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第11話 3.異国からの尋ね人


「ふぁああぁ……ねむちー……」


大きな欠伸をしながら、華は階段を一段ずつ降りていく。

黒いタンクトップに白いショートパンツと完全に部屋着姿で、ぽりぽりと腹を掻きながら、眠そうな目を擦る。


十六歳の少女としては、なかなか人に見せられない格好である。


ようやく一階へ辿り着くと、

そのままリビングの扉を開けた。


「おはよぉー。お腹すいたー」


返事はなかった。

代わりに。


華の動きが止まる。

全員の視線が一気に振り向いた。


「……」


リビングの空気が、いつもと違っていた。


ソファには冷、麦、キャロライナ。

三人ともどこか真面目な顔をしている。


そしてガラステーブルを挟んだ向かい側。

黒いスーツ姿の男が二人。


さらにその中央には――見覚えのない少女が座っていた。


「……」


数秒の沈黙。

寝起きの脳が状況の理解を試みる。


だが処理が追いつかない。


「……誰?」


率直だった。


その瞬間。

後ろから声が掛かる。


「華さま、おはようございます」


振り返ると、クリスチャントがいた。

銀のトレーには紅茶のセット、どうやら来客対応の途中だったらしい。


クリスチャントはいつものように微笑みながら告げた。


「皆さま、お待ちかねの主役がご到着です」

「……へ?」


華は首をかしげる。

主役と言われても、まったく心当たりがない。


「いいから座りなよ」


冷がソファの端へ寄る。

麦も隣へずれて、華の座る場所を空けた。

状況を理解できていない華は、とりあえず促されるまま腰を下ろす。


「っていうか、みんな早くない?」


何気なく尋ねる。

すると麦がじっと華を見た。


「華ちゃん。もう十時半よ」

「えぇっ!?」


華は勢いよく立ち上がりかけた。

慌ててリビングの壁時計を確認する。


確かに長針は六を指し、短針は十を過ぎていた。


「うえぇぇっ!?」

「本当だよ」


信じられないという顔で、時計と冷を何度も見比べる。

その様子に、冷は呆れたようにため息をついた。


「寝すぎだって」

「華ちゃんって、ロングスリーパーなのね」

「いやー、それほどでもぉ!」


華は有名なお菓子のマスコットキャラクターのように

舌をぺろりと出してみせる。


「褒めてない」


冷の冷たいツッコミが即座に飛んだ。


「ぷっ」


その時。

二人のやり取りに紛れるように、小さな笑い声が漏れた。

華と麦が同時に振り向く。


対面に座っていた少女が、慌てて口元を押さえていた。

どこか照れくさそうな表情を浮かべている。


「あ……すみません。話の途中なのに」

「いえ」


少女は小さく首を振った。


「とても仲が良いのですね」


穏やかに微笑む。


そして改めて華へ視線を向けた。


「面白いお方です。お名前を伺っても?」


初対面の相手にそう尋ねられ、華はきょとんとした顔になる。


「桐灰華。えーっと……誰?」


遠慮のない質問だった。

すると冷が額に手を当てながら答える。


「エルライム王国の王女様だよ」

「…………へ?」


数秒の沈黙。


「王女様?」

「そう、王女様」

「へぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


ぽかんとしていた華が、ようやく言葉の意味を理解する。

驚きと感心が入り混じった声がリビングに響いた。

改めて少女の姿をまじまじと見つめると、編み込まれた美しい髪は、わずかに頭を動かすだけで絹のように滑らかに揺れる。


胸元にレースのあしらわれた長袖のブラウスに黒いロングスカート。

服装だけ見れば特別派手なわけではない。

むしろ組み合わせ自体はどこにでもありそうなものだ。


だが――生地の質感。


仕立ての良さ。

背筋の伸びた所作。

そして何より、その立ち居振る舞い。


どれを取っても一般人とは明らかに違っていた。


「おぉ……」


華は思わず声を漏らす。


「ホントに王女様っぽい……」


関心したように頷いていた華は、ふと首をかしげた。


「ってか、なんで王女様が冷の家にいるの?」

「そのお話を、これからしようとしていたところです」


王女は胸元へそっと手を添える。

その所作一つにも、気品があった。


「我がエルトライム王国と日本は、今年で国交樹立五十周年を迎えます」


穏やかな口調で語り始める。


「その記念式典が東京で開催される予定でして、わたくしは国王陛下の名代として出席することになっています」

「ふんふん!」


華は勢いよく頷く。

だが、その表情から理解している様子はあまり感じられない。

冷が横で小さくため息をついた。


「絶対わかってないよね」

「なんとなくはわかるよ!」

「便利な言葉だね」


二人のやり取りに小さく微笑んだ後、

王女は再び話を続けた。


「ですが今回、我が国の情報機関がテロ計画の可能性を察知しました」


空気が少しだけ張り詰める。


「そのため、皆様に護衛をお願いしたく参りました」


王女は一呼吸置く。

そして、真っ直ぐ三人を見つめた。


「――アイアンガールの皆様に」


その言葉に、


華、冷、麦。

三人の表情がわずかに引き締まる。


「数々の怪物事件を解決し、多くの人々を救ってきた謎のヒーロー少女たち」


王女の瞳には、尊敬にも似た光が宿っていた。


「今や、その名を知らぬ者はいません。我がエルトライム王国にも、皆様のご活躍は届いております」


話が終わる。

リビングには短い静寂が訪れた。

クリスチャントは紅茶を淹れながら、その様子を静かに見守っている。

キャロライナも腕を組み、三人の反応を窺っていた。


そして――


「……一つ、気になることがあるんですが」


沈黙を破ったのは冷だった。


「護衛なら専門機関に任せる方が安全だと思います」


真っ直ぐ王女を見据える。


「どうして今回、わたし達なんですか?」


当然の疑問だった。


王族の警護。

それは本来、国家レベルの警備組織が担当する仕事だ。


王女は小さく頷く。


「ごもっともです」


そして一度言葉を区切った。


「今回この件で相談に乗ってくださったのは、富谷様――貴女のお父様です」


冷の眉がわずかに動く。


「通常のテロであれば、おっしゃる通り。我が国の自警団や警察機構へ任せるのが最善でしょう」


王女の表情が僅かに曇る。


「ですが……今回はそういうわけにはいかないのです」


その瞬間。


王女の隣に座っていた黒スーツの男が動いた。

鋭い動きで懐へ手を入れる。

にょっき、と取り出したのは一台の大型ノートパソコンだった。


「どこに入ってたの……?」


華が思わず呟くが誰も答えなかった。


男は慣れた手つきでノートパソコンを開く。画面に表示されたのは、一人の男の顔写真だった。


剃刀のように鋭い目つきに短く刈り込まれた髪。

顔にはいくつもの古傷が刻まれている。両腕の袖がない黒のベストの上からでもわかるほどに、日本人離れした筋肉質の大柄体系で下は迷彩柄のカーゴパンツを着ている。


「この男は――レッドスコーピオの指導者。マクガイガ・ロイダス」


男が低い声で告げる。


パソコンの画面は切り替わり、

爆破現場に武装集団、国際指名手配書。

数々の記録が並んでいた。


「表向きは『国家間の格差是正』と『世界の平等』を掲げる思想家です」


男の声には、隠しきれない嫌悪が滲んでいた。


「ですが――実態は違います」


ノートパソコンの画面が切り替わる。


映し出されたのは、

炎上する高層ビルや横転した列車。

逃げ惑う一般市民へ銃口を向ける武装集団の姿だった。


部屋の空気がわずかに重くなる。


「マクガイガ・ロイダスは、世界各地でテロ活動を指揮してきた危険人物です」


男は淡々と続けた。


「我々が得た情報によれば、今回の記念式典に合わせて日本へ入国しています。目的はただ一つ――王女殿下の暗殺です」


華たちの表情が自然と引き締まる。


「先日、関東圏の空港で護衛部隊との交戦が発生しました」


王女が静かに言葉を引き継いだ。


「全員、特殊部隊経験者ですが、結果は痛み分けでした。護衛側にも被害が出ましたが、あと一歩のところで取り逃がしています」

「現在も連中は日本国内に潜伏中です」


男が補足するように告げた。

そして、リビングに短い沈黙が落ちる。

やがて男はパソコンを操作し、新たな画像を表示した。


「そして、今回皆様に依頼した最大の理由がこちらです」


華たちは自然と身を乗り出す。

画面に映るマクガイガの写真、その首元に埋め込まれたものを見た瞬間――。


三人の目つきが変わった。


「……黒紫の水晶」


華が低く呟く。

冷も麦も、無言のまま画面を見据えていた。


「やはり、ご存じでしたか」


男が神妙な顔で頷く。


「えぇ」


今度は王女が口を開いた。


「影喰と呼ばれる怪物たちは皆、この黒紫の水晶を体内へ埋め込んでいる――そう富谷様から伺っています」


王女の視線が画面へ向けられる。


「空港での交戦時、マクガイガ・ロイダスは常人では説明のつかない力を使用しました」

「素手で装甲車を横転させ、銃撃を受けながら前進し、護衛部隊を壊滅状態に追い込んだそうです」


その言葉に、華の眉がわずかに動く。


男はさらに別の写真を表示した。

砕かれた防弾盾にねじ曲がった鋼鉄製のゲート。

そして、空港のバス乗り場の地面に穿たれた巨大なクレーター。


「当初は誇張された報告だと思われていました」


男は低い声で言う。


「ですが現場検証の結果、全て事実だった」


パソコンの画面に映る黒紫の水晶が、不気味な光を放っているように見えた。


「つまり彼は――」


男は華たちを真っ直ぐ見据える。


「影喰の力を手にした人間である可能性が極めて高いのです」

「………それで、わたし達に依頼を」

「…はい」


冷の問いに、王女は静かにうなずく。


「……正直に申し上げます」


王女は膝の上でそっと両手を重ねた。

その仕草には王族らしい気品があったが、同時に隠しきれない不安も滲んでいる。


「通常のテロリストであれば、我が国の近衛団や各国の治安機関と連携して対処できます」


一度言葉を区切る。


「ですが、もし相手が影喰の力を持っているのなら話は別です」


静かな声だった。

だが、その場にいる全員へ重く響く。


「わたくしたちは、その脅威を知りません。対処法も持っていません。実際に戦い、生還し、そして勝利してきた方々は――」


王女の視線が華、冷、麦へ向けられる。


「皆様しかいないのです」


リビングに沈黙が落ちた。

時計の秒針だけが小さく音を刻む。


華はノートパソコンの画面を見つめる。

映し出されているマクガイガ・ロイダス、鋭い眼光、そして首元に埋め込まれた黒紫の水晶。


「……」


冷は腕を組みながら眉をひそ、

麦も真剣な表情で画面を見つめていた。


「わたくしが皆様へお願いしたいのは、わたくし自身の護衛だけではありません」


その言葉に華たちの表情が再び引き締まる。

王女は真っ直ぐ前を向いた。


「もしマクガイガが行動を起こした場合、狙われるのはわたくしだけではないでしょう」


画面が切り替わる。

表示されたのは東京駅、国会議事堂、東京タワー、スカイツリー。

そして式典会場となる巨大な国際会議場。


「彼は世界中でテロを行ってきた人物です」


王女の声に覚悟が宿る。


「目的は暗殺ではなく、恐怖の演出である可能性も高い」


男が続ける。


「最悪の場合、東京全体を巻き込む大規模テロも想定されています」


その瞬間、華の瞳がわずかに鋭くなった。


東京。

世界有数の大都市。

日本経済を支える基盤であり、中枢。

数え切れないほどの人が暮らし、働き、笑っている街。



もし影喰の力を持った人間が本気で暴れれば――。



ふざけた空気はない。

これは冗談でも、作り物の話でもない。


人の命がかかった話だった。


すると――


「それ相応の報酬は、いただけるんだろうな? お嬢ちゃん」


低く作った声。

いつの間に取り出したのか、白いレンズの伊達眼鏡をかけた華が足を組み、顎に手を当てていた。


完全に何かの交渉人である。

突然始まった寸劇に、左右に座る冷と麦は真顔になった。


「……」

「……」


一方で。

キャロライナとクリスチャントはというと、


「ふふっ」

「相変わらずですね」


半ば呆れながらも笑いを堪えている。

そんな空気に釣られたのか。


「……ふっ」


王女の口元が緩んだ。

先ほどまで張り詰めていた表情が、少しだけ柔らかくなる。


「もちろん、相応の謝礼はご用意しており――」

「美味しいご飯がいい!」


華は勢いよく伊達眼鏡を外しながら手を挙げた。


「……へ?」


王女が固まる。

華は無邪気に身を乗り出した。


「でぃなー? っていうんだっけ?」


目をきらきらと輝かせる。


「美味しいお肉とか食べてみたいなーって!」

「……お、お金ではなく?」


王女はぽかんとしていた。


「お金なんていいよ!」


華は即答する。


「私は美味しいご飯をお腹いっぱい食べられたら、それで満足!」


あまりにも迷いのない答えだった。


「ほえ……」


王女の口から、間の抜けた声が漏れる。


護衛の依頼に国家間の式典。

国際問題にも発展しかねない重大案件。


その報酬が――ご飯。

あまりにも予想外だった。


「……それに」


華は笑う。

太陽みたいな、真っ直ぐな笑顔だった。


「必要なんでしょ?」


自分の胸を軽く叩く。


「私たちの力が」


その一言で、部屋の空気が少し変わった。

ふざけているようでいて、彼女は最初から答えを決めていたのだ。


困っている人がいるなら助ける。

ただそれだけ。


冷と麦も顔を見合わせ、小さく笑う。

結局こうなることは分かっていた。


「……はい」


王女は静かに頷いた。

そして、どこか安堵したように微笑む。


「どうか、わたくしたちに力を貸してください」


その言葉に。

華は迷うことなく親指を立てた。


「任せて!」



力強い笑みを見た瞬間。

王女はようやく、本当の意味で肩の力を抜くことができたのだった。




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