第3話 翼竜ピエラとの再会
「キュルルルル!」
霊獣舎の制服を受け取る間、ピエラの声がずっと聞こえていました。
それは、どんどん切ない声音に変わっていき、最後には泣き叫ぶようになってしまいました。
受付のお姉さんが、首を傾げます。
「ものすごく気難しい……はずなんだけど」
私とチェルシーは真新しい制服を抱いて、更衣室へ向かいました。
「翼竜って、私見たことないんです。懐いてくれたらいいなぁ」
「……そ、そうですね。でもきっと、ベテランさんが担当されますよ」
声が上ずりました。
でも、ピエラの噂が間違っていて、ほんとはすっごく懐っこい子かもしれません。私はその可能性に今日のお弁当を賭けます!
「キュルル……」
遠くから、また鳴き声。
……早く会いたい。
でも、会ったら絶対にバレます。
複雑な気持ちを抱えたまま、更衣室に入りました。
「わあ! 制服、可愛い!」
チェルシーが目を輝かせます。
ここの制服は三種類あって、好きなものを選べるそうです。
数年前、女性の聖騎士団総帥が「私は見目麗しい女子が好きだ」という名言と共に変更したらしいです。グッジョブです!
チェルシーは迷わずワンピースを手に取りました。
「私、これにします!」
……絶対似合います。
私はシャツとスカートを選んで、着替えました。本当は動きやすいパンツスタイルがいいのですが、愛され女子はスカートですからね!
鏡を見ると──
うん、着れてますね。
機能してます。
豊かとは言えない胸はシャツの邪魔をしませんし、色気のないふとももはちゃんと黒いスカートに隠れています。銀の髪と瞳は血色の悪い肌をますます白く見せています。
隣では、チェルシーがくるりと回っています。
完璧。天使ですか?
お花が舞う幻さえ見えてきます。
「フィオナさん、綺麗! 銀色の妖精さんみたい」とチェルシーがお世辞を言ってくれます。
「……ありがとうございます」
その優しさが、胸に刺さります。
着替え終わると、霊獣舎の責任者──エリンさんが現れました。
「新人二人ね。案内するわ」
エリンさんは凛とした女性で、無駄のない動きをします。茶色の髪を一つくくりにしているだけなのに、地味に見えないのはなぜでしょう。崩し方が絶妙なのでしょうか。
制服はもちろんパンツスタイル。細くて長い足が美しいです。
霊獣舎の前で、設備や消毒の説明などを一通り受けてから、ガラガラと扉が開けられました。
「まずは霊獣たちに挨拶。それから──」
「キュルルルル!」
また、ピエラの鳴き声です。
聞いてるこちらまで幸せになるような、すごく嬉しそうな声です。
「……あの子、搬送時は怒り狂ってたんだけど」
エリンさんが首をかしげました。
「さぁ、行くわよ」
心臓が、バクバクと鳴り始めました。
……いよいよです。
霊獣舎に足を踏み入れた途端、様々な鳴き声が私たちを包みました。
鳥が高く鳴くような、獣が咆哮するような、精霊が歌うような──私はうっとりと目を閉じました。
けれど、それらはいつの間にかぱったりと止んで、しん、と静まり返りました。ただ、ピエラの声だけが奥から響いてきます。
恐る恐る目を開けると──すべての霊獣が、こちらを向いて首を垂れていました。
「え? 何? 何が起きたの?」
エリンさんが狼狽えながら、きょろきょろしています。
「これって、昨日も……」
チェルシーが可愛らしく首を傾げます。
……すみません。犯人は私です。
業務の手を止めてしまい、本当に申し訳ございいません……っ!
「キュルルルル! クルルルルルルル!」
ピエラ……。
はっ!!
気づいてしまいました!
ピエラが私と仲良くしているところを見れば、この子たち安心するのでは?!
善は急げです!
「エリンさん! お手洗いへ行って参ります!」
「そっちじゃないわよ?!」
私はピエラの声がする方へ走りました。
通路を抜け、奥の扉を開けると、そこには、大きな檻がありました。
中には、赤銀色に輝く翼竜──ピエラ。
「キュルルルル!」
私を見た瞬間、ピエラが跳ね上がりました。
檻に体当たりして、前足を伸ばして──
まるで、抱きしめようとするみたいに。
「……ピエラ」
涙が出そうになりました。
あの頃は、まだ小さくて。
私の膝の上に乗っかるくらいだったのに。
今では、こんなに大きく、立派になって。
「会いたかった……」
小さく呟くと、ピエラが応えてくれます。
「クル……ル……」
か細い声。
ああ、この子も。
寂しかったんですね。
私も、ずっと会いたかった。
「ごめんね、遅くなって」
檻に手を伸ばすと、ピエラが顔を擦り寄せてきました。
温かくて、柔らかくて。
鱗の感触が、懐かしくて。
「キュルル……」
満足げに目を細めるピエラ。
「大きくなりましたね」
「クルル」
「元気だった?」
「クルルル!」
まるで、会話しているみたい。
……はっ!
だったらピエラからみんなに言ってもらえば、万事解決です!
「お願いがあるんです、ピエラ」
私はピエラの前足をきゅっと掴みました。
「クル?」
「霊獣たちが私にひざまずくんです。私はあの子たちと仲良くなって、もふもふして、愛され女子になりたいんです!! だから協力してください!」
「クルゥ?」
ピエラが首を傾げます。
けれど、それは言葉が分からないのではなく、どうやら私の意図が分からないようでした。
「あのですね、霊獣ともふもふできる女子は可愛いんです。可愛いは正義なんです。そしたら愛され女子まっしぐらなんです。ピエラも女の子だから分かりますよね?」
私の圧に驚いたように、ピエラは目をぱちぱちと瞬きました。
けれど、すぐに「キュルっ!」と応えてくれました。
「ピエラ大好き!」
私は彼女の手を頬にこすりつけました。
「クルルルー!」
うふふ。相思相愛です!
「……ほう。ずいぶんと懐かれているな」
この声は……。
「気難しくて誰にも懐かない翼竜だったはずなんだが」
私はそろそろと振り返りました。
アルが腕組みをしながら、こちらをうかがっています。
……どうしてここにいるんですか?!
騎士団庁舎に戻ったはずでは?
とにかく、ここはなんとか切り抜けなければいけません!
「団長……衝撃の事実が判明しました」
「……ほう?」
「この子、実はものすごーく懐っこいんです。触ってみます? 触りたいですよね? 触りましょう!」
私はアルの腕をぐいっと引っ張りました。
「……っ!」
息をのむような気配に、私は首を傾げました。
彼を見上げると、目をそらされます。
まさか……。
「怖いんですか?」
「違う」
そうですよね?
聖騎士団の団長ともあろう人が、翼竜を怖がるはずありません。
釈然としないながらも、私はアルをピエラの前まで連れて行きました。
「ピエラ、あなたは、とーっても懐っこい子なのに、みんなに誤解されて苦しかったですね。この人はアルベルト・ハイゼン団長。大聖女のお友達ですよ」
アルの手首を掴み、半ば強引にピエラの前足に触れさせます。
「クルル!」
ピエラは怒りません。鼻先をアルの手に近づけ、ふんふんと匂いをかぎます。
……なんて賢い子なんでしょう!
私の意図を完璧に汲んで、懐っこいふりをしてくれています!昔はアルの指を噛んだものですが。
「なるほどな。そうきたか」
……何がです?
「では、ピエラの世話係は誰でもいいということだな。こんなに懐っこいんだから」
私とピエラは、はた、と目を見合わせました。
それでは、ピエラにストレスがかかってしまいます。ずっと演技なんてできません。
ピエラが不安そうに私を見ています。
「団長! 私、ピエラの世話がしたいです!」
「そうか。だが、新人に任せる仕事とは思えん。翼竜は聖騎士団にとって大切な存在だからな。誰にでも懐くのなら、ベテランに任せた方がいいだろう」
「ででで、でもですね?! 私、ピエラの言ってることがわかるんです!」
「……ほう」
アルは、なんだか愉快そうな目で私を見下ろしています。
……ちょっと腹が立ちますねぇ。
「ピエラ! 団長が大聖女の騎士だった時の失敗談を教えて!」
「……はぁ?!」
アルの抗議は無視です。
「クルルー」
「ふむふむ」
「クルークルル」
「ええっ?!」
「クルー……」
「あら、まぁ」
「……何と言っている」
「団長。祝勝会で飲みつぶれて、翌朝、大聖女の……むぐっ!」
アルの大きい手で、口を完全に塞がれてしまいました。
「わかった! わかったからそれ以上言うな!」
私はこくこくと頷きました。
アルの顔がほんのりと赤いです。
そんなに恥ずかしかったんでしょうか。
彼は、ぱっと手を離しました。
「ぷはぁ! もう、ひどいです団長」
「どっちがひどいんだ。しかも、それはピエラの記憶とは限らないんじゃないか?」
「えっ、聖騎士団周知の話なんですか? まぁ……恥ずかしい」
「違う!」
アルはそう叫んで、深いため息を吐きました。
「……わかった。ピエラの世話は君に任せよう。ただし、言葉が分かることは、誰にも言うな」
「ほんとですか?! ありがとうアル!」
「…………」
また、やってしまいました。
「……アルベルト・ハイゼン団長」
アルは眉間に手を当てて、小さく首を振りました。
「クルゥ……」
私の背後で、ピエラが何か考え込んでいる声が聞こえました。
振り向こうとして──とん、っと鼻先で押されてしまいました。
あっ、と思った時には、私はアルの腕の中にいました。




