第2話 団長、空気を読みましょう
翌朝、私は意気揚々と聖騎士団の門をくぐりました。
今日から愛され女子への道が始まるんです!
友達を作って、お茶して、恋バナして──
あ、仕事もしますよ。一応。
……そのために、今日やることは、ひとつ。
霊獣たちを説得して、子猫のように振る舞ってもらうんです。
昨日みたいにひざまずかれては、皆様からドン引きされてしまいますからね。
「おはよう。君、新人さん?」
その声に振り返ると、桃色髪の美少女が、聖騎士に話しかけられていました。
会話の内容は聞こえませんが、なんだか楽しそうです。
……あれです。
ピンときました。
私が目指すべきは、彼女です。
霊獣に懐かれ、聖騎士に話しかけられ、笑顔で対応する──あれこそ愛され女子では?
でも、おかしいですね。
いつの間にか彼女の周りには三人の男性が群がっているのに、私には誰一人として声を掛けてくれません。
……顔ですか? それとも胸ですか?
現実は残酷です。
その時、後ろから声がかかりました。
「おはよう」
低い声。
来ました!
私は満面の笑みで振り返りました。
「おはようございます!」
………………。
……団長。
「……元気だな」
「はい……まぁ、はい」
……勘弁してください。
あなたみたいな仏頂面のお偉いさんが隣にいては、誰も私に声を掛けられないじゃないですか?!
空気読みましょうね? アル。
でも、昔から真面目が服着て歩いてるような人でしたからね。愛され女子とか言ったら、眉を顰められるに決まっています。
「霊獣は好きか?」
唐突な質問です。
でも笑顔で答えます。
「もちろんです! 可愛いもふもふ、クールなつるつる、どちらも大好きです!」
「そうか。今日は新しい霊獣が搬送されてくる」
「どんな子ですか?」
「翼竜の雌だ。名はピエラ」
「……ピエラ?!」
まさか、あの?
私が聖女だった頃に飼っていた、翼竜の幼体。
きっと、すっかり大きくなってるんでしょうね。楽しみです!
ふと、視線を感じて横を見上げると、団長がじっと私を見ていました。
……あれ?
ひっかけ問題か何かですか? これ。
「えっと、名前が可愛すぎて驚いちゃいました」
ふぅ。危ないところでした。
「ああ、そうだな。先の大聖女リア様が名付けられたんだが……ネーミングセンスは壊滅的であらせられたからな」
……なんですって?!
聞き捨てなりません!
「か、可愛いではありませんか! 翼竜だって女の子なんですからね? それに私、聞きましたよ? ピエラと赤雷号、どっちがいいかって!」
「……なるほど?」
アルの目が探るように細められます。
……私、バカなんでしょうか。
「……そう、本で読みました……」
「なるほど」
小さく、笑われてしまいました。
「まぁ、名付けのセンスともかく、霊獣たちには慕われていらっしゃった。聖騎士にとっては、頭痛の種みたいな人だったが」
……あれ?
なんか軽くディスられてませんか?
そこは聖騎士にも慕われていたとか、俺も好きだったとか、告白してくれてもいいんですよ?!
「で、でも、大聖女さまは聖騎士たちのこと、大切に思っていましたよ、きっと。……多分」
「だといいんだがな。なんの報告もなしに翼竜にまたがって、前線に飛ばれるような御方だったからな。お守りするこちらの身にもなって欲しかったが」
……うっ。
でもあれには事情があってですね?!
ほんとに、ほんとに緊急だったんです!
でも、そんなこと言えませんし……。
「それは、その、迷惑な大聖女さまですねぇ」
「迷惑じゃない。心配しただけだ」
彼はぴたりと足を止め、こちらを真っ直ぐに見ました。
──真剣な瞳。
その瞳に、前世の記憶が重なります。
いつも真面目な顔で、私の後ろに控えていた、あの頃の彼が。
……ああ、そうか。
私のこと、心配してくれてたんですね。
彼に掛けられた言葉が、脳裏によみがえります。
『ですから、先般、申し上げましたよね? 危険な行為はくれぐれも慎んでいただくように、と。人の話、聞いておられます?』
『どこに行かれていたのですか? 報告、連絡、相談。社会人としての常識ですよ』
『休むことも仕事のうちです。ご理解いただけましたか?でしたら早く寝てください。花火? 何を子どもみたいなことを』
……あれ?
おかしいですね。
なんか叱られてばかりじゃないですか?
あれが……心配?
………………。
……不器用にもほどがありませんかね?!
気付けば、私たちは霊獣舎の前に着いていました。
霊獣舎は敷地の最奥に位置しています。
いつの間にか、騎士団庁舎への道は通り過ぎてしまっていました。
「……では、またな」
彼はそう言うと、来た道を戻っていきました。
遠ざかっていく背中を見ながら、私は首を傾げました。
……だいぶ、うっかりさんですね?
毎日通ってるのに、道を間違えます?
ふふふ、おかしい。
「おはようございまぁす」
少し遅れて、美少女が到着しました。
桃色の髪が、ふわりと肩で揺れています。
陽の光を受けて、柔らかく輝いて。
まるでお菓子のような、甘い香りが漂ってきました。
薄く色づいた唇。
ほんのり桃色の頬。
長い睫毛が、ゆっくりと瞬きます。
彼女はにっこり笑って、手を差し出しました。
「私、チェルシー・リュクスっていいます。よろしくお願いしますね」
握手をすると、手がふわふわで柔らかくて。
爪も、綺麗に整えられていて。
うっすらとピンクのマニキュア。
……完璧すぎませんか?
「フィオナ・ベルです。よろしくお願いします」
声が上ずりました。
団長よりも、よっぽど緊張します。
私たちは霊獣舎の門をくぐり、事務所に向かいました。ここで制服を支給されるらしいです。
「フィオナさん、どうして団長と一緒だったんですか?」
チェルシーが、ぱちぱちと瞬きをします。
そのたびに、まぶたがキラキラと輝きます。
……可愛いなぁ。
「フィオナさん?」
はっと我に返ります。
「……え、えぇと、途中の分かれ道を間違えたみたいですよ。ぼんやりしてますよねぇ、あの人」
今はアルのことなんてどうでもいいです。
この愛され女子を観察して、色々吸収しなくては。
「ぼんやり? 団長って厳しくて有名なんですよ。ほら、数年前に話題になったでしょう? 西の境界門を破壊する部隊を率いた功績で、史上最年少で団長になったほどですから」
そうなんですか?あれをアルが?
境界門は魔界と繋がっていて、近付くのも困難だと言われていたのに。
「彼、すっごく男前ですよね」とチェルシーがいたずらっぽく笑います。
……男前?
そういう観点で見たことがありませんでした。
ただ、聖騎士として強かったことは確かです。
戦略、戦術面においては柔軟なのに、なぜか日常では生真面目で融通がきかなくて……まぁ、要するに仕事にステータス全振りしてる、ちょっとぽんこつなのだと思います。
その時、どこからか鳴き声が聞こえてきました。
「キュルルルル……!」
心臓が跳ねます。
この声、まさか──
「ああ、翼竜が搬送されてきたのよ」
受付の女性が教えてくれました。
「ピエラっていう子。すっごく気難しくて、誰にも懐かないから困ってるの。急遽、ここに搬送されることに決まって……」
ピエラ。
やっぱり、あの子──!
「キュルルル!」
また鳴き声が聞こえました。
なんだか、呼ばれているような。
「……フィオナさん?」
チェルシーが不思議そうに私を見ます。
「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
「あ、はい、大丈夫です……」
大丈夫じゃありません。
ピエラに会ったら、絶対にバレます。
私の聖力は前世と同じですし、霊獣は聖力の質や、微細な揺れすら感知します。
……どうしましょう。




