第25話 気まずい再会
「……それで、何があったんですか?」
お昼休み、私とチェルシーは霊獣舎の休憩室でお弁当を広げていました。
チェルシーの前にある、サラダにチキンが乗った小さなケースに目がいきます。
……これだけだと、お腹空きませんかね?
私の視線に気づいて、チェルシーは苦笑を浮かべます。
「最近食べすぎちゃって」
どうやらデートが続いて、外食が多かったらしいです。しかも毎回別の人だというのですから、もう次元が違います。女神の愛し子ですか?あなた。
「そういえば、団長と夕食の約束してませんでした? あの話は結局どうなりました?」
チェルシーがサラダをつつきながら、そう訊いてきました。
「結局……総帥付きになってしまいました」
「……総帥」
「はい」
「それは……すごいオプションですね」
一拍の後、私たちは目を見合わせて笑いました。
「でもそれって、約束していた夕食とは違うものじゃないんですか?」
「……でも、どちらにせよ、もうアルが誘ってくれることはないと思うんです」
「……アル」
「……アルベルト・ハイゼン団長」
チェルシーが、ぷっ、と吹き出しました。
「もう、アルでいいですよ。ただの部下だとは思ってませんから」
「ただの部下ですよ。いえ、それ以下です。私なんていらない子なんです。全否定されてしまいました」
チェルシーが首を傾げます。
「告白してフラれたってことですか?」
「いいえ。私の存在そのものが害悪なんだそうです」
話していて、また泣きそうになってきました。
チェルシーはテーブルの上で、そっと手を重ねてくれました。
「フィオナさん、一から聞かせてもらってもいいですか? 絶対に誤解があるはずです」
私は昨夜のことを思い出せる限り話しました。
総帥がアルに伯爵令嬢とのお見合いを勧め、私も賛成したこと。
大聖女のことがことが好きだったのかと聞くと、もう思い出せないと言われたこと。
もし大聖女がいれば、境界門破壊作戦に変更があるかと聞くと、そんなものに頼るつもりはないと怒っていたこと。
そして、指輪を返したこと。
チェルシーはしばらくの間、考え込んでしまいました。そして、小声で訊きました。
「あの、フィオナさんって、大聖女様なんですか?」
私が目を瞬くと、彼女は言葉を継ぎました。
「だって、今の話、フィオナさんに何の関係もありませんよね?」
私とチェルシーは同時に首を傾げました。
……はっ!確かに。
私は大聖女ですって言ってるようなものです。
「え、えっと、それはですね……」
「あー、そっか、そういうことだったんですね。ようやく謎が解けました。だから団長、あんな目をしてたわけかぁ」
……何の話でしょう?
「お花見の帰り、団長と少しお話したんですけど……ようやく繋がりました。そりゃあ、"この世で一番大切"なわけですね」
……意味がわかりません。
きょとんとしていると、眉を下げながら笑われてしまいました。まるで、困った生徒を見る先生のようです。
「フィオナさんが犯した最大のミスは、政略結婚を勧めたことですよ」
「……そうですね。部外者が口を挟むことじゃないですよね」
「違います」
……違うんですか?!
もう、よくわかりません。
チェルシーはほんの少し私を睨みました。
「どうして思ってもないこと言うんですか? フィオナさんがそうやって嘘をついているのに、団長は全て真実を話していると思うのはどうしてですか?」
「だって……アルには嘘をつく理由なんて……」
「私は大聖女なんですって団長に言いました?」
「……言ってません」
「でも彼は気付いてますよね? でもあなたが話さないから、ややこしいことになってるんですよ。要するに二人で膝をつき合わせて話せってことです」
……でも、話したところでどうなるんでしょう。彼は大聖女の力なんて望んでいないのに。
私がうじうじと考えていると、チェルシーが「もうっ!」と声を上げました。
「またそうやって一人で考え込んでるじゃないですか。前提条件が間違ってたら考えるだけ無駄なんですから、とにかく話すべきです」
……師匠、いえ、女神の愛し子が言うのですから間違いないでしょう。
私はチェルシーの手を包み込みました。
「ありがとうございます、愛し子」
「……はい?」
──それから一週間。
二人で話そうにも、どこにもそんな隙がありません!そもそも出会うことがほとんどないのです。
今さらながら、アルが"大聖女"を一応、気にかけてくれていたのだと気付きました。
……いえ、監視でしょうか?
最初は神殿に売られるかと思いましたが、逆でしたから。大聖女として存在されると面倒だから、ここに留め置いたと考える方が自然では?
……はっ!
またひとりで考えてしまっています。
仕事に集中しなくては。
道具を持って、ピエラの元へ向かいます。
この一週間、ほぼ毎日エルネストさんの助手をしていたので、ピエラのお世話につくのは久しぶりです。あまり元気がないとチェルシーが言っていたのですが、心配です。
翼竜棟に行くと、先日大暴れした赤銀色の翼竜が、奥の檻に座っていました。その前には──
アル。
と、騎士数名とうちの部長さんとエルネストさん。
……多いです。
あんなに会いたかったのに、いざ出くわすと、どうしていいかわかりません。
他の人がいては、話しかけることもできませんし……。
私は物音をたてないようにピエラの元へ向かいました。
「ピエラ」
小声で話しかけると、ピエラは「きゅる……」と答えました。
やはり元気がありません。
暑気あたりでしょうか?
「最近、暑いですからね。気分転換に飛びますか?」
数日前に、免許を取得しましたので、もう気兼ねなく乗れるのです!
でもピエラは力なく首を振りました。
「……ピエラ。どこか痛むとか、しんどいとかはありませんか?」
……あ。また話しかけてしまいました。
エルネストさんに注意されたばかりなのに。
誰も見てない時はいいでしょうか。それとも話さずに診断しないと、霊獣医として失格でしょうか。
記録を見ると、食欲も体重も落ちています。
どこか痛むのかもしれません。
「ピエラ、お腹を触りますね」
でもどこを触っても痛そうな素振りはありません。下痢や嘔吐の症状はありませんし、念のため牙も見てみましたが、特に異常はありません。やはり夏バテでしょうか。
それから、お手入れをしながら、触ったり、音を聞いたり、色々とやってみましたが、私にはよく分かりませんでした。エルネストさんに相談して、一般的な検査を受けさせた方がいいかもしれません。
でも、やっぱりちゃんとお話しすれば……と口を開きかけた時、こちらに近づいてくる数名の足音が聞こえました。
振り返ると、赤銀の翼竜の前にいた人たちが後ろに立っていました。もちろん、アルもいましたが、目を合わせることができません。
「フィオナ君、ピエラの調子はどうだい?」と部長さんが話しかけてきました。
「こないだ搬送されてきた翼竜と会わせたいんだが……ご機嫌ななめかな?」
元気のないピエラを見て、部長さんが首を傾げました。
「機嫌は悪くないのですが、元気がないんです」
「ああ、最近暑いからね」と言って、部長さんはアルに向き直りました。
「一度檻越しに会わせてみましょうか」
「わかりました。お願いします」
アルはそう答えると、聖騎士たちに指示を出しました。
鎖に繋がれた翼竜が、とぼとぼとこちらへやって来ます。あの時の怒りはどこへいったのか、今は見る影もなく、しょんぼりしています。
ピエラと向かい合っても、お互いに鼻で挨拶した以外は何の興味もないようでした。
「……キュルル」
雄竜が何か呟きました。
「キュル」とピエラも返します。
「クルルルルル」
「キュルン」
これは……とみんなが固唾を飲んで見守っていましたが、私には分かってしまいました。
これは……愚痴です。
要約すると、赤銀の翼竜はつがいとしか繁殖しないのに、こんなことさせられてもなぁ……ということでした。
……えっ?! そうなんですか?!
ピエラが運命のつがいを探してるって言ってたのは、ロマンチックというより、そもそもそういうものだったんですね?
黒翼竜も雷竜も、繁殖相手にそこまでこだわりはないので、赤銀の翼竜も同じだと思い込んでいました。あまり生態系の解明はされていませんし、霊獣舎に飼われている個体数も少ないので、知られていないことなのでしょう。
「あの」
私は、よく考えることもなく、口を開いていました。
「この子たち、運命のつがいを探しているようです」




