第36話 試算書の完成
試算書の完成に、三日かかった。
三つのシナリオを作った。楽観ケース、中程度ケース、悲観ケースだ。それぞれにギルドの手数料率の仮定を変えて計算した。
楽観ケース:ギルド手数料十五パーセント。上位存在への収益減少約十二パーセント。
中程度ケース:ギルド手数料二十パーセント。収益減少約十八パーセント。
悲観ケース:ギルド手数料二十五パーセント、さらに管理クオリティ低下による稼働率低下を加算。収益減少最大二十五パーセント以上。
「保守的に見積もっても約十五パーセント、最悪ケースで二十五パーセント以上の収益減少が見込まれる」と俺は整理した。「さらに、非専門家管理になれば設定の調整ができなくなる。ダンジョンの稼働率が下がれば、収益はさらに落ちる」
「……それって、アルダさんの本社ノルマに影響しますか?」と宮代が訊いた。
「Q2のコスト削減指示が出ている状況で、担当区域の収益が十五パーセント以上落ちれば、評価は確実に下がります」
「じゃあ、アルダさんには動く理由があるってことですね」
「そうです」
霧島さんが試算書の最終ページをフォーマットしていた。表紙、目次、各シナリオの計算根拠、まとめページ。完璧に整えられていた。
「はい、できました」と霧島さんが言った。「確認してもらえますか?」
俺は受け取った。数字を一通り確認した。計算式、前提条件、引用データ——問題はなかった。
「完璧です」
「書類仕事はまかせてって言いましたから」と霧島さんが言った。少し得意そうに。
「これをアルダさんに送れば、上位存在は動かざるを得ない」と俺は言った。「感情的な主張でも、政治的な訴えでもない。数字だ」
「……見たアルダさん、どんな顔をするんでしょう」と宮代が言った。わくわくした様子で。
「顔は見えませんが、反応は変わると思います」
俺は試算書を送信フォルダに入れた。タイトルは「民営化法案施行による上位存在収益への影響試算——第十七支部データを基準として」。
送信する前に一度確認する。数字の根拠。条文との対応関係。計算式の整合性。
問題なかった。
「タイミングを考えます」と俺は言った。「すぐ送るより、アルダさんに状況を把握させてから送る方が効果的です」
「どういう状況を?」と霧島さんが訊いた。
「法案審議が具体的に動き始めるタイミング。アルダさんが"対応しなければいけない"と感じている時に届ける方が、刺さり方が違います」
「……神崎くん、そういうことを考えてるんですね」
「送るタイミングも戦略です」
宮代がドアの前で「神崎さん」と言った。声が少し違った。
「どうしました?」
「廊下に飯塚さんが来てます」と宮代が言った。「管理局に話があるって」
「飯塚さんが?」と霧島さんが意外そうに言った。「何かありましたか?」
「神崎さんに話があるんだが、と言っています」という宮代の声が続いた。




