第65話 揺さぶり
ゼクスが「受け入れられない。議決を取るつもりはない」と言った。
場が止まった。
「では」と俺は言った。「別の勢力に同じ提案をします」
空気が変わった。
ヴァルドが微かに目を細めた。
「誤送信でこちらの内部文書が届いたことがありました」と俺は続けた。「そこに、本社内でβ勢力がα勢力のシェアを侵食中という記述がありました」
ゼクスの顔色が変わった。
「この提案を受け入れた勢力が日本区の管理権を持つことになれば、シェアで優位に立てます。私は、どの勢力と取引するかに制限はありません。規定上の問題がなければ」
沈黙が続いた。
ゼクス以外の代表たちが、互いに視線を交わした。
「ヴァルド」とゼクスが言った。声が変わっていた。「……彼は本社の内部構造を知っている」
「そのようだ」とヴァルドが静かに言った。ゼクスに向かって。「……ゼクス」
「なぜ……その文書が届いた?」とゼクスが俺に訊いた。
「誤送信だと判断しました。でも規定上、正規の経路で受け取った情報を閲覧することを禁じる条文はありません。読んでも問題ないので、読みました」
「……」とゼクスが言った。絶句に近い沈黙だった。
「カードとして持っていました」と俺は言った。「使う場面があれば使おうと思っていた。今がその場面だと判断しました」
「……規定上」とヴァルドが言った。ゆっくりと。「問題はない」
「はい」と俺は言った。
ヴァルドが代表たちを見渡した。
「内部で審議が必要です」とヴァルドが言った。「少し時間をいただけますか」
「もちろんです」
代表五人が席を立ち、奥の部屋に移動した。
会議室に俺一人が残った。
静かだった。
俺は頭の中で想定シナリオを確認した。受け入れる場合。拒否して交渉決裂する場合。条件の修正を求めてくる場合。それぞれの次の手を整理した。
どのケースでも、次の言葉は用意してある。
十分後、ヴァルドとゼクスが戻った。
ゼクスの顔が変わっていた。




