。
「……団長、この子と昨日会ったばかりじゃないでしょう」
どきん、と心臓が跳ねました。
今までうつらうつらと話を聞き流していましたが、すっかり目が覚めました。
でも今、目を開けるわけにはいきません。
……ん?
私、どこに寝てるんでしょう。
なんだか頭が温かいです。
薄く瞼を開けると、横向きの景色が見えました。
……あれ? あれれ?
頭が混乱してきました。
「この子は……」
「……ああ、答えなくてもいいですよ。プライベートに口出す気はありません。ただ、昨今は色々うるさいので、女性に手を出す時は同意を得てからにしてくださいね」
「……っ?! 手を出す気など……!」
「はいはい。では、午後の演習には遅れないようにお越しくださいね」
くるりと踵を返す、聖騎士の制服が見えました。薄目のまま見ていると、その人はまたこちらを振り返りました。
「……あ、その子起きてますよ。では」
…………っ?!
女性騎士さんは今度こそ行ってしまい、中庭に静けさが戻ってきました。
「……」
「……」
「……いつから聞いてた……」
どどど、どうしましょう!
寝たふり続行がいいですかね?!
アルが私の顔を覗き込もうとして、影が差します。私は思わずアルの膝に顔をうずめました。
……やっぱり、これ膝枕でしたね。
温かいはずです。
アルの足がぴくりと動き、それから大きなため息が落とされました。
そうですよね。上司が部下に怒られてたなんて、恥ずかしいですよね。私もあなたによく怒られましたけどね?
「あの、怒られてたことは、誰にも言いませんから……っ」
「…………は? あの会話聞いて、言うことがそれか?」
なんで怒るんですか?!
だって、最初は寝ぼけてましたし、目覚めた後は混乱して、ほとんど話なんて聞いてません。
彼はため息混じりに呟きました。
「……まぁ、俺はただの"親鳥"だしな」
あっ!!
それを訂正しに来たんでした!
私は、がばっと起き上がり、アルの左手を掴みました。彼はわずかに仰け反り、目を見開きました。
「団長は親鳥なんかじゃありません! あなたは……」
沈黙。
…………あれ?
次、なんて言うんでしたっけ?
お布団……は却下されたんでした。
えーと、えーと。
しまった!寝たら忘れました!!
仕方ありません。アドリブで乗り切りましょう。
「あなたは……その、大事な人です。すごくすごく、私にとって、大切な人です」
言ってから気づきます。
……いや、これ出会って二日目の人に言う台詞じゃないですよね?完全に頭、沸いてます。
案の定、アルは目を丸くして私を見ています。
けれど数秒後、ふっと目を細めて、私の頬に優しく触れました。
…………?!
「無理するな。俺が、大人げなかっただけだ。雛鳥でいたいなら、今はそれでいい」
……どういう意味でしょう。
黒い瞳に揺れる何かから、私はさっと目をそらしました。
なんだか、彼の顔を見れません。
頬が熱くなるのが自分でもわかります。
これは、なんでしょう。
「……さて、昼休みも終わりだ。仕事に戻るぞ」
頬から手が離れ、ほっとしたような、寂しいような気持ちになります。
「あの、サラミのサンドウィッチ、ありがとうございました」
「こちらこそ、羊のチーズは大好物だ」
なんだか名残惜しくて、会話を探してしまいます。でも、もう行かなくては。
ぺこりと頭を下げて戻ろうとすると、背中に声がかかりました。
「よかったら、たまにはここで一緒に食べないか? 今日みたいに」
なぜだか、心臓がドキドキします。
私は振り返ることができず、ぽつりと答えました。
「……サラミが、あるなら……」
あっ、これ絶対、愛され女子は言わないやつです!でも緊張して、他に何も思いつきません。
アルは声をたてて笑いました。
「分かった、準備しよう。じゃあ……またな」
ゆっくりと振り返ると、中庭を抜け、庁舎に入る背中が見えました。
たまに……って、どれくらいの頻度なんでしょう。
私は毎日でもいいんですけど……。
って、ほら、サラミは美味しいですからね!
それだけです、他意はありません。
……多分。




