第43話 まだ終わっていない
法案の審議スケジュールが公表された。
本会議採決は六週間後。廃止手続きの提出期限と、ほぼ同じタイミングだった。
霧島さんが引き継ぎリストの作成を続けていた。業務内容。管理システムのアカウント情報。ダンジョンごとの設定記録。
俺は霧島さんの手が止まるのに気づいた。
「霧島さん」
「……はい」
「……神崎さん」と霧島さんが言った。書類から目を上げた。「ここって、本当に終わるんですか?」
「まだ終わっていません」と俺は言った。「俺はそう判断しています」
「根拠は?」と霧島さんが訊いた。
「……本社が動く前に、俺が動く手が残っています」
「本当に?」
「本当に」
霧島さんがしばらく俺を見た。
「わかりました」と霧島さんが言った。「あなたを信じます」
「その分、結果を出します」
「……うん」と霧島さんが言った。それから引き継ぎリストに向き直った。
宮代が「霧島さんが泣きそうなの、初めて見た」と小声で俺に言った。「……俺も怖いけど、神崎さんが動いてるから大丈夫だと思ってる」
「そうですか」
「そうです」と宮代がきっぱり言った。
昼過ぎ、第十七-Aの前で飯塚と会った。巡回確認に行ったところだった。
「……あんた、ちゃんとやれるか?」と飯塚が言った。声が低かった。
「やります」
「……そか」と飯塚が言った。
それだけだった。飯塚はダンジョンに戻った。
管理局に戻った。霧島さんが引き継ぎリストを続けていた。宮代が現地データを整理していた。
俺は管理画面を開いた。
三つのダンジョン。それぞれの状態を確認した。稼働中。稼働中。稼働中。
緊急停止権のメニューを開いた。停止対象ダンジョン選択。停止時間設定。理由書の入力欄。
理由書はすでに書いてある。「管理上の安全確認」。規定第九条に基づく正当な手続き。
明日の朝、実行する。
霧島さんが「神崎くん、今日の分の確認、終わりました」と言った。「明日もありますが」
「ありがとうございます」
「……引き継ぎリストって、本当に終わったら使われるものなんですよね」と霧島さんが言った。
「そうです」
「でも私、作りながら"これは使われない"と思ってる」と霧島さんが言った。「変ですか?」
「変じゃないです」と俺は言った。「俺も同じ判断をしています」
翌朝、管理画面を開いた。緊急停止権。三ダンジョン同時停止。停止時間七十二時間。
「これが最善の手だ」
ボタンを押した。




