表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/82

第11話 6.憧れを抱く者

「ふんふん♪ ふんふん♪」


午後八時二十八分。

お台場にある高層ホテルの一室。

窓の外には夜の東京湾が広がり、無数の灯りが黒い海面に揺れている。


華はベッドの上に腹這いになり、足をぱたぱたと揺らしていた。

目の前には冷のスマートフォン。画面には東京の観光名所が次々と表示されている。


「スカイツリーもいいなー……。お台場も行きたいし」


指を滑らせる。


「でも、あれ終わっちゃったんだよね」

「何が?」


化粧台の前でパックを貼っていた麦が振り向いた。


「ほら! 喋ってさ!」


華は勢いよく起き上がる。


「ぐおーって音がして! 角が開くやつ!」

「……ああ」


麦が思い出したように頷く。


「実物大のロボットね」

「そうそれ!」


華は残念そうに肩を落とした。

洗面所からドライヤーの音が止まる。


「華ー」


冷の声が飛んできた。


「そろそろスマホの充電なくなると思うから繋いどいてー」

「はーい」


華は返事をする。

ベッドから身を乗り出し、辺りを見回した。


「えっと……充電器、充電器っと」


冷のキャリーケースを開き、華は中をがさごそと探る。

着替えの奥に指を突っ込んだ時だった。

柔らかな布の感触が触れる。


「ん?」


何気なく引っ張り出す。

そして固まった。


(でっっっ…)


数秒。


「……あっ」


それが何なのか理解した瞬間、華は慌てて元の場所へ押し込んだ。

ちょうどその時だった。


「華」


背後から冷の声が飛んでくる。


「ひゃい!?」


肩が大きく跳ねた。

ぎこちない動きで振り返る。


そこには、洗面所から戻ってきた冷が立っていた。髪をタオルで拭きながら、じーっとこちらを見ている。


「……何してたの?」

「え、えーっと……!」


華の視線が泳ぐ。


右。

左。

天井。

床。


忙しなく逃げ回る。


「充電器!」

「うん」

「探してた!」

「うん」

「ほんとに!」

「うん」


冷は頷く。

だが、目はまったく笑っていない。


「で?」


一歩。

冷が近づく。


「なんで今、わたしの下着持ってたの?」

「ぎゃーーーーーっ!?」


華は勢いよくベッドの上へ飛び退いた。


「偶然だよ! 偶然! 意図的な考えは一切ないよ!?」

「ふーん……」


冷の視線は冷たい。

まるで取り調べをする刑事のようだった。


「まぁまぁ、いいじゃないの」


麦がくすりと笑う。


「そういうこともあるわよ☆」

「麦!?」


思わぬ援護射撃に、今度は冷が振り向いた。


その時だった。


ピンポーン――

部屋にインターホンの音が響く。


三人の動きがぴたりと止まった。

視線が一斉にドアへ向く。


「……誰かしら?」


麦は立ち上がると入口へ向かった。

壁のモニターを操作する。映し出された来訪者の姿を見た瞬間、目を見開いた。


「……王女様だわ」

「「え?」」


華と冷の声が重なる。


予想外の名前だった。


麦はドアを開ける。

廊下には王女が一人立っていた。


昼間の正装とは違う。

白いブラウスに黒のロングスカート。

どこにでもいそうな私服姿だったが、それでも漂う気品は隠しきれない。



「こんばんは」


王女はスカートの端を両手でそっと摘み、優雅に一礼した。

その姿に三人は揃って固まる。


「遅い時間に申し訳ありません」

「……あっ、いえいえ!」


最初に我に返った麦が慌てて胸元に手を当てた。


「どうされたんですか?」

「……その……」


王女は視線を少し逸らす。


「御用……というほどではないのですが……」


頬もわずかに赤い。

どこか落ち着かない反応に華、冷、麦の三人は顔を見合わ揃って首を傾げた。


「よろしければ……少し、お部屋に入れていただけませんか?」

「えっ……あ、えぇ。もちろん」


麦は隣を見る。


「ね?」

「いいよ」


冷が頷き、横にいる華はにっと笑った。


「全然おっけー!」


親指が勢いよく立つ。

皆の反応に王女の表情が、花が開くようにふっと和らいだ。


「ありがとうございます」


小さく会釈をすると、

王女は三人が泊まる部屋へと足を踏み入れる。


そして――


「わぁ……」


思わず感嘆の声が漏れた。

最初に目に飛び込んできたのは、かなり生活感のある室内だった。


広いトリプルルーム。だが高級ホテルらしい整った空気は、既にほとんど残っていない。ベッドの上には脱いだパーカーや雑誌が放り投げられ、化粧台には麦と冷の化粧品が所狭しと並んでいる。

華が使っているベッドに至っては、さっき脱いだらしい服やカバンから出した山のように積まれていた。


一泊一人五万円は下らない部屋のはずなのに

扱いは、もはや完全に自宅である。


「……」


王女は、まるで初めて未知の文明を発見した探検家のように、不思議そうな目で部屋の中を見回していた。


その後ろ姿を見ていた麦は、少しばつが悪そうな表情を浮かべながら、そっと冷へ視線を向ける。

同じく冷も、表情こそ変わらないものの、わずかに眉をひそめていた。


(……片付けておけばよかったわね……)

(何も言わないとは思うけど……さすがにこの散らかり方は見栄え悪いよね……)


二人が内心でそんなことを考えている横で。

何も気にしていない華は、ベッドへぼふっと勢いよく飛び込んだ。

柔らかいマットレスに身体を沈めながら、のんびり天井を見上げている。


対照的に、冷と麦は何気ない仕草を装いながらも、王女の反応をちらちらと窺っていた。


すると。

王女がふと化粧台の前で足を止める。


机の上に転がっていたある物に気づいたらしい。


「……あの、これは何ですか?」


そう言って持ち上げたのは、

先端にローラーが付いたY字型の器具だった。


「あ、それ美顔ローラーです。顔をきれいにする美容器具ですよ」


麦が答える。

すると。


「へぇ~~~!!!」


王女の瞳がぱっと輝いた。

まるで宝物でも見つけた子供のような反応だった。


「どうやって使うんですか?」

「え、えっと……」


予想以上に食いつかれ、一瞬だけ麦が戸惑う。

それでもすぐに王女の隣へ歩み寄った。


「このY字の部分を顔に当てて、こう……ローラーで頬を挟みながら上下に動かす感じですね」

「なるほど……こう……こう?!」


王女はそのまま顔の真正面から美顔ローラーを押し当て、鼻を挟むように上下へ動かし始めた。


あまりにも斬新な使い方だった。


麦は思わず目を丸くする。

隣で見ていた冷と華は。


「ぶふっ……!」


思わず吹き出してしまう。


「えっ、違いました?!」


王女が慌てて振り向く。


「や、やり方は合ってるんですけど……顎の下からですね」

「あぁ! 顎からなんですね!」


言われた通り、王女は今度は顎へローラーを当てる。

そのまま頬に沿わせるように、ころころと転がしていった。


すると。


「すごい……!」


ぱっと表情が明るくなる。


「頬っぺた、すごく気持ちいいですね! これをやり続けると何かいいことがあるんですか?」

「顔のむくみが取れて、輪郭が引き締まる。小顔効果ってやつです」


冷が横から淡々と説明する。

王女はその言葉に、ふむふむと真剣な顔で頷いた。


「なるほど……なるほど……」


感心したようにローラーを眺める。


「……これ、面白いですね」

「あとね!」


ベッドに寝転がっていた華が、勢いよく身体を起こした。

両手で自分のこめかみを押さえながら、力説する。


「頭の上からこうやると、こめかみのところゴリゴリできて超気持ちいいよ!」

「……その使い方してるの、多分華ちゃんだけだと思うわ」


麦が苦笑する。


「うぇえっ!? そうなの?」


華は本気で驚いていた。


「頭すっきりするから、みんなも絶対やった方がいいって!」

「はいはい」


冷は半ば呆れたように、小さく相槌を返す。

そんな、いつも通りの三人のやり取りを見つめていた王女の瞳は――どこか、憧れを追いかけるような色を宿していた。


その視線に気づいた冷が、少し申し訳なさそうな顔になる。


「……騒がしくてすいません」

「いいんですよ」


王女は胸の前で小さく手を振った。


そして。

ぽつり、と。


「……羨ましいなって」

「え……?」


あまりにも小さなその声に、冷が思わず反応する。


王女は少し視線を落とした。

長い睫毛が、照明の下で静かに揺れる。


「……幼い頃から、ずっと王家の作法や、王位継承に必要な教育を受けてきましたので……」


一度、小さく息をつく。


「今年で十八になりますが……実は、年相応のことを何も知らないのです」

「うぇえっ?! そうなの!?」


華が勢いよく身を乗り出した。


「修行ってどんなことするの!? 岩とか砕くの!?」


その場で拳を構え、しゅっ、しゅっとシャドーボクシングを始める。


「……それは華ちゃんだけだと思うわ」


麦は頬に手を添えながら、困ったように苦笑した。


王女はくすりと笑う。

その柔らかな笑みは、先程までよりずっと自然だった。


「今はネットという便利なものがありますので……コンピューターの知識を得てからは、毎日動画サイトを見るようになりまして」

「動画サイト?」

「はい」


王女はこくりと頷く。


「自分とはまるで縁のない……普通の方々が楽しそうに過ごしている様子を見ているうちに……だんだん興味が湧いてきたのです」


少しだけ頬を赤く染める。


「……ああいう時間を、一度でいいから過ごしてみたい、と」

「あっ!」


そこで華が人差し指をぴんっと立てた。

何かに気づいた顔だ。


「それで私たちの部屋に来たんだ!」

「……はい」


王女は少し恥ずかしそうに微笑む。


「ご自宅へお伺いした時から…皆さん、とても楽しそうに話されていて」


その瞳が三人へ向けられる。

どこか、遠いものを見つめるように。


「……その輪の中に。ほんの少しだけでも、入れたらいいなって思ったんです」


一拍。

そして、申し訳なさそうに視線を伏せた。


「……厚かましい考えかもしれませんが」

「全然そんなことないよ!」


空気を切り裂くように、華が即答した。

迷いなんて、一秒もない。ぎゅっと拳を握り、満面の笑みだった。


「たくさん楽しも!」


その言葉だけで、部屋の空気が明るくなる。


「ちょっとの間だけど、私たちは全然ウェルカム!」


そのまま振り向く。


「……だよね?」

「わたしも賛成だよ」


冷が柔らかく微笑む。


「アタシもよ」


麦も優しく頷いた。

その瞬間、王女の表情が、ふわりとほどける。


まるで。


ずっと閉ざされていた扉が、ほんの少しだけ開いたようだった。


「じゃあまず、四人でできるやつやろ!」


空気を変えたのは、やはり華だった。

勢いよく立ち上がると、ベッドの横に置いてあった自分のカバンをがさごそと漁り始める。

数秒後。取り出したのは透明なプラスチックケースに入った一組のカードだった。


華はそれを高々と掲げる。


「トランプでババ抜き、どうよ!」

「いいね。みんなで出来るし」


冷が頷く。


「久しぶりだわ。やりましょ」


麦もすぐに乗った。

三人は自然と華が使っているベッドへ集まり、その場で円を作るように腰を下ろす。


すると。

輪の端に、一人分だけぽっかりと空いたスペースができた。


まだ立ったままの王女へ向けて。

華がにやりと笑う。


「おっ、そこのお嬢さん」


わざと低くした声。

無駄に響きのいいイケボだった。


「初めてかい?」


空いている場所を示すように、ぽんぽん、とベッドを叩く。


「席、空いてるよ」

「……っ」


王女の肩が小さく揺れた。

ほんの少しだけ戸惑う。


けれど

胸の奥で高鳴る鼓動に背中を押されるように、一歩前へ進んだ。

そっとベッドへ手をつく。柔らかな感触を確かめるように体重を預け、そのまま空いた場所へ腰を下ろした。


すぐ隣には、華。

反対側には冷と麦。

三人とも様子を見守るような、柔らかな表情を浮かべていた。


まるで小さな勇気を振り絞った彼女を、

優しく迎え入れるように。


「よーし!配り終えた!」


ぱぱぱっ、と軽快な音を立てながら華がカードを配り終える。

それぞれ手札を手に取った。

ルールを知らない王女は、とりあえず目の前に置かれたカードの束を手に取る。


慣れない手つきで。

見よう見まねで三人と同じように扇状に広げてみた。


「……こう、ですか?」

「うんうん、そんな感じ!」


華が親指を立てる。

その時だった。


何かを思い出したように、華がはっと顔を上げる。


「あ」

「?」


王女がきょとんとする。

華はそのまま人差し指を立てた。


「そういえば、名前聞いてなかった!」

「……」


一瞬。

部屋の空気が止まる。


「……わたしの家に来た時、自己紹介してたよ」


冷がじとっとした視線を向ける。


「華ちゃん……聞いてなかったわね?」


麦も呆れたようにため息をついた。


「……あっはははは……」


華は申し訳なさそうに後頭部をぽりぽりと掻く。


そんな彼女を見て王女は、ふっと優しく笑った。

先ほどまで胸の奥に張りついていた緊張は、もうほとんど消えている。


そして、少しだけ背筋を伸ばした。


まるで改めて、自分自身を知ってもらうように。

胸元へそっと手を添える。


「――改めまして」


静かな声が部屋に響いた。

三人の視線が、自然と彼女へ集まる。


王女は柔らかく微笑み――ゆっくりと口を開いた。



「エルトライム王国第一王女――フィリア・エルトライムと申します」






****************************

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ