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第11話 4.疑惑と謎

****************************





照明は心なしか控えめだった。

昼間だというのに駅構内はどこか薄暗く、落ち着いた空気が漂っている。


数日後――。


華たちはクリスチャントの運転する車で青崎市を出発し、約一時間半の道のりを経て滋賀県米原市にある米原駅へ到着していた。

トランクからキャリーケースを降ろし、荷物を手に改札口へ向かう。


朝の冷たい空気が頬を撫でた。

十月も終わりに近い。

ついこの間まで残暑に悩まされていたのが嘘のように、朝晩は吐く息が白くなるほど冷え込む日も増えていた。


今日も上着を着るべきか迷うような微妙な気温だ。


「あっちって寒いかしら。今日ちょっと薄着なのよね」


カーキ色のニット帽を被った麦が、自分の腕をさすりながら呟く。

薄手のニットに細身のジーンズという秋らしい装いだが、どこか心細そうだった。


「どうだろう」


隣を歩く冷が肩をすくめる。

彼女は黒いロングコートを腕に掛けていた。


「わたしは一応ガウン持ってきたよ。お台場って海沿いだし、風が強いかなって」

「冷ちゃん、用意いいわね」

「大丈夫だよ!」


先頭を歩いていた華が勢いよく振り返る。

白いパーカーのポケットに手を突っ込みながら、にかっと笑った。


「寒かったら走ればあったまる!」


ぶんぶんと腕を振り回し、その場で駆け足の真似をする。


「それは華だけだよ」


冷の即答に、華は不満そうに頬を膨らませた。


「えー?」

「今日も華ちゃんは元気ね」


麦がくすりと笑う。

朝の冷え込みなどまるで関係ないと言わんばかりの華の様子に、自然と肩の力が抜けていく。

その後ろでは、キャロライナがキャリーケースを引きながらスマートフォンを操作していた。


「カミナリモン……ジンリキシャ……。どれも気になるヨ」


画面をスライドするたび、興味深そうな声が漏れる。

隣を歩くクリスチャントが穏やかに微笑んだ。


「キャロライナ様は、すっかり観光気分ですな」

「クリスチャントは行きたい場所、ないのですカ?」

「そうですな」


クリスチャントは少し考えた後、静かに答えた。


「中目黒にあるコーヒーショップへ足を運ぼうかと。内装も素晴らしいと聞きまして」

「オォ……オシャレですネ」

「コーヒーも評判らしいですよ」


大人二人の落ち着いた会話を聞きながら、華たちは改札へ向かって歩いていく。

秋の空気はひんやりとしていたが、その足取りはどこか軽かった。


それから一行は、

王女が事前に手配していた切符で新幹線改札を通り抜けた。


「おぉー!」


華は物珍しそうに辺りを見回しながら、ホームへ続く階段へ向かう。

その肩には、なぜか全員分のキャリーケースが担がれていた。


「ちょ、華ちゃん! それ全部持ってるの!?」

「へーきへーき!」


麦の声に振り返り、華はにっと笑う。


次の瞬間。

タタタタッ――と軽快な足音を響かせながら、

三段飛ばしで階段を駆け上がっていった。

肩のキャリーケースが揺れるたびに、周囲の乗客たちが思わず目を丸くする。


「元気だなぁ……」


冷が半ば呆れたように呟く。


「元気というか、もはや怪物ですネ」


キャロライナも苦笑混じりに肩をすくめた。

やがてホームへ到着した華は、持っていたキャリーケースを地面へ並べる。


そして――


「ほいっ」

「わっ」

「はいよー」


まるで荷物係のように、

それぞれの持ち主へ器用に転がして返していく。

最後の一つを受け取った麦が、感心したようにため息を漏らした。


「便利よね、怪力」

「えへへー」


褒められたと勘違いした華は、得意げに胸を張るのだった。


「皆に一つ、話しておくことがあるヨ」


キャリーケースを受け取ったキャロライナがスマートフォンを取り出し、画面を操作しながら口を開く。


ホームを吹き抜ける風が金色の髪を揺らした。


「昨日、第三開発にも確認を取ったんだケド。今回は王女様の護衛任務ということで、基本的に皆は素の状態じゃなく、アイアンガールの状態で行動してもらうネ」


「えっ!?」


華が目を丸くする。


「ずっと変身したままなの?」

「そういうことになるネ」


キャロライナは頷いた。


「今回は相手が影喰と関係している可能性が高イ。いつ、どこで襲撃されるかわからないヨ。変身にかかる数秒が命取りになる場合もあるネ」

「確かに……」


冷が真面目な顔で腕を組む。


「だから別行動で東京に向かうんだね」

「イエス。王女様一行とは別ルート。一般人として移動するより、アイアンガールとして動く方が安全と判断されたヨ」


麦が少し考えるように首を傾げた。


「でも、変身時間ってどれくらい持つのかしら?」

「そういえば気にしたことなかったね」


冷も同意する。


「途中で変身が解けたら洒落にならないわ」


麦の言葉に、キャロライナは意味ありげに口元を吊り上げた。


「そこは安心してほしいネ」


取り出したスマートフォンを操作し、三人へ画面を向ける。表示されているのはパワードスーツのシステムデータだった。


「現在のパワードスーツは、通常稼働なら連続六十時間の運用が可能ヨ」

「六十時間!?」


華が思わず声を上げる。


「そんなに動くんだ」

「ただシ」


キャロライナは人差し指を立てた。


「六十時間を超えると安全装置が作動するネ。変身は強制解除。内部機構の冷却に最低三時間必要になるヨ」

「なるほど……」


冷が小さく頷く。


「じゃあ途中で変身を解除しておけば?」

「問題ないネ」


キャロライナは即答した。


「小刻みに解除するなら冷却は五分程度で十分ヨ」

「なら安心ね」


麦が胸を撫で下ろす。

しかし、キャロライナの表情が少しだけ真面目なものへ変わった。


「ただシ。能力を全力で使った場合は話が別ネ」


その一言に、三人の空気が引き締まる。


「衛星落下の時みたいな使い方ヨ」

「うっ」


華の肩がぴくりと跳ねた。


「華チャン、衛星を壊した後どうなったか覚えてル?」

「……帰ってきた瞬間に変身解けた」

「イエス」


キャロライナは頷く。


「特に加速マキシマムは消費エネルギーが異常ネ。肉体保護、身体能力強化、出力制御の全部を同時に行っているから消耗が桁違いヨ」


スマートフォンの画面には赤いグラフが表示されていた。


「衛星破壊クラスを連発したら、六十時間どころじゃないネ。数分で空っぽになるヨ」

「うぅ……」


華は気まずそうに視線を逸らした。


「つまり」


冷がじっと華を見つめる。


「今回は無駄遣い禁止」

「……」

「き・ん・し・だ・よ?」

「ふえぇぇん! 顔近いー!」


ぐいぐいと顔を寄せてくる冷。

逃げるように上体を反らした華は、居心地悪そうに頬を掻いた。

その様子を見ていた麦が小さく吹き出す。


ホームには穏やかな空気が流れていた。


だが――。


(……おかしいネ)


キャロライナだけは違った。

楽しそうに笑う華へ、静かな観察の眼差しを向ける。


(あれだけの超加速と超パワー。衛星を粉砕し、天候を豹変させるほどの破壊力を撃ったにも関わらず体に異常はなイ…)


脳裏に浮かぶのはパワードスーツから取り出した、

あの日の戦闘データ。

軌道上まで到達した速度に大気圏外での戦闘、そして衛星を粉砕した一撃。


どれも人間の肉体で耐えられる領域ではない。


(普通なら力に耐えきれず体が砕けても不思議じゃなかったネ)


だが、華の身体検査結果に異常はなかった。


後遺症もない。


経過観察でも異常なし。

まるで何事もなかったかのように。


(何故無事でいられるのカ……)


キャロライナは僅かに目を細める。

その視線の先では、


「むー!」

「無駄遣いしないでって言ってるだけだよ」

「圧が強い!あっ、良い匂いする!君ィ、香水変えたね?」

「何その彼氏ムーブ?」

「あら、冷ちゃんが受けなのかしら?」


華と冷、麦までもが騒いでいた。


そんな二人を眺めながら、クリスチャントもまた静かに目を細める。

長年仕えてきた執事の眼差しは鋭い。


何も言わない。

だが、彼もまた同じ疑問を抱いていた。



――桐灰華という少女は「人間」なのだろうか。



その時。

遠くから近づいてくる新幹線の走行音が、

ホームの空気を震わせた。


ゴォォォ……。

遠くから低い走行音が響き、ホームの空気がわずかに震えた。

電光掲示板の表示が切り替わる。



――まもなく、東京方面行き新幹線が到着します。



アナウンスが流れ、ホームにいた乗客たちが一斉に顔を上げた。

線路の向こう、小さな白い影が、こちらへ向かってくる。


一行も自然と視線を向ける。


東京へ向かう旅が、いよいよ始まろうとしていた。





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