第29話 竜牙ギルドの視察
男は温和な笑顔で入ってきた。
四十代前半に見える。仕立ての良いスーツ。柔らかな声。「お邪魔します」という挨拶は、威圧感がない。
「白瀬康太郎と申します」と男が言った。「竜牙ギルドで副会長を務めております」
霧島さんが目を丸くした。竜牙ギルドは国内最大手のギルドのひとつだ。
「第十七支部の視察にお越しと聞いています」と俺は言った。「神崎です。管理員を担当しています」
「ええ」と白瀬が言った。「管理局さんはどのようなお仕事を?」
「ダンジョンの管理・運営です。収益のモニタリング、設定の調整、現地巡回の補助」
「そうですか」と白瀬が部屋を見回した。「ずいぶん充実した設備ですね。最近改善されたようで」
目が、端末に止まった。書類棚に。三ダンジョン分のレポートファイルに。
「経費申請で整えました」と俺は言った。
「そうですか」と白瀬が言った。「大変ご苦労さまです」
笑顔のままだった。でも目は動いていた。何かを確認するように。
宮代が横にいた。視察中ずっと白瀬の動きを見ていた。
白瀬が「お忙しいところ、ありがとうございました」と言って立ち上がった。ドアに向かって、退出する直前。
「ひとつ伺っていいですか」と白瀬が言った。「ダンジョン業界の民営化について、皆さんはどうお考えですか?」
俺は一拍置いた。
「民営化の議論は存在しますが、現在の俺の業務には直接影響していないため、継続してモニタリングしています」
「なるほど」と白瀬が微笑んだ。「ご丁寧にありがとうございます」
退出した。
霧島さんが「……何でしたか、今のは」とドアが閉まってから言った。
「情報収集です」と俺は言った。
「えっ? あの丁寧な人が?」
「"民営化についてどう思うか"という最後の一言が目的だと思います」
「なんで?」
「民営化議論があるなら、管理局がそれにどう反応するかを把握したかった。俺たちの立場を確認しに来た」
宮代が「あの人、笑顔なのに目が笑ってなかった」と言った。「何かを探してた。部屋の中をずっと見てました。端末のスペックも確認してたと思います」
「よく見ていましたね」
「観察眼スキルで。意識したら動きを追いやすい感じがあって」
「竜牙ギルドの副会長が管理局を視察する理由は、情報収集以外に考えにくい。彼らはダンジョン管理に参入しようとしているか、あるいはすでに何かを動かしている」
霧島さんが「民営化って……管理局がなくなるってこと?」と訊いた。
「そうなれば、そうなります。でも今の段階ではまだ議論の段階です」
「怖い話だけど……」と霧島さんが言った。「でも今すぐ何か変わるわけじゃない、ってこと?」
「今は実績を積む時間です。急ぐことはない」と俺は言った。「ギルドが何を動かそうとしているかは、しばらく見ていれば見えてきます」
「神崎さんって、全然慌てないですよね」と宮代が言った。
「慌てる理由がないので」
「あの白瀬って人、また来ますか?」
「来ると思います」と俺は言った。「目的が果たされていないので」




