第27話 ピエラのつがい
あれから一週間が経ちました。
私とアルは、いえ団長は、驚くほど普通に話しています。
……仕事の話だけは。
ピエラのお見合い話は一旦棚上げになりました。けれど、つがいの話を含め、今後の方針は客観的事実に鑑みて決定する、と言われました。
「君の感覚を記録して、霊獣の研究を進める。そうすれば、君ひとりに責任を負わせずに済む」
団長はそう言ってくれました。
野生の赤銀翼竜を観察研究するチームも組まれました。
「……ねえ、ピエラ。あなたのつがいはどこにいるんでしょうね?」
ピエラはまだあまり元気がありません。
あの後エルネストさんと一緒に色々な検査をしたのですが、特に悪い数値もなく、二人で首を捻るしかありませんでした。
私はピエラのお世話をしながら、団長とのことを聞いてもらいました。
「私もリアに引きずられないようにしなくちゃいけませんね。フィオナとして、頑張りますので、ピエラも見ていてくださいね」
「キュルン」
「……あー、でも。でもね。自分で跳ねつけておいてなんなんですけど、あのまま誤魔化してリアとして私も好きだと言っていたら今頃……とか思ってしまうんです。あ! ちょっとですよ? ほんのちょっとです。……いえ、嘘です。一日三回は思います」
私はピエラの羽に顔をうずめました。
「……ほんと、ダメですね。私」
だってフィオナはまだ団長のことが好きで、でも仕事以外の接点なんて何もなくて。
「キュル、キュルルル、クルルン」
ピエラは優しく顔を寄せてくれました。
──フィオナとして愛される努力をすればいい。遠慮することはない。
そう言ってくれました。
「キュルキュル、キュルン」
──だって、二人とも人間だし。年の差も立場の違いも関係ないでしょう?って。
………………。
……人間?
私が眉を寄せると、ピエラは、はっと口をつぐみました。
「……どういうことです? 普通、そんな発想になりませんよね? だって同種同士なのは当たり前で……」
……はっ!
気付いてしまいました!
もしかして、ピエラが好きなのは、赤銀翼竜じゃないのかもしれません!
誰でしょう?黒翼竜?それとも竜ですらなく、翼狼でしょうか?
私はピエラの両頬をがしっと挟んで、ガン詰めしました。
「私たちお友達ですよね?! 団長とのこと聞いてもらって、私はとっても楽になりました。だからピエラも私に相談してください。私はあなたの助けになりたいんです!」
「……クルゥ」
「でも、じゃありません! 好きな相手に好きだと言わなくてどうするんですか!」
完全に自分のことは棚に上げて言い切ります。
ピエラも微妙な顔をしましたが、押し負けたように、重い口を開きました。
──数分後。
私は団長室の扉を叩いていました。
「霊獣舎のフィオナ・ベルです! 入室の許可をお願いいたします!」
もちろん補佐官さんに連絡は入れていますが、団長室にはこうやって入るのだと教えてもらいました。補佐官さんには「今さら?」と驚かれてしまいましたが、「ああ、それで団長、あの様子……」とひとり納得していました。
低い声で許可が下り、私は団長室に足を踏み入れました。
「お忙しいところ申し訳ございません。単刀直入に申し上げます。ピエラがつがいだと思っている人物が判明しました」
団長は眉間に深い皺を寄せました。
「……人物?」
「はい。ヴラニミル大神官様です」
しばらくの間、無言が続きました。
彼は口を開きかけて、閉じ、また開きました。
「……今、誰と言った」
「ヴラニミル大神官様です」
一拍の後、彼は頷きました。
「……そうか。了解した」
言葉とは裏腹に、何かを無理やり飲み込んだような顔をしています。
無理もありません。私も何度も聞き返しましたからね。しまいにはピエラに怒られてしまいました。
「つきましては団長、彼を招請していただけないでしょうか。霊鹿をだしに誘き寄せても構いませんが……」
「いや、こちらから正式に招こう」
「ありがとうございます! それでは失礼いたします」
私は頭を下げて、踵を返しました。
よし!ちゃんと部下をやれてます!完璧です!
「フィオナ」
扉に手をかけたところで呼び止められました。
それだけなのに、心臓が跳ねました。
……私は部下。完璧な部下。
自分にそう言い聞かせてから、笑みを貼り付けて振り返りました。
「はい!」
団長は私をじっと見て、それから目を逸らしました。
「……いや、なんでもない。下がっていい」
「……はい」
もう一度頭を下げて、今度こそ退室しました。
廊下を歩きながら、思わず顔を覆います。
なんなんですか!あの目はずるいです!
誰を見てたんですか?フィオナですか?それともリアですか?
でも。
自分で言っておいてなんですけど、フィオナとリアを分けることなんてできるんでしょうか。
……はっ!
ダメです。これはズルい思考です。
私がリアを利用したいだけです。
私はリアに負けません!
数日後、ヴラニミルが霊獣舎へやって来る日がきました。団長、エルネストさん、私の三人で彼を待ちます。
ピエラに伝えた日から、彼女の様子は目に見えて元気になりました。でも今度はそわそわして落ち着きません。今日は特に緊張しているようで、キュルキュル鳴いています。
「ふふ、お医者様でも温泉でも治せないってほんとですね」
「まさか恋の病とはねぇ」
エルネストさんは手のひらを上に向けて肩をすくめました。
「しかも大神官さんとは……分かるはずないよ。フィオナちゃん、グッジョブ!」
「……でも、会話を止められてたのに、すみません」
「ん? よそでやらないでね、ってことだから、僕の前なら全然オッケーだよ? むしろ研究が進んで助かるよ。ごめん、言葉が足りなかったね」
……あれ?
なんだかエルネストさんとだと話がスムーズですね?
団長の言いたかったことも結局はそういうことですよね?
ちらりと団長に視線を向けると、彼もなんだか複雑な顔でこちらを見ていました。目が合うと、ほんの少しだけ気まずそうに逸らされました。
……なんで、こじれたんでしょう?
………………。
事の発端は、団長のひどい発言ですよね?
言うにこと欠いて、「害悪」ですよ、「害悪」。
リアのこと好きだったんですよね?
なのにどうして……。
ふ、とチェルシーの言葉が脳裏をよぎりました。
「フィオナさんが犯した最大のミスは、政略結婚を勧めたことですよ」
……ここ、解決してません。
うーん、と考えていると、ピエラが「キュイっ!」と叫びました。
はっと顔を上げると、ものすごく不承不承の態でヴラニミルがこちらに向かってきました。
彼には研究協力の要請をしただけで、目的は明かしていません。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
団長が右手を差し出しました。
ヴラニミルは一瞬片眉を上げましたが、大神官として握手に応えました。
「いいえ。霊獣の研究ですから神殿としても協力を惜しみません」
……公式感の演出でしょうか?
よく分かりません。まぁ、喧嘩するよりマシですね。
エルネストさんが一歩踏み出し、実験の説明を始めました。
まさかつがいの研究とは言えず、前回のぴたりと合った聖力の凄さについて力説して、煙に巻いてしまいました。
ピエラを見ると、いつもより綺麗に羽を折りたたんで、お澄まし五割増しで座っています。その体には聖力を測るための小さな聖石がいくつも付けられていて、まるで舞踏会に行くご令嬢のようです。
顔は斜めを向いて興味なさそうにしながら、視線だけはチラチラとヴラニミルを追っています。
「ほら、ピエラ。挨拶は?」
そう促すと、ピエラは「ギュ」と鳴きました。
──別に。
だそうです。




