第22話 団長との同乗
ピエラは上空を旋回したかと思うと、舞うように飛んでいます。
「彼、振り落とされませんかね……?」
アルの横顔を見やると、彼は肩をすくめました。
「結界構築の天才なんだから、落ちても大丈夫だろ。それより……」と少しためらってから、こちらを見ずに続けます。
「どうして手を繋いでいた」
一瞬、なんのことか分かりませんでした。
首をかしげると、アルは小さく息を吐きました。
「……ヴラニミルとだ」
「……あぁ! あれはトゲトゲ聖力をやわらかーくする練習ですよ。聖力の種類や振動を変化させるには、あれが一番手っ取り早いんです。団長もやってみますか?」
私は手を差し出しました。
「君は……それが特殊能力だと知っているか?」
「練習すれば誰でもできませんか? ヴラニミルは上手でしたよ? ゼライア様だって……」
と言いかけて慌てて口をつぐみます。
過去世の師匠と遊びでやっていたなんて言えません。
アルはため息を吐き、
「……できないから聖笛があるんだ」
と言って、そっと私の手をつかみました。
どきっと心臓が跳ねます。
自分で誘っておいて、私はバカなんでしょうか。
「じゃ、じゃあ、霊海獣たちの好きな波の聖力を送りますね」
繋いだ手に力を流しましたが、アルは戸惑っているようです。うまく力が乗らず、そのまま彼の聖力が私の中に流れ込みます。
……あ。
なんだかぽかぽかと温かいです。
普段感じていたものより、もっと優しくて落ち着いた聖力です。
やっぱり接続すると正確にわかりますね。
あれ? 待って。
アルは聖力を感じる力に長けていました。
だから飛行訓練でルカは注意されていたんです。聖力の扱いが雑だって。
なら、私と初めて会った時はどうだったのでしょう。アルなら、何か気付いたのではないでしょうか。
だったら接続した今、どこまで──
私は慌てて、手を離しました。
本来の力がアルに流れ込んだら、大聖女リアと同じだと気づかれてしまうかもしれません。
「どうした?」
「い、いえ、なんでも……!」
その時、指輪の共鳴石が小さな音をたて青く光りました。
アルが胸元から対となる共鳴石を取り出すと、それも同じように光っていました。
「……誤作動でしょうか?」
「いや、もともと共鳴石は通話用ではない。共鳴石同士がもつ聖力が、お互いに引き合って繋がる仕組みだ」
「……つまり?」
「今は、お互いの聖力が共鳴石の聖力に乗って、繋がっている状態ということだ」
……なるほど?
私は首を傾げ、力に意識を向けました。
ああ……ほんとです。
手を繋いでいないのに、彼の温かい聖力を感じます。
「たとえどれだけ離れていても、共鳴石に乗せれば一瞬でつながる」
彼はそう言うと、遠くを見るように目を細めました。
「……懐かしいな」
「え?」
「いや、なんでもない」
彼は、ふい、と目を逸らしました。
言葉とは裏腹に、何かありそうな様子です。
………………。
……あれ? 待ってください。
今、私、聖力の形を変えていません。
そのままの力を乗せています。
もしかして、懐かしいというのは、リアの聖力を思い出して──
そう思うと、顔を上げられませんでした。
「フィオナ、君は……」
何かを決意したような、低い声でした。
けれど、その時。
エルネストさんが叫びました。
「すごい! 彼のトゲトゲ聖力はピエラとぴったりだ!」と魔導板をこちらに向けました。
「ほら、トゲトゲが合わさって歯車のようになってるだろう? こんなに完璧なリンクは初めて見たよ!」
ヴラニミルを乗せたピエラが、ばさりと降り立ちます。意外なことにすごく楽しかったようで、ピエラの目がきらきらと輝いています。
一方のヴラニミルは青い顔をしていました。
「酔った……」
そのままふらふらと霊獣舎の中へ行き、ベンチに寝転んでしまいました。
「ク、クルッ?! キュルルル、キュルン?! クル……クルルルルル」
……べ、別に楽しくなんてなかったんだからね?! また乗せてやらなくもないけど……。
だそうです。
ピエラはツンデレさんです。
「いやー! 今日はいいデータをいっぱいとれたよ! ありがとう!」
エルネストさんがピエラを優しく撫でます。けれどピエラはぷいっとそっぽを向いて、寝ているヴラニミルを心配そうに見ています。
「さてと。データをまとめて分析して、技術班にも共有しなくちゃいけないし、僕は失礼するね。あ、免許試験頑張ってね!」
エルネストさんは手を振りながらスキップするように研究室へ行ってしまいました。
……そうでした。免許試験の練習はちっとも進んでいませんでした。
「翼狼で練習しましょうか……」
苦笑を浮かべると、アルが気遣うような視線を寄越しました。
「……どこか、行く予定だったんじゃないのか?」
「え?」
「いや、今朝着ていた服が……」
……気付いてくれてたんですか?
「いえ、お買い物に行こうと思ってただけですので……」
私は俯きながら、呟きました。
顔、赤くないでしょうか。
「だ、団長こそ、他のお仕事大丈夫なんですか? 練習はまた今度でも構いませんよ?」
「いや、今日は休みだ」
ほんとに仕事人間ですね。
そういえば護衛騎士の時も、休みの日に神殿に来ていました。
「少しは休まなくちゃダメですよ」
「ああ。だが、次の境界門破壊計画のためにも、霊笛の改良は喫緊の課題だからな」
──次の破壊計画。
胸の底がしん、と冷えました。
いつかは実行に移さなくちゃいけない。
それはわかっています。
でも、とても危険を伴うものです。
──もし、アルに何かあったら。
私は、聖女から逃げた自分を許せないかもしれません。
「どうした? 顔色が悪い」
そう言って、アルはうつむく私を覗き込みました。私は慌てて笑顔を作りました。
「大丈夫です! リオを連れてきますね」
……ダメです。
今はちゃんとやるべきことをやらないと。
それから、私はリオと一緒に練習を重ねました。翼狼の聖笛は本当によくできていて、私が間違えない限り、リオはぴたりと指示に従ってくれます。
「リオは賢いですねー!」
わしゃわしゃと顔をなでると、リオは嬉しそうに尻尾を振りました。
次は同乗者訓練です。
アルが前に乗り、私が後ろからしがみつく……のですが。
ダメです。ものすごく恥ずかしいです。
遠慮がちに背中の服をつまむと、「落ちるぞ」と注意されてしまいました。
そうですよね、これは訓練。意識する方が恥ずかしいです。うん。
……いや、でも。
「フィオナ?」
「はいっ!」
私は慌ててアルの体に腕を回しました。
その瞬間、リオが風を切って空へ飛び立ちます。
私は恥ずかしさも忘れて、アルにしがみつきました。
……同乗の方が怖いです!!
アルは実践形式で色々説明をしてくれます。
騎乗者の邪魔をしない乗り方、サポートの仕方などなど、覚えることは多岐に渡ります。
「免許制度も団長が?」
そう聞くと、彼はちらりと振り返りました。
「ああ。暴走する人間がいたからな」
……なんだか含みを感じます。
同乗に慣れてくると、また恥ずかしさがぶり返してきました。
でも……と邪な考えが頭をよぎります。
これは合法的に抱きついていられる、いい機会ではありませんか。普段はこんなに堪能できません。
私は腕にきゅうっと力を込めて、広い背中に頬を押し付けました。
……温かいです。
慣れ親しんだ、アルの香りがします。
彼は何も言いません。
私もただ、温もりだけを感じていました。
どれくらいそうしていたのか、「もう……降りようか」とアルが吐息混じりの声で言いました。
残念ですが、仕方ありません。私は無言で頷きました。
地上に戻っても、私たちはお互いに無言のままでした。
……もしかして、好きだってこと、だだ漏れでしたか?
今さらながら居た堪れなくなって、私は無理やり元気を絞り出しました。
「リオを返してきますね。今日はどうもありがとうございました!」
深く頭を下げて、視線を合わさないように気をつけながら、くるりと踵を返しました。
……やらかしました。恥ずかしすぎます。
「フィオナ」
手首を掴まれました。
でも振り返ることなんてできません。
だって、どんな顔して話せばいいのか分かりません。それに顔が熱いです。
アルの手が、迷うように、でも確かに力を込めました。
何かを言いかけて、彼の呼吸がわずかに乱れます。
……わかってますよ。好きな人がいるのに小娘に抱きつかれても迷惑ですよね。
「……フィオナ」
連呼しないでください!恥ずかしいので!
なんだか、告白してないのに断られてる気分です。さすがに落ち込みます。
その時。
「アルベルト!」と手を振りながら、誰かがこちらへやってきました。
一瞬だけ、指先が離れるのをためらうように止まり──それから、彼はするりと手を離しました。
それと同時に声がかかります。
「仕事は終わったか? 飯行くぞ」
……どなたでしょうか?
すらりとした長身の、女性聖騎士さんです。
アルよりも年上でしょうか。
短い黒髪がとてもスタイリッシュです。
アルはため息を吐きながら、
「……どうしてこんなところにおられるんです」
と胡乱気に女性を見ました。
彼女は腰に手を当て、快活に笑いました。
「そうつれないことを言うなよ。お前がなかなか王都に来ないから、私が来てやったんじゃないか。たまには帰ってこいよ」
「……忙しいので」
「だろうな。知ってる。ところで……」と女性は私を上から下までじろりと眺め回しました。
「この可愛い妖精はなんだ? お前、ようやく身を固める気になったのか?」
「違います。ただの部下です。あなた考案の制服を着ているでしょう?」
……あなた考案の制服?
確かこの制服を考えたのは聖騎士団総帥で……。ってことはこの女性がそうなんですか?!
目を丸くしていると、アルが紹介してくれました。
「彼女は霊獣舎の新人フィオナ・ベルです」
「そうか! 私は聖騎士団総帥のキーラ・グリーンだ。よろしくな」
勢いよく手が差し出され、私たちは握手をしました。するとキーラさんは首を傾げました。
「うん……? なんだこの聖力。どこかで……」
「総帥、もういいでしょう。行きますよ」
アルは私の手首をつかんで、強引に引き離しました。キーラさんの目が探るように細められます。
「……あぁ、報告にあったな。神獣が膝を折って迎えた新人、あれが君か。さっきあの子にも会ってきたんだが、ふわっふわになってて驚いたよ。あまり触られるのが好きじゃないから手入れが行き届かなかったんだが……すごいな君」
「……総帥」
私が何か答える前に、アルが割って入ってきました。
「どうせ店の予約もしていないんでしょう? 混む前に行きますよ」
「うむ、そうだな。君も一緒に行こう、フィオナ君」
『えっ?!』
アルと私の声が重なりました。
キーラさんは目を瞬き、それから笑いました。
「なんだ、息ぴったりだな。いや、待てよ。もしかしてこれからデートだったか?」
「……だから、ただの部下です」
「あぁ、わかるぞ。昨今は可愛い部下を飯に誘ったら訴えられかねんからな。ということは私もいた方が安全ってことだな。理解した」
アルはもう説得をあきらめたように、小さく首を振りました。そして一瞬だけ私を見て、すぐに目を逸らしました。
それから私たちは霊獣舎に入りました。
驚いたことに、ヴラニミルはまだベンチで寝ていました。ふと視線を感じて奥を見やると、彼をものすごーく遠くから見守っているピエラの姿がありました。
……まごうことなきツンデレです。
「おっ、ヴラニミル大神官様じゃないか。こいつも誘うか?」
キーラさんは寝ている彼の頬をつつきました。
彼は迷惑そうに眉をひそめましたが、まだ眠っています。よほど疲れたのでしょう。
アルはちらりとヴラニミルを見下ろすと、無視してすたすたと行ってしまいました。
……まぁ、ピエラがいるならヴラニミルは放っておいても大丈夫でしょう。




