↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/35

第19話 二十年の断絶

 ……金欠です。


 お給料日までまだまだなのに、お財布がとってもさみしいことになっています。


 あ、貯金はしていますよ。


 お給料日に一定額貯金して、残ったお金でやり繰りするんです。立派な大人ですからね!

 でもそのやり繰りが下手くそなんですよね……。

 今月はチェルシーにワンピース代をようやく返せましたが、それに加えて可愛いスカートを見つけてしまって、つい買ってしまったんです。

 はい、完全に自業自得ですね。


 ピエラの世話をしながらそんな話をエルネストさんにしていると、翌日大量の本を渡されました。


「霊獣組織学」

「翼狼の血液学」

「霊獣によく効く薬草学」


 などなど三十冊はあるでしょうか。

 重くて持てません。


「……あの、これは?」


 おそるおそる尋ねると、エルネストさんは笑顔でこう言いました。


「霊獣医になれば、お給料は五倍近くあるよ」


「……五倍?!」


「うん。目指してみる?」


「で、でも学校に通うお金なんて……それに仕事もありますし」


「それは大丈夫。霊獣医を増やすために聖騎士団の予算で講座を開いてるんだ。仕事の後に参加できるように夜の開催だしね。僕もいくつか講義を持ってるんだよ」


 ……それは知りませんでした。

 ものすごく大変そうですけど、お給料五倍はとっても魅力的です。


「目がお金になってるよ?」

「えっ?!」

「うそだよ」


 エルネストさんがからかうように笑います。


「その本は僕が昔使ってたやつだよ。教科書代は自腹なんだけど……君、貧乏だしね。あげるよ」


「いいんですか?!」


「その代わり……」とエルネストさんは私の目を覗き込みました。

「試験、絶対受かってくれない?!」


「……はい?」


「実はさぁ、このまま合格者が出なかったら予算削られそうなんだよー。君みたいに現場叩き上げの霊獣医がいたら即戦力だし、ほんと頼むよ」


 がしっと両手を掴まれ、懇願されてしまいました。その勢いにのまれて頷くと、エルネストさんの顔が輝きました。


「よかったー! じゃあ今日から初級講座が始まるから。はい、これ日程表と申し込み用紙」


 後は署名するだけの用紙を渡され、私は目をぱちくりさせました。

 ……どれだけ用意がいいのでしょう。


 署名した後に日程表を見て、私は目を丸くしました。


「……講座、ほぼ毎日ありますよ?」

「だね。頑張ってね」


 エルネストさんの満面の笑みに、つられるように笑ってしまいました。


 ……まぁ、お給料のためにやるしかありませんね。それにピエラたちの病気や怪我を治してあげられるなんて、素敵です。聖力も役立ちそうですし、これは聖女をやるしか能のない私を脱却するいいチャンスですね!


 でもまぁ希望が見えただけで金欠なのは変わりませんし、今日のお昼は固いパンと水です。


 霊獣舎広場のベンチでもぐもぐとパンを噛みながら、「霊獣のための医療聖術初級」を読んでいると、ふと気付きました。聖術の扱いは人と似ていますね。これなら、技術面はなんとかなりそうです。


 ふむふむ。縫合は霊獣の皮膚の厚さに合わせて聖力の出力を変えるんですね……。


 本の通りに聖術紋を展開して聖力を流す練習をしていると、上からさっと影が差しました。


「またそんな食事で済ませているのか」


 アルの呆れた声が降ってきました。

 どきんと心臓が跳ねます。


「交換するものがなくても遠慮せずに来いと言っているだろう」


 そしてそのまま横に腰掛けました。

 確か午後から翼狼の繁殖についてお話しがあると、エルネストさんが言っていました。


「……さすがにそこまで厚かましくはありませんよ、私」


「俺が来て欲しいだけだ」


「…………ッ?!」


 あやうくパンを喉に詰まらせるところでした。


 なんてことを真顔で言うんでしょう?!

 まぁ、確かに一人ランチはさみしい時もありますし、直属の部下と食べるのは気を遣いますもんね。わかります、わかりますけど、女ったらし認定しますよ?!


「共鳴石に気づかなかったのか?」


 そう聞かれてふと指を見ると、指輪がきらりと赤く光りました。普段は青色なのですが、連絡があると赤く光るのです。


「すみません、本に集中してまして……」

「なんの本だ?」


 アルがひょいと手元を覗き込みました。

 ……近いです。


「エルネストに勧誘されたのか?」

「はい。お給料五倍です」

「……確かに」


 アルは小さく吹き出し、私の手に小さな包みを乗せました。

「勉強するなら、ますます栄養は大事だ。サラミも入ってる」


「あ、ありがとうございます……」


 今日も過保護ですねえ。


 アルは自分のランチ包みを開けながら、

「給料を何に使ってるんだ?」

 と聞いてきました。


 ……その目、無駄遣いを疑ってませんか? 


 私は、えへんと胸を張りました。


「ちゃんと貯金もしてますからね? 結婚資金です」


 アルの手がぴたりと止まります。


「……予定でもあるのか?」


「あるわけないじゃないですか。私モテませんからね。チェルシーから色々学んでるんですけど……」


「モテる必要などないだろう」


「ありますよ? 団長は乙女心を分かっていませんねぇ。王子様は待っていても来ないんですから、狩りに行かないと。ってチェルシーも言ってましたよ? あ、今度狩り場に連れて行ってくれるそうです」


「……飲み会か?」

「狩り場と言っていましたよ? 森でしょうか?」


 アルは眉間に手を当てて深く息を吐くと、首を横に振りました。

 あ、なんだかものすごく呆れられています。


「君は危なっかしすぎる。悪いことは言わないから、行くな」

「え、でも……」

「……頼むから、行かないでくれ」

「じゃあ、団長が弓矢の使い方を教えてくれます?」

「今後絶対に行かないなら、つきっきりで教えてやる」


 ……それ、意味ありますか?


「それから」とアルが真剣な目で釘を刺しました。

「飲み会にも行くな」


 飲み会の話は出ていないのですが……。

 変なアルですねぇ。


「団長は兄みたいです」

「お兄さんの苦労が偲ばれるよ」


 ひどい言われようです。


「そもそも霊獣医試験を受けるなら、遊んでる暇はないだろう。君が受かってくれないとこちらも困る。霊獣部隊の運用をもっと効率的にするには専門医が必要だからな」


 ……はっ!

 確かにそうです!

 と、なると……。


「団長との夕ご飯も行けません……か?」


 それは寂しいです。


「……俺とは別にいい。遊びじゃない」


 え、まさか仕事の一環なんですか?!


 ……そっか、そうですよね。

 好きな人がいるのに、プライベートで行くわけないですよね……。

 ああ、もう。私ってば、恥ずかしい……。


 なんだか、ずしんと心が重たいです。


「どうした?」


 アルが心配そうに、顔を覗き込んできました。


「いえ! なんでもありません! いただきます!」


 私は包みを開いてサラミを頬張りました。

 暗い顔をして気をつかわせるなんて、最低です。自分の機嫌は自分でとらないといけません。大人ですからね!


 ……でも、恋愛は初心者なんです。

 今の私、子ども時代のチェルシーにもきっと敵いません。


 沈黙が落ちました。

 なんだか気まずいです。

 何か話題は……えーと、えーと。


「あの、さっき本で読んだんですけど、霊獣ごとに聞き取りやすい周波数があって、霊笛はそれに合わせて作られたんですか?」


「ああ。誰もが君みたいに彼らと話せるわけじゃないからな」


 ……私も別に話せるわけではないのですが。

 なんとなくわかるくらいです。


 ふ、とアルの視線が鋭くなります。


「言葉が分かること、誰にも言ってないだろうな?」

「え? はい、特には……」


 霊獣お世話係は、だいたい話しかけながら仕事をしますし、変には思われてないはずです。


「あの、昔は霊笛って、なかったですよね?」

「……昔?」

「その、二十年くらい前までは……」


 そう、私が聖女の頃はありませんでした。

 アルはなぜか苦笑を浮かべました。


「なかったから、作ったんだ」

「団長が?」

「騎士団に提案したのは俺だが、もちろん多くの人間が関わってる。霊獣医や技術者のおかげだ」


 そうだったんですね……。


「そういえば、霊獣部隊を大きくしたのは団長だと、ある神官様が言ってましたけど、そうなんですか?」


「……ヴラニミルか。余計なことを」

 アルは鼻を鳴らし、腕を組んで続けました。

「魔物の脅威に備えるには、結界だけでは足りない。敵地を攻撃しなければ聖女の負担が増えるばかりだからな」


 ……聖女のために。

 胸がじんと温かくなりました。


 かつて、西の境界門は、近づくことすらできませんでした。

 結界で塞ぐしかなくて、ただ耐えるだけで。


 ……それを、壊してくれたんですね。


 いったいどれだけの苦労があったのでしょう。

 反転攻勢の意見は退けられ、結局は結界に頼るばかりだったのに。


 私はアルの横顔を見つめました。

 二十年の断絶が、彼と私の間に横たわっているようです。


 ……あなたは、ずいぶん遠くまで行ってしまったんですね。


 ふいに、何かが胸の内を引っ掻きました。

 羨望。憧憬。


 いいえ。


 これは──嫉妬のような、どろりとしたもの。


 ──本当は、私がやらなくてはいけなかったのに。


 それでも、口先から滑り落ちたのは、乾いた言葉でした。

 

「団長は、すごいです」


 でもアルは浮かない顔をしています。

 これだけのことを成し遂げてもなお、後悔はなくならないのでしょうか。


 ──もしも、私が大聖女だと明かせば。


 少しはその重荷を取り除いてあげられるのでしょうか。



























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ショートショート転生ものです。 よろしければお立ち寄り下さい。 「つきましては、結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。