第32話 白瀬の二度目
白瀬が二度目に来たのは、一週間後だった。
今度は「視察」ではなく「相談」という名目だった。
「管理業務の移管について、少しお話ができればと思いまして」と白瀬が言った。温和な笑顔は変わっていない。「お忙しいところ、申し訳ありません」
「はい」と俺は言った。
「率直に申し上げます」と白瀬が続けた。「民営化の動きについては、もうご存知かと思います。仮にそうなった場合、管理経験者として、竜牙ギルドは神崎さんを優遇したいと考えています。ポストを用意できますよ」
「ありがとうございます」
「ダンジョンの管理を竜牙ギルドに任せれば、予算も人員も充実します。神崎さんのような優秀な方には、相応しい環境が整います」
俺は一拍置いた。
「ありがとうございます。ただ、現在の業務は上位存在との直接委託契約のため、私個人では移管を判断できません」
白瀬の笑顔が、一瞬固まった。
「……上位存在との、契約、ですか」
「はい。委託者である上位存在の承認なしには、契約形態を変更することができません。その判断権は私にはありません」
「……そうですか」と白瀬が言った。声のトーンが変わった。温和さは保ったまま、でも何かが一段階深くなった。「承知しました。失礼しました」
退出した。ドアが閉まる寸前、小声で「上位存在の契約……厄介なものが絡んでいますね」という声が聞こえた。
霧島さんが「……あの人、最後に何か言いました?」と訊いた。
「上位存在との契約について把握していなかったようです」
「……それって、ギルドは上位存在を知らないってこと?」
「少なくとも、委託契約の詳細は把握していない。一般的に知られている情報とは別の話なので」
宮代が「白瀬さん、神崎さんの答えを聞いて"予想外"って顔をしてました」と言った。「あの人、この管理局を簡単に取り込めると思ってたんだと思います」
「そうだと思います」
霧島さんがしばらく黙っていた。
「……神崎くん、正直に言っていいですか」
「はい」
「白瀬さんの提案を、一瞬魅力的に思ってしまいました。予算が充実するとか、ポストがあるとか。……ごめんなさい」
俺は霧島さんを見た。
「謝る必要はないです」と俺は言った。「いい環境は欲しいですよ。俺も」
「……え?」
「でも今ここを守る方が正しい選択だと思っています」
「どうして?」
「今やっていることの先に、もっと大きいものがある。それをまだ手放す段階ではないので」
霧島さんが「……大きいもの、って何ですか?」と訊いた。
「まだはっきりとは言えません。でも、動き続けていれば見えてくる」
宮代が「信じていいですよ、霧島さん」と言った。「神崎さんが"正しい選択だ"って言うなら、根拠があるはずです」
「……そうだね」と霧島さんが言った。「私も、ここにいます」




