第5話 上位存在からの業務命令
※本作は第70話で完結予定です。
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規定書を読み終えたのは翌朝の六時だった。
全七章、三百ページ。第一章から第六章まではほぼ想定通りの内容だった。ダンジョンの分類、管理員の職務範囲、報告義務、安全管理の手順。退屈だが必要な情報が並んでいた。
第七章で手が止まった。
「管理員の付帯権限について」という章題だった。その中の一項目が気になった。
〔第七条:経費申請権。ダンジョン管理に必要と認められる経費は、管理収益より優先的に差し引くことができる。認められる経費の範囲:管理用機材、学習資料、現地調査費用、通信費、その他管理業務に必要と判断したもの〕
「その他管理業務に必要と判断したもの」という部分を三回読み返した。
次の条文を確認した。
〔第七条の二:申請が規定の範囲内であれば、担当者は承認しなければならない〕
承認しなければならない、という義務形だった。
「面白いことが書いてあります」と俺は霧島さんに言った。
朝になって霧島さんが出勤してくると、俺はまだ椅子に座っていた。
「……昨日から読んでたんですか?」と霧島さんが言った。
「規定書を読み終えた方が判断が早いので」俺は付箋を貼ったページを開いた。「これです。第七章の経費申請権」
霧島さんが読んだ。眉をひそめた。
「……管理局の管理員が、経費を申請できるってこと?」
「はい。しかも規定の範囲内であれば、担当者——つまりアルダさんは——承認しなければならない」
「でも誰も使ったことないんじゃないかな。申請したとしても、アルダさんが却下するんじゃ」
「規定上、却下できないと書いてあります」
霧島さんがしばらく黙った。
「本当に?」
「条文には"しなければならない"と書いてあります」
「この人、やばいのかもしれない……」と霧島さんが言った。声の感情が複雑だった。
「まず申請できる項目のリストを作ります」と俺は言った。「管理の効率を上げるために必要なものを揃えます」
「何に使うの?」
「管理用の高性能端末が一台必要です。今の端末では処理速度が足りない。それから業務学習資料。管理スキルについての専門資料を入手します」
そのとき、音声通信の着信音が鳴った。
霧島さんが「アルダさんだ。またか」と言いながらヘッドセットを俺に渡した。
「神崎です」
「アルダです。先日の業務連絡について進捗を確認します。コスト削減および収益向上の見通しはありますか?」
「規定書を読了しました。これから対応を検討します」
「……規定書を、読んだんですか?」とアルダの声が変わった。「初めて聞きました、そういう返答は」
「問題はありますか?」
「……いいえ。規定上の対応をお願いします」と言って通信が切れた。
霧島さんが「アルダさん、少し困惑してたね」と言った。
「困惑させる意図はなかったのですが」
「いや、いいんじゃないかと思って」
俺はリストの作成に戻った。経費申請権。これは使える。規定の範囲内で、合法的に動ける。
翌朝、オフィスのドアが開いた。
「失礼します! 本日から配属になりました、宮代誠です!」
若い男の声だった。二十歳前後に見える、やや緊張した顔の男が立っていた。
「管理局に新入りが来るなんて……」と霧島さんが目を丸くした。「初めてかも」
「神崎さんですか? よろしくお願いします!」
俺はノートから目を上げた。
「どうぞよろしく」
宮代が少し止まった。もう少し反応を期待していたようだった。




