第4話 団長の腕の中は安心安全です
「……」
「……」
二人とも無言で、しばらく抱き合っていました。
愛され女子は、こんな時どうするんでしょう。確か……本で読んだはずです。
「きゃっ、ごめんなさい」と言って顔を赤らめて、頬に手を当てて……。
そんな風に考えたのに、結局、私は彼から離れませんでした。
だって、この広い胸はとっても安心します。
心臓の音がとくとくと聞こえて、なんだか守られているみたい。
──ああ、そうか。
前世で一緒に翼竜に乗った時みたいですね。
山の稜線を夕陽が赤く染めて、夜の迫った紺色の空には一番星が輝いて。
あの時もお説教をされた気がします。
ちっとも覚えていませんけれど。
「……大丈夫か?」
吐息のような、掠れた声です。
「はい」
「……そうか」
アルはそれ以上、何も言いませんでした。
でもほんの少し、私を抱く腕に力がこめられた気がします。
その時、かつん、と足音が聞こえました。
「……団長、何をされているんです?」
エリンさんの声です。
私は、はっとしてアルから身を離しました。
今は、お仕事の最中でした!
「すみません! サボっていたわけでは……っ!」
「え……気にするの、そこですか?」
チェルシーが小声で言って、首を傾げました。
エリンさんはため息を吐いて、つかつかとこちらに歩いてきます。そして、腰に手を当てて、団長に詰め寄りました。
「お戻りが遅いので、心配になって様子をうかがいに参りました。それで……うちの新人と何をされているんですか? 貴重な人材が辞めたらどうしてくれるんですか?」
なんだか、怒っているというより、切実な声です。霊獣舎の離職率が高いという話を聞いたことがありますが、本当だったようですね。
「いや、俺は何もやましい気持ちで抱いていたわけではなく、ピエラが彼女を押して……!」
「それだけで、あんなにぎゅっと抱きしめますか?」
「……いや、それは……」
アルがしどろもどろになっています。
ここは助け舟を出してあげなくては。
「エリンさん、団長の胸はとっても落ち着くんですよ。雛鳥になった気分を味わえます。やってみますか?」
エリンさんは目を瞬き、アルはなんだか複雑な表情を浮かべて私を見ました。
「それは……夫に怒られるからやめておくわ。あなた、イヤじゃなかったの? 団長だからって我慢しなくていいのよ?」
まぁ……なんてホワイトな職場でしょう!
エリンさんは上司の鑑です!
「お気遣いありがとうございます。でも全然イヤじゃありませんよ。団長は安心安全の親鳥です!」
「親鳥……」
アルがものすごく不満そうな顔でこちらを見ます。褒めてるのに、おかしいですね。
エリンさんは、うんうんと頷きました。
「そう? だったらいいのだけど。でも団長は気をつけてくださいね」
「……ああ」
アルは短く答えると、くるりと踵を返しました。そしてそのまま霊獣舎を出て行ってしまいました。
……どうして、急に不機嫌になってしまったのでしょう。
私とエリンさんは目を見合わせ、同時に首を傾げました。
「わかりませんね?」
「そうね」
その横で、チェルシーがピエラに話しかけています。
「この人たち、大丈夫かしら……」
「クルル」
「そうよね、鈍感よね」
「クルルー、キュルン」
「わかる。男心が分からなすぎよね」
「チェルシーさん! ピエラの言葉がわかるんですか?!」
思わず興奮して、チェルシーの両手を包み込んでしまいました。
「ううん? でも多分ピエラと私の女子力は同じレベルだと思うわ。エリンさん、よく結婚できましたね?」
「……えっ? 私?!」
新人にズバッと言われて、エリンさんは悩んでしまったようです。頬に手を当てて、しきにり首を傾げています。
「フィオナさんは、団長に謝った方がいいですよ。"ほんとは親鳥だなんて思ってません。あの時は恥ずかしくて……"って言えば解決です」
……なるほど?
私は首をひねりました。
でも、それのどこが謝罪なんでしょうか??
親鳥というワードチョイスがダメだったのでしょうか。
他に温かく包み込んでくれるもの……。
あ!
「団長はお布団みたいですね! というのはどうでしょう? ねぇ、エリンさん」
「そうね、いいと思うわ」
「ダメです」
チェルシー、即答です。
エリンさんは頭を抱えてしまいました。
「ほんっとに鈍いですね? 安心されて喜ぶ男性がどこにいるんですか? 長年連れ添った夫婦じゃあるまいし」
……でも、安心っていいことですよね?
チェルシーの言うことはよくわかりません。
そう思って、はっと気付きました。
愛され女子チェルシーの言うことの方が、正しいに決まってるではありませんか!
私なんかが意見するのは百万年早いです!
「わかりました師匠! お昼休みに、そう伝えます!」
でも、チェルシーは、ものすごく不安そうな目で私を見ます。
「うん……がんばって」
あれ?なんだか全然期待されていないような。
自称、あなたの弟子ですよ?!
チェルシーは「……まあ、いいか」と呟くと、気持ちを切り替えるように、ぱんっと手を叩きました。
「さぁ! お仕事再開しましょう。ね、エリンさん、フィオナさん」
◇◇◇
正午を回り、私はチェルシーと食堂へ向かっていました。
聖騎士団にはいろんな部署がありますが、食堂は大きなものが一つだけです。
だから、あそこに行けばアルに会えるはずです。
「チェルシー、初仕事はどうだった?」
聖騎士が話しかけてきました。
チェルシーはにっこりと微笑みます。
「まだ慣れなくて大変ですけど、とっても楽しいです。霊獣たちも懐いてくれて、可愛いんですよ」
「そうか。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」
「はい! ありがとうございます、レオンさん」
私は懐からメモ帳を取り出して、さらさらと書き付けました。
……大変、でも楽しい、霊獣も懐いてるアピール。それから名前を呼ぶ。
よし、覚えました。
食堂に到着して空いている席を探すと、すぐに声がかかります。
「チェルシー、こっちおいでよ」
「チェルシーさん、隣どうぞ。あ、お友達もご一緒に」
……ついでなの、バレてますからね?
とりあえず席につき、聖騎士の皆さんに団長について訊ねてみます。
「あの、団長はどこでお昼ご飯食べるんですか?」
そう聞いただけなのに、空気がざわっと揺れました。彼らは目配せをして、肘でつつき合っています。
「お前が聞けよ」
「いや、お前が……」
やがて一人の青年が重たい口を開きました。
「君って……団長の何?」
……何、とはなんでしょう。
元上司? でもそんなこと言えませんし。
「親戚か何か? 親友の娘さんとか?」
「今朝、並んで歩いてただろ? なんで?」
どうしてそんなことが気になるんでしょう。
「赤の他人ですよ? 今朝は翼竜の搬送について、聞いてたんです」
「君、新人だろ? なんで君に?」
「話しかけたのか?」
「いえ、話しかけられたんですよ?」
あ。アルです。
聖騎士の後ろに立って、しかめっ面をしてます。
「あの団長が?!」
「魔族も裸足で逃げ出すあの鬼団長が?!」
……あらあら。怒られますよ。
「誰が鬼だ」
聖騎士たちの顔が青ざめます。そしてさっと立ち上がり、敬礼をしました。
「……座れ」
アルはそう言って、なぜか私の前に腰掛けました。
聖騎士の皆さんも後に続いて席に着きました。
でも誰も昼食に手をつけようとしません。
……あ、確か、一番上の人が食べ始めるまで、食べられないんでしたね。
うーん、こんな雰囲気のランチは可哀想です。
ここは私が一肌脱ぎましょう!
「団長、お話があります!」
私はテーブルをばん、と叩いて立ち上がりました。
「……何だ?」
もう! 鈍いですね!
「二人きりでお話がしたいんです」
しん、と沈黙が落ちます。
……あれ?
「あ、あの親鳥の件につきましてですね? 見解の相違と言いますか、私はあなたのこと……むぐぅ」
また、口を塞がれました。
隣でチェルシーが、ぷっ、と小さく吹き出しました。
「……わかった。ついて来い」
アルは解きかけたお弁当を持ち上げ、すたすたと行ってしまいます。私も慌てて後を追いました。




