第24話 百倍の意味
翌日、出勤してすぐに俺はノートを開いた。
昨晩書き写した誤送信文書の要点。三つの情報。
一つ目。Q2ノルマ変更。担当者へのコスト削減指示。
二つ目。「神崎凌が異例の収益改善を記録中。要注目」。
三つ目。本社内部の勢力争い——βとα。
霧島さんと宮代が出勤してきた。
「おはようございます」と宮代が言った。「神崎さん、もう来てたんですか」
「少し確認したいことがあって」
霧島さんがコーヒーを入れながら、「昨日の話の続き、考えてた?」と訊いた。
「数字を整理したかった」
「どの数字?」
「百倍の話です」
俺は管理画面を開いた。第十七-Aダンジョンの直近の収益データ。マナ消費量と手数料として引かれた量。
「第十七-Aで攻略者が一日に使うマナの総量、わかりますか」と俺は霧島さんに訊いた。
「レポートにあったはずです」と霧島さんが棚から書類を引き出した。「一日平均で……一万二千マナ単位くらいです」
「そこから八十パーセントが手数料として抜かれる。つまり九千六百マナ単位が上位存在へ渡る」
「はい」
「ではそれが、最終的にどれになるか」
霧島さんが顔を上げた。
「……百倍以上、という話でしたよね」
「着任一週間目に管理画面で最初に見た数字があります。収益の流れを辿った時に、一段階上の集計値と実際の消費量の比率が合わなかった」
宮代が「それ、最初からおかしいと思ってたんですか?」と訊いた。
「おかしいとは思っていた。でも仕組みがわからなかった。今はわかります。上位存在の社会の中で、マナには複利的な増殖構造がある。人間が消費したマナが、彼らの社会システムに入った時点で別の計算式が適用される」
「……つまり?」と霧島さんが訊いた。
「俺たちが一万二千使えば、上位存在は最終的に百万以上のマナ相当を得る。大雑把に言えばそういうことです」
部屋が静かになった。
「……百倍って」と宮代が言った。「それって、搾取どころじゃないですよね」
「仕組みとして設計されているので、搾取という言葉が正確かどうかはわかりません。でも実態はそうです」
霧島さんがコーヒーカップを置いた。
「昨日も思ったけど、そう聞かされても神崎くんは怒らないんだね」
「怒りますよ」と俺は言った。「でも怒りは手段を増やさない。数字は変わらない」
「……それが怖いって言ってるんです、私は」と霧島さんが言った。でも声は穏やかだった。「怒れる方が普通の人間っぽい。神崎くんはもう次を考えてる」
「次を考えるしかないので」
「うん」と霧島さんが言った。「私もそうします。で、百倍の話がアルダさんへの提案とどう繋がるの?」
「アルダさんは本社から評価される必要がある。本社が担当者に求めているのは収益最大化とコスト削減です。俺がやっていることはその両方に繋がる。だからアルダさんにとって、俺を支援することが本社評価に直結する」
宮代が「なるほど」と言った。「アルダさんの立場から見て、神崎さんの価値を説明するってことですね」
「そうです。相手が動くのは、相手のメリットになる時だけです」
霧島さんが「……それで提案書を作るってこと」と言った。
「ビジネスロジックで書く必要があります。感情訴求ではなく、上位存在の組織の中でアルダさんが評価される根拠として」
「私、書類のフォーマット整えます」と霧島さんが言った。「データの整理も手伝えます」
「ありがとうございます」
「神崎さん」と宮代が言った。「俺、現地のデータで補完できるものがあれば取ってきます。先月の鉱脈マップの更新もそろそろ必要で」
「お願いします。第十七-Bの採掘量の推移データがあると使えます」
宮代が立ち上がった。「行ってきます」
部屋が落ち着きを取り戻した。霧島さんが書類をめくる音。俺はノートに提案書の骨格を書き始めた。
アルダが本社から評価されるための条件。それを分析する。
一、担当区域の収益最大化。
二、コスト効率の改善。
三、本社ノルマへの貢献。
俺はノートを見た。この三つすべてに、今の俺の管理実績が直接繋がる。
問題は書き方だ。人間の論理で書いても、上位存在には届かないかもしれない。アルダが本社に提出できる形式で書く必要がある。
「霧島さん」
「はい」
「管理局に届いている書類の中で、アルダさんが送ってきた公式フォーマットがあれば見せてもらえますか」
「書式見本ならあったはずです」と霧島さんが棚を探した。「……これです。着任時の説明書類に入ってた」
俺は受け取った。上位存在の書式。縦書きでも横書きでもない独自の構造。でも要素は読み取れる。
これを解析する。アルダが使える言葉で書く。




