第28話 好きな人には好きだと言わなくちゃ!
それから私たちは広場へ移動しました。
エルネストさんがヴラニミルをピエラの前へ促します。
「では、まずはピエラに聖力を流していただけますか?」
ヴラニミルは「了解した」と言って、そっとピエラの羽に触れました。
ピエラはまともに彼を見れないようで、ずっと目を逸らしています。
私は祈るように手を組んで、二人を見守りました。
なんだかこちらまでドキドキします。
つがいだと思ってる大好きな人に触れられて、ぴったりの聖力を流されるなんて、どんな気分なんでしょう。
「聖力の形だけが、つがいの決め手ではないのだろう?」
団長が私の横に立ち、小声で話しかけてきました。
私はこくりとうなずきました。
「一度形を合わせてみたのですけれど、ピエラはすごく喜んでくれましたよ。でももちろんつがい判定はされませんでした」
ふふ、と笑うと、団長は苦笑しました。
「聖力が合う、というのはどんな感じなんだろうな」
「やってみますか?」
そう言うと、団長の眉が少し上がりました。
言ってしまってから気付きます。
合わせるには触れなければいけません。
でもこれは業務の一環です。やましい気持ちなんてありません。
いえ。
嘘です。
やましさの塊です。
触れたくて仕方ありません。
私は何でもないことのように、手を差し出しました。でも心臓はバクバクと打っています。断られたら、と思うと怖くなってしまいました。
けれど、団長は少しためらいながらも手を重ねてくれました。
ほっとした顔を見られてなければいいのですが。
「……いきますね」
私は彼の中に聖力を流し、同じ形に合わせていきました。
やっぱり──すごく温かい。
前に形を変える練習をした時にも感じましたが、彼の聖力はとても温かいのです。
もしかしたら、ピエラは形だけではなく、温度や手触りのような感覚も合わせて判断しているのかもしれません。
結界構築や治癒では、形くらいしか気にしたことはありませんでした。こんなふうに聖力のやり取りをする機会もあまりありませんでしたし、もしかしたらもっと研究の余地があるのかもしれません。
「どうですか?」
そう聞くと、団長は首を捻りました。
「正直……よく分からん。動きは把握できるが……」
「温度感はどうです? 団長の聖力に触れていると温かいです」
「聖力に温度があるのか?」
「はい」
団長は小さく息を吐きました。
「俺に分かるのは、君の手が温かいことくらいだ」
その言葉で、意識が手の方に向いてしまい、合わせていた聖力の形が崩れました。
「す、すみません」
「……いや、形を合わせられるより、君本来の聖力の方が心地いい」
私は何とも答えられませんでした。
……深い意味はないのでしょうが、なんだか嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちです。
「あのさぁ」とエルネストさんがこちらを振り返りました。
「それ以上やるなら聖石つけてからにしてくれない? 計測するし」
私たちは、ぱっと手を離しました。
エルネストさんは、やれやれといったふうに肩をすくめ、また前を向きました。
ちらりと団長をうかがうと、視線が合って、お互いに苦笑いを浮かべました。
「神官さん! 次はピエラとお話ししてみてください!」
エルネストさんがそう言うと、ヴラニミルの眉間に深い皺がよりました。
「はぁ? 話すとは何を……」
「なんでもいいです。今日も可愛いねーとか、羽の艶が最高! とか」
「……断る」
私はピエラの元へ行き、背中に乗って耳元で囁きました。
「ピエラ。彼に何か伝えたいことはありますか?」
けれどピエラはぷいっとそっぽを向いてしまいました。
「ギュ」
出ました。「別に」です。
「もうっ! せっかくヴラニミルが来てくれたのに、そんなんじゃ愛され女子になれませんよ?」
「キュル、クルル、クン」
「た、棚上げなんてしてません! 私は頑張ってます!」
「キュルキュル、ギュルルル」
「……花火? そ、それはハードルが高いです」
「フィオナちゃーん、通訳してー?」
エルネストさんがこちらを見上げて叫びました。
「無理です! これは乙女の会話ですから!」
するとヴラニミルが小さく舌打ちをしました。
「話さないなら帰るぞ、翼竜」
彼の手がピエラから離れます。
「……キュ」
その小さな声に、胸が締めつけられました。
私はピエラから飛び降りてヴラニミルの腕を掴みました。
「待ってください! ちゃんと名前で呼んであげてください!」
ヴラニミルは面倒くさそうに顔をしかめました。けれど、少し迷った後に、
「……ピエラ」
と呟きました。
「キュッ」
「ほら! ピエラも嬉しいって言ってます!」
ほんとは「何よ」くらいのニュアンスでしたが、ここは意訳します。それが優秀な通訳です。
「……で、何を話せと」
「何か聞きたいことはありますか?」
「いや。別にない」
……冷たい男です。
こんなに可愛い翼竜が自分を好いてくれる幸運に気付かないなんて、鈍いにもほどがあります!
その時、霊獣舎内からソーニャがやってきました。私が手をぶんぶんと振ると、ヴラニミルに遠慮するように、小さく振り返してくれました。
彼女は全員に頭を下げてから言いました。
「ヴラニミル様、お時間です」
「もうそんな時間か」
ソーニャはピエラを見上げました。
「わぁ、今日は綺麗ですね、ピエラちゃん」
けれど、ピエラはそっぽを向いてしまいました。いつもなら、褒められると喜ぶのですが。
「……ギュ」
あ、分かりました。これは嫉妬です。
ソーニャにまでやきもちを焼くなんて、乙女心は複雑です。
でも、可愛いですねぇ。
団長とエルネストさんも気付いたようで、笑いを噛み殺しています。
すると、そんな私たちを見たヴラニミルが、突然ソーニャの肩を抱きました。ソーニャは固まり、ピエラは「キュッ?!」と鳴きました。
ヴラニミルは小さく吹き出すと、唇の片端を上げました。
「……なるほど。嫉妬か? 翼竜。いや、ピエラ」
ピエラは何も答えられず、ふい、と視線を逸らしました。
泣きそうな聖力の波動に、胸が詰まりました。
私はヴラニミルに抗議しようと一歩踏み出しました。けれど、ピエラの羽で止められました。
「……行くぞ」
ヴラニミルはソーニャから手を離すと、踵を返しました。ソーニャはまた頭を下げながら、彼を追いかけて行きました。
遠ざかっていく背中を見ていると、ムカムカが溢れ出してきました。
あの男……!!
相変わらず根性が捻じ曲がってます!!
だから友達いないんですよ!!
でも、ピエラもピエラです。
ツンデレのツンしかありません。
私はしょんぼりと項垂れているピエラの羽を撫でました。
「ピエラ。好きな人には、ちゃんと好きだと言わないといけないと思いますよ」
「……キュウ」
「だって、じゃありません。それでは何も伝わらないではありませんか。ねえ、エルネストさん」
そう水を向けると、エルネストさんは言葉に詰まりました。
「……いや、まぁ、そうだけどさぁ。言えない関係とかもあるんじゃない? 例えば……相手が部下とか。ねぇ、団長」
一拍の後、団長は「……はっ?」とエルネストさんを振り返りました。
「……まぁ、そうだな。例えば、相手が既婚者とかな」
「キュッ?!」
ピエラが、驚きの声をあげます。
……既婚者?!
「もしかしてヴラニミル、既婚者なんですか?!」
「違う」
「じゃあ何の話です?」
「……一般論だ」
団長はそう言って、ちらりとエルネストさんを見ました。エルネストさんは目を剥いて、抗議するように手のひらを上に向けました。
…………。
……はっ! ピンときました!
「エリンさ……むぐぅ」
「触れてやるな」
団長に口を塞がれてしまいました。
……恥ずかしいです。
エルネストさんは聖石を片付けながら、深いため息を吐きました。
「……大人は色々あるんだよ。フィオナちゃんは後悔しないようにね」
「……はい」
「ピエラもだよ」
「キュン」
「団長はまぁ、どうでもいいけど」
「……お前」
団長の低い声に、エルネストさんは肩をすくめ、荷物を背負いました。
「さて、と。じゃあ僕はもう撤収するよ。面白いデータもたくさんとれたしね」
それから数歩進んだところで、振り返りました。
「そういや、今日、夏祭りって知ってた? 今年の花火もキレイだろうねぇ」
そう言って、手を振って行ってしまいました。
残された私たちは、目を見合わせました。
……夏祭り。
そして、花火。
薄れゆく意識の中で、花火の音だけを聞いたリアの記憶がよみがえりました。
「……」
団長が、口を開きかけて、その瞳がためらうように揺れました。それは言葉にならず、彼はすべてを飲み込むように口を閉じてしまい、小さく息をつくだけでした。
「……帰るか」
「……はい」
私は団長の後ろを歩きながら、その広い背中を見ていました。
今、言わなくちゃ。
今、誘わなくちゃ。
今なら自然に、話の流れで誘えます。
エルネストさんが作ってくれた機会です。
来年は、私たちの関係がどうなっているかなんて分かりません。
だから、今。
でも。
私はただの部下です。
迷惑かもしれません。
あなたが好きだったのは大聖女リアで、私ではないのですから。
それでも。
「団長」
私は、彼の背中に声を掛けました。




