第1話 愛され女子を目指しただけなのに
転生したと気付いた時、心に誓ったことがあります。
今世は愛され女子になって、のんびり暮らしてやるんです!
友達とお茶して、恋愛して、仕事もまぁ、ぼちぼちして、休日は昼まで寝る──そんな普通の女の子の生活がしたいんです。
前世では大聖女として生き、二十歳という若さでこの世を去ることになりました。
毎日が聖務と結界構築の繰り返し。窓の外にある普通の生活に憧れながら、休む暇もなく、最後は花火の音を聞きながら息を引き取りました。とっても見たかったのに!
この転生は、そんな私を哀れんだ女神様が下さったご褒美に違いありません。
もう聖女をやる気はありませんし、バレそうな機会は徹底的に避けてきました。
でも、問題がひとつ。
私には、聖力以外の才能がなかったんです。
頭がいいわけでもありませんし、手先が器用なわけでもありません。すごい味覚や聴覚があるわけでもなく、運動能力も人並み。
……完全に聖女特化型人間だったわけですね。
貴族にでも生まれればまた違ったのでしょうが、庶民も庶民、下町の平民です。
つまり、今日の食事のために稼がなくてはなりません。
そのために、私は聖騎士団所属の霊獣舎の門を叩きました。
聖力が役立ち、聖女の所属する神殿とは別部門。これが最大限の譲歩でした。
それに、霊獣のお世話をする女子は、世の男性からのウケがいいと聞きます。愛され女子に近付く第一歩です。
そんなわけで、私は今、試験を受けています。
筆記試験は終わり、最後の面接では、霊獣を制御できるかどうかが判断されます。
私の前に並ぶ、桃色の髪の美少女が、霊獣たちに向かってにっこり微笑みます。
「こんにちは。仲良くしてね」
霊獣たちはデレデレして、しっぽを振ります。
……このこたち、雄ですか?
その次、栗色の髪で、背の低い少女は、霊獣たちにからかわれています。
「あっ、あ、やめてください、あっ、痛い」
でもなんだか懐かれているみたいです。可愛い。
その次が私でした。
聖力はありますし、多分懐かれるはず──と思っていたのですが。
霊獣たちは私を目にした途端、一糸乱れぬ様子で頭を垂れました。
「……え?」
ざわりと空気が震えます。
そしてその奥から──銀色に輝く巨大な影が現れました。
霊獣たちの最高峰、神獣。
滅多に姿を見せないと言われる存在が、ゆっくりと私の前に歩み寄り──
まるで主に仕える騎士のように、膝を折りました。
心臓が凍りつきました。
……ほんと、やめてください。
バレたら、あなたたちのせいですよ!
知らず、睨みつけていたようです。
神獣の耳がぺたんと、下がりました。
……あ、ごめんなさい。
ちょっと困っているだけで、怒ってるわけでは……。
あああ、どうしましょう。
人々のざわめきが大きくなります。
「……あり得ない」
「なんだ、これは」
「団長に報告を」
……なんか、違います。
可愛くありません。
これじゃあ、モテにはつながりません。
私がやりたかったのは、桃色の髪の美少女みたいな、「きゃっきゃ、うふふ」なやつなんですけど。
控室で合否判定を待っている間、私はひとりでぽつんと座っていました。
誰も私の周りに座ろうとしません。
そこ、そんなにぎゅうぎゅうに詰めなくても、椅子、空いてますよ?
やがて、合否が発表される段になり、私はひとり呼び出されました。
連れて行かれてのは──聖騎士団の団長室。
……逃げていいですかね?
聖女になれとか言われたら、逃亡しましょう。
あ、でも聖女拒否は犯罪なんです。
心臓がばくばくいってます。
また若い身空で、命を散らすのでしょうか。
扉が開けられ、私は促されるままに、部屋へ入りました。
青を基調とした、いかにも聖騎士団といった立派なしつらえなのに、驚くほど殺風景な部屋。
大きな机の前に座っているのが、団長でしょう。何か資料を見ていて、眉間に深い皺が刻まれています。
黒い髪に、黒い瞳。
日に焼けた精悍な顔立ち。
鍛え上げられた体が、少し窮屈そうに椅子におさまっています。
私は死刑宣告を待つような気分で、彼の前に進みました。
彼はようやく顔を上げ、こちらを見ました。
そしてその瞬間──大きく目が見開かれました。
その瞳に映るのは、衝撃と困惑と──あと、なんでしょう、これは。私には経験がないのか、うまく形容できません。でも、なぜか胸が苦しくなるような、そんな眼差しでした。
どれくらいお互いに見つめ合っていたのか、私は、ふと気付きました。
……あれ? この人知ってます。
確か前世で……。
……あ! あぁぁぁぁぁぁあ!
思い出しました!
聖女だった私に仕えていた聖騎士の一人、アルではありませんか!
あの頃はまだ新米騎士で、いつも真面目な顔で私の護衛についていて──
あらあら、立派になって……。
今では団長ですか?出世したのねぇ。
って言ってる場合ではありません。
この反応、なんなんですか?
前世とはもちろん容姿が違います。大聖女時代は金の髪で、今は銀の髪です。あと、前の方がもう少し胸も豊かでした。
あ、私があんまり可愛いものだから見惚れてるのかもしれません。
……すみません、言ってみたかっただけです。
やがて彼は、ぎゅっと目を瞑り、口を開いては閉じ、何度も逡巡した挙句、声を絞り出すように告げました。
「……採用だ」
え? 採用? ほんとに?
バレてない! やったー!
「ありがとうございます! アル!」
資料にペンを走らせていた、彼の手が止まりました。
……あ、しまった。
「アルベルト・ハイゼン……団長」
確か、そんな名前だったはず。
「……明日から、来てくれ」
彼は資料から目を上げずに、そう言いました。
もう下がれ、ということでしょうか。
「はい! 明日からよろしくお願いいたします! それでは、失礼いたします!」
愛され女子への第一歩は、挨拶からです。
元気に叫んで踵を返し、数歩進んだところで、あ、と気付き、くるりと振り返りました。
ばちっと目が合い、驚きました。
さっきまで下を向いていたじゃありませんか。
「私、フィオナ・ベルです!」
そう、名乗ることを忘れていたのです。
うっかりものです。
「……ああ、よろしくな」
苦笑されてしまいました。
ともかく、明日からはここで働けるのです!
愛されもふもふスローライフの幕開けです!
……多分。
扉を閉める直前、小さく聞こえた彼の呟きが、妙に胸に引っかかりました。
「……まさか、な」
何がまさか、なんでしょう?
そういう不穏なフラグ立てるの、やめてもらっていいですかね?




