第21話 団長と霊獣医と神官
やってきましたお給料日!
今日はお休みなのでお買い物に行こうと準備していると、アルから連絡が入りました。
もちろんデートのお誘いじゃありません。
でも、霊獣飛行免許試験の練習をしてくれる、というので、行かないわけにはいきません。
鏡の中の私は、すっかり街モードです。
買ったばかりのスカートを履いて、薄くお化粧もしています。
……少しは可愛いと思ってもらえるでしょうか。
あっ、もちろん霊獣舎では着替えますよ?
TPOは大事ですからね。
私はほんの少し浮き足だった気持ちで霊獣舎に向かいました。
けれどそこにいたのは──
アル、エルネストさん、ヴラニミルの三人。
このメンバー、嫌な予感しかしません。
「すまんな、休みの日に」と、言いながらも全然そんな顔をしていないアル。これだから仕事人間は。
「ついでにピエラのデータとらせてよ」と、うきうきのエルネストさん。
「なんだその格好は」と、眉をしかめるヴラニミル。なんであなたがいるんです。
制服に着替えて翼竜舎へ行くと、チェルシーがピエラを檻から出そうとして苦戦していました。
「あっ! よかったフィオナさん。ピエラったら全然言うこと聞いてくれなくて」
どうしたのでしょうか?もうチェルシーにも慣れているのに。
「ピエラ?」
「クルルルル。クルッ!!」
……あぁ、ヴラニミルですか。
「あなたがいるから出たくないそうです」
振り返り様にそう言うと、ヴラニミルは唇の端をつり上げました。
「はん、情けない翼竜だ。私はお前に興味はない。アルベルトに仕事の話で呼ばれただけだ。あと霊鹿を見に来た」
……まさか、赤ちゃんが産まれたから見に来たんですか?仕事の話だけなら、神殿へ来いとか言いそうですもんね。それはそれは……。
「可愛いですねぇ、あなた」
「殺すぞ」
アルの深いため息が聞こえます。
「早くしてくれ」
そして翼竜用の聖笛を渡されました。
「直接聖力を使わず、必ず笛を通してくれ。そうでないと免許がとれん」
「でも翼竜の笛は最適化されてないんですよね?」
そう聞くと、エルネストさんが私とピエラに計測器を付けました。
「だーかーらぁ、データをとりつつ、免許試験の練習もできる素晴らしい機会なんだよ!」
……免許とるだけなら翼狼で練習した方が早いですよね?アル、エルネストさんに押し切られましたね?
ちらりとアルに視線を送ると、彼はふいと目を逸らしました。
……やっぱり!
それからピエラをなだめすかして広場へ出てもらい、私はその背にまたがりました。
「まずは上昇の合図を」とアルの指示を受けて、私は笛を鳴らしました。
ピエラは少しためらった後、ばさりと翼を広げて地面を蹴りました。
「次は降下だ」
「はい」
降下の合図を送ると、ピエラはまた迷った後、地面に降りました。
「どうだ?」とアルが私を見あげます。
「うーん、すごく反応が鈍いです。私が下手なんでしょうか?」
「笛は正しく吹けているから、君の問題じゃない。だが翼竜は賢いから君の意図を汲んでる可能性が高い。それでは他の人間を乗せられない」
……そうですよね。ピエラは聖騎士を乗せないといけないのですから、誰でも指示できるようにしないと。
「じゃあ今度はさ」とエルネストさんが計測器のデータを見ながら言いました。
「笛なしで、いつも通り乗ってくれる? そこのデータが重要だから」
「わかりました」
私は手綱を握り、聖力を送りました。
その瞬間、ピエラは一気に上昇します。
もう一度手綱を引くと空中でぴたりと止まり、降下の意思を伝えると、ゆっくりと降り立ちました。
「……すごいな。これだけの聖力と同じだけの作用を及ばさないといけないのか……」
エルネストさんは魔導板と睨めっこをしながら、ぶつぶつと何か言っています。
「団長はどうやって黒翼竜に乗ってるんですか?」
ピエラを撫でながら訊くと、アルは困ったように腕を組みました。
「俺も君と同じような乗り方だ。ただ、君より聖力がない分、最適化に近い乗り方をしているのだと思ってたんだが……あいつ賢いからな。自分の意思で動くことも多い」
確かに、ピエラも自分で判断することが多いです。でも制御できなくなると困りますし、やはり聖笛での合図が正確に伝わるようにしないと。
それから私は色々な条件でピエラと飛んだり走ったり、アルの黒翼竜に乗り換えてみたり……これでは完全に被験者です。免許の練習どこいったんでしょう。
「うーん、聖力の種類が違っても同じような結果になるのか、試したいなぁ」
エルネストさんはあらゆる角度からデータをとりたいようです。
でももう疲れました……。
アルが一歩前に出て、さりげなく私とエルネストさんの間に入ります。
「エルネスト、少し休憩にしないか」
そう提案しても、エルネストさんの耳には入りません。研究者気質ですねぇ。
あ、思いつきました。
「違う種類の聖力なら、ぴったりの人がいるじゃないですか!」
私は逃げるように霊獣舎に入りました。
思った通り、ヴラニミルは霊鹿の檻を覗き込んでいました。
「そんなに見たら、赤ちゃんが怯えてしまいますよ」
赤ちゃんどころか、大人の霊鹿も落ち着かない様子です。
ヴラニミルは憮然として檻を離れ、壁にもたれかかりました。
「……何か用か?」
「はい。少し手伝ってもらえませんか?」
「なんで私が」
「霊鹿見物料です」
ヴラニミルは小さく舌打ちをすると、壁から身を離し、歩き出しました。
「貴様ら、広場で何をやってるんだ?」
「聖笛改良の実験データをとってるんです」
彼は興味をひかれたようでした。
「霊鹿のデータもとってくれ」
「あの子たちは戦闘には出ませんし、神殿がお金払ってくださいね? あなた個人でもいいですけど」
ヴラニミルは眉根を寄せましたが、どうやら真剣に考えているようです。
……どれだけ好きなんですか、霊鹿のこと。
「でも、もっと聖力を柔らかくしないと背中にも乗れませんよ? だから指導してあげますと言ったじゃないですか」
「お前なんかの世話にはならん。自分で練習している」
「でも全然できてませんよ? トゲトゲで痛いです」
私は、ぱっと彼の手を取りました。
彼はびくりとして、それから睨みつけてきました。でも、無視です。
「いいですか? 私がやわらかーい聖力を送りますので、あなたは呼吸を合わせて、やわらかーく返してくださいね」
繋いだ手を通して、聖力をゆっくりと流します。彼は最初嫌そうに顔をしかめていましたが、やがて私の聖力に乗せるように自分の聖力を流し返してきました。ところどころトゲトゲしていますが、やわらかーくなっています。
「そう、とっても上手です。これを繰り返しますよ」
私たちは歩きながら聖力のやりとりをしました。ヴラニミルはやっぱり天才です。少しのきっかけさえあれば、すぐにできてしまうのですから。それとも霊鹿への愛ゆえでしょうか。
くすりと笑うと、また彼の聖力が尖ります。
「なんだ」
「いいえ。可愛いなぁって」
「黙れ小娘」
「じゃあ、今日はここまでです。バイト代として何かおごってくださいね」
広場に出る前に手を離そうとすると、彼は強く握り返してきました。
「なんです?」
「いや、面白いものが見れるかな、と」
……何なんでしょう。
そのまま広場に足を踏み入れると、アルがこちらを見て──眉をひそめました。それからヴラニミルを睨みつけました。視線で殺せそうなほどの殺気です。ピエラでさえびくりとしています。
どれだけ仲悪いんですか、あなたたち。
「予想通りだな。それでも愉快だ」
ヴラニミルが鼻で嗤って一人ごちます。
彼は私の手を離さないままアルの前へ進み、
「手助けをしてくれと、この小娘に言われてな」
と繋いだ手を掲げてみせます。
アルはヴラニミルを射殺しそうな目で見ました。
「お前の助けなど必要ない」
ものすごく怖い声です。
二人はしばらく睨み合っていました。ヴラニミルはまだ私の手を離しません。
どうしようかと首をひねっていると、
「あ! 違う種類の聖力ってあなたでしたか!」
とエルネストさんがヴラニミルを引っ張りました。
「ピエラ。次はこのおじさんの聖力を試してみてくれないかい?」
「クルッ?! クルックルッ!! クルー!!」
……絶対イヤだと言ってます。
私はピエラの羽を撫でました。
「ピエラ、そこをなんとか耐えてください。私はもう疲れてしまって……」
「クルゥ……」
ピエラは私に顔をすりすりと寄せて、ちらりとヴラニミルを見ました。
「クル……キュルッ!!」
どうやら決意してくれたようです!
「ありがとうピエラ!」
「キュルーン!」
「おい、早くしろ翼竜」
ヴラニミルが眼鏡の奥から冷たい視線を寄越します。
なんなんですか、この人は!
それでもピエラは背を低くしてヴラニミルを受け入れます。
なんていい子なんでしょう……。
そしてヴラニミルが手綱を掴んだ瞬間──ピエラは思いっきり大地を蹴りました。




