第11話 2.遠い日の夢で
それは、儚い時間の中の記憶だった。
「……力の使い方?」
荒れた空の下。
とある海岸に、二人の姿があった。
厚い雲が空を覆い、
沖合では巨大な津波が街へ向かって押し寄せている。
避難警報はすでに発令されており、住民たちは高台へ避難を始めていた。
「そうさ!」
腰に手を当てた女性が、
太陽のような笑みを浮かべる。
腰まで届く長い白髪。
氷のように透き通る髪には、こめかみに赤いエクステが混じっていた。
袖の破れたジャケットに、腹部の見えるラフな服装。両腕には使い込まれた布が巻かれ、指ぬきグローブをはめた拳を軽く握る。
「強すぎる力をコントロールするには、たくさん使うこと!」
女性は自分の胸を指差した。
「体で覚えて、感覚で理解するんだよ」
「感覚?」
「そ」
女性は笑う。
「自分に合った力の使い方を見つけるのさ」
「誰かに教えてもらうんじゃなくて?」
「そこだけは無理だね」
女性は肩をすくめた。
「最後は自分で掴むしかない」
「ふぇぇ……」
少女は難しい話に頭を悩ませる。
そんな様子に女性は楽しそうに笑った。
「まぁ、難しい話は後だ!」
そう言うと、くるりと海へ向き直る。
轟音を響かせながら迫る津波。
だが女性は微動だにしない。
「まずは己の力を知ることが大事だ。いついかなる時でも制御が効く、自由自在に扱えるようになった時――」
右拳を引き、重心を落とす。
吹き付ける海風が白い髪を大きく揺らした。
少女の目には、その背中がどこまでも大きく映っていた。
「誰かを守れるようになる!」
拳に白い霜が集まる。
空気が凍りつく。
「まずは足を踏ん張る、そして―…」
周囲の温度が、一瞬で下がった。
「氷結拳ッ!!」
振り抜かれた拳から、白銀の衝撃波が放たれる。
世界が白く染まった。
次の瞬間。
少女は目を見開く。
そこにあったのは――絶景。
沖合から押し寄せていた巨大津波と高さ六メートルを超える濁流。
その全てが、一瞬で氷の彫刻へと変わっていた。
海ごと。
波ごと。
時間ごと。
凍り付かせたかのように。
「……すごい」
少女は呆然と呟く。
その声だけが、静まり返った海岸に小さく響いた。
「こんな風にね」
髪を払う仕草をしながら、女性は振り返る。
その笑顔は眩しかった。
笑うことが出来ず無表情だった少女の瞳が大きく見開かれる。
固く閉ざされていた心に、初めて光が差し込んだように。
そこにいたのは――強さに憧れる、一人の少女だった。
(…………いつか、自分も…)
これは後に『氷結の女帝』と呼ばれる女性と、
怪力の力を手にしたばかりの桐灰華が出会った頃の記憶である。
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「ぶえ……」
重い瞼がゆっくりと開く。
乾いた喉から、気の抜けた声が漏れた。
華は布団を足で蹴り飛ばし、のそのそと起き上がる。寝ぼけ眼のまま後頭部を掻き、大きな欠伸をひとつ。
「ふぁぁぁぁ……」
涙の滲んだ目をこすりながら天井を見上げる。
夢を見ていた。
随分と昔の。
けれど、今でも鮮明に覚えている記憶を。
「……懐かしい夢だなぁ」
ぽつりと呟く。
窓の外へ目を向けると、
朝の陽射しが部屋へ差し込んでいた。
穏やかな光。それを眺めながら、華は少しだけ目を細める。
夢の中の笑顔が、まだ脳裏に残っていた。
「無茶苦茶だ」
思わず苦笑する。
もう会うことはできない、けれど。
あの人から教わったことは、今もちゃんと残っている。
「…」
ほんの少しだけ温かかった。
あの日見た背中は、今も自分の中に残っている。
華は小さく息を吐くと、ベッドから静かに立ち上がった。
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